第27話 脱出開始
飲めない酒をたくさん飲まされて気分が悪くなったと言う設定で妻は自分の部屋に帰ると言う計画である。
彼女の飲んでいたマッコリは実は乳酸菌飲料である。
酔うはずもないが、さぞかし甘ったるい思いで苦しんだだろう。
妻が銀総書記⾧の元に向かい退席の言葉をかけている様子だ。
マスコミで流れる映像同様、片手を上げた銀総書記⾧が妻を送り出した。
「今しがた睡眠薬を混入済のコーヒーを衛兵に差し入れました」
とイワンさんが言う。
しばらくしてイワンさんは衛兵が眠ったかを確認に行った。
「完全に眠りこけてますよ」
「イワンさんありがとう」
「いえいえ、ご家族が脱出できるまで私は見守っています。衛兵のカードキーで扉が空いたら一気に走って逃げてください」
「本当にありがとうございました。イワンさんは脱出幇助の罪に問われませんか?」
「大丈夫です。銀総書記⾧の病状の改善で私は絶大な信頼を得ています。たとえバレたとしても情状酌量でしょう」
「わかりました、身に危険が降りかからないよう祈ってます」
「それでは行きますよ」
とイワンさんはカードキーを扉に差し込んだ。
宿舎の扉が開き連動している門までは約50メートル。
私達はイワンさんに挨拶もそこそこに一目散に駆け出した。
エレナは俊足だ。
運動会ではいつも一位、私達大人が走るスピードに引けを取らない。
三人とも全速力で駆け抜ける。
後5メートル、この先は自由な世界が広がっている。
「あと少しだ、もう少し頑張って!」
「わかった、パパ」
「頑張るわ、あなた」
と私の後ろから二人の声がする。
このまま突っ切るぞと思った瞬間、鉄の門扉が無残にもガッシャーンと音を立てて閉まった。
先頭を走る私は激突し強烈な痛みを顔面と胸板に受けた。
「パパ、大丈夫?」
「あなた怪我はない?」
と聞かれたが屈強な私はショックから、ものの数分で立ち直った。
なぜだ?宿舎の扉のカードキーが抜かれない限り鉄の門扉は閉じないはずだが…と首をひねった時、後から声がした。
「ボーンダルファミリーの皆さん、あと一歩という所で残念でしたな。カードキーを抜いたのは私ですよ」
所⾧がチャンホンマンを従えて立っている。
「まさかカロリーナ・ボーンダル博士のご主人が奪還に来るとは思いませんでしたな。そうやって髭とサングラスを外したお顔ははっきり覚えております。私とした事が、まんまと騙されてしまいましたよ」
「私達をどうするつもりだ」
「それはあなたのお気持ち一つです。博士をこのまま南晩漠に置いて、お嬢ちゃんとお二人で帰国されるのなら何も危害は加えませんよ」
と所⾧は言った。
「妻は返さん。このままイクライナに三人で帰る」
「そう簡単に行きますかな」
「どこかに脱出できる出口があるはずだ、みんな走るぞ」
とまた三人で走り始めた。
その先に見えたのは軍人集団であった。
万事休すと立ち止まり振り返ると所⾧がいやらしい笑みを浮かべている。
「せっかく命まではと言う温情をかけて差し上げたのに聞き分けのない人で残念です。仕方ありません、このまま博士がイクライノに帰ると機密が漏洩します。家族三人とも消えてもらいましょう。盲人の弟子を装って私達を騙した罪も重いですぞ。チャンホンマン、このお弟子さんを再び可愛がってあげなさい」
と所⾧がチャンホンマンに言った。
そして何やら耳元で囁いている。
軍人集団を左手に所⾧とチャンホンマンを右手にそして壁を背にして私達家族はこれからの展開に固唾をのんでいる。
「パパ、大丈夫だよ、パパの腰の低さは世界一だもん。あのおじさんは体が大きい分、腰が低く落とせないよ。腰が高いって事は安定感がないって馬先生が言ってたもん」
「そうかいエレナ、パパ頑張るよ腰を低くだね」
「馬先生との稽古を思い出してね」
「ありがとうエレナ」
「ボーンダルさん、ご家族に遺言でも残しておられるのですかな?」
と所⾧が私達の話を遮った。
「あなたに左目を打たれたチャンホンマンはあれ以来、動体視力アップトレーニングを続けてきました。もうあなたの素人パンチなど喰らいませんよ」
と所⾧が言う。
「私達は紳士です。いじめは嫌いなので、寄ってたかってあなた達をなぶり殺しにするつもりはありません。チャンホンマン一人であなた達家族を抹殺します、それも一人ずつ丁寧にね」
「なぶり殺しをするのが紳士と言えますか?」
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