第42話 誰も助けてくれない

「まさか!」

私から夜刀神との付き合いを聞いていた葉介は声を上げた。


私だって声を上げそうになったが、なにもかも決めつけるのは早計だ。

わたしの両親を祟ったという『夜刀神』とあの夜刀神が同一神物じんぶつとは限らない。


第一、夜刀神は私が力を与えるまであの場所から動けずにいたのだ。


「ゆかりさん、……その、『神名が古い祟り神』という意味でしか無い場合もありますよ、占いで完全な神名を特定出来るのかわかりませんし」


「う、うん。そうかも。えっと、佐伯さん、その神名で儀式を進めたってことですよね。実際のところ効果はあったのですか」


「佐藤さん夫妻と私の家族は儀式に間に合いませんでした。ただ、儀式の後二週間は祟り避けの資料を捜していた時間があったのですがその間、私に害が無かったのである程度の効果はあったと思います」


「そうですか……」


 その後、佐伯は新潟へ旅立った。


「ゆかりさん、これは困りました。神罰を受けるなんてことが絶対に無いよう、神職が存在するんです。

あぁ、まずいことになった。それにしても祓い屋って初めて見ました。父から存在は聞いてましたが、実際に居るんですね」


興奮気味の葉介に少し呆れてしまう。今の私は神社の祭神。神と同等の存在なのに祟られるなんて事があるものだろうか。


「さっきの話、私が事故で死んじゃったのも実は神罰関係だったのかなって思ったのよ。でもまだ神罰は下されていないみたいだよね。

うちの親の事故から十年以上経ってるんだよ」


「……」


人の命を四つも奪い去った神罰とはいかなる力か、葉介はその恐ろしさを理解していた。


「どんな祟りも呪いも霞むほど強いのが神罰です。

神を怒らせると言うことは一種の災害への引き金だと伝わっています。

神罰を回避することができた佐伯さんの儀式はホンモノです。

佐伯家の祓い屋としての実力はかなりのものだったと思います。

そのおかげでゆかりさんに今まで何事も無かった……とか?」


それでも私は同じ時期に死んだ。私は神罰除けの対象になっていなかったのか、単純に距離が離れていたから守られなかったのか、はたまた偶然なのか。


人には見えない手紙は確実に私に宛てた物だった。神罰はすでに人間としては死んで神として生まれ変わった私も許さないというのだろうか。


『夜刀神』の名が出たことも信じられない。


「ゆかりさん、今日はいったん帰らせてください。

なにがどうなっているのかわからない。整理してみます。なにか良い方法が無いか父と相談してみます」


「あー、ありがとう。でも大丈夫だって。たぶん」


 私は葉介の手前、平気な顔を装っていたのだけれど、やっぱり神から恨まれるって気持ちが悪い。

まだ午前中だし、禊ぎに行くことにした。


「ようこそおいでなさいました白蛇山大神様」

「またのお越しをお待ちしております」


「今来たところだよっ! 帰されるところだったわ。ちょっと嫌なことがあって禊ぎにきたの。もう入って良いかな」


「はい。我らの力では少々足りませんが、少しは祓えると思います故」

いつも元気な禊ぎシスターズはなんだか歯切れが悪い。


それでも私は前のように裸になって水へ入っていった。


「やはり分が悪いな姉者」「うむ、元を絶たねばな」

水中へ消えたゆかりを見送りながら禊ぎシスターズは水面をじっと見続けていた。


「はぁーっ、すっきりした。やっぱりここの禊ぎは効くねぇ」

私は川辺まで上がって水気を切って服を装着。すっきりとした気分になっていたが、神妙な禊ぎシスターズの顔を見て不安になってしまう。


「ゆかり様。禊ぎによって穢れはございませんが、神罰はやはり消えません」


「……神罰か。知ってるよ。これって前来たときからあった?」


「申し訳ございません。以前より微かに感じておりましたが、現在アクティブ状態です」


「うひー。どどどどうしたらいいのかなぁぁぁ」

スッキリとした気分も吹っ飛び、また嫌な気持ち倍増だ。


「上位神にご相談召されてはいかがかと」


「ウカ様ぐらいしか知らないけど、聞いてみる。こんな身体でお会いしても大丈夫かな」


「ゆかり様だけを標的にしております故、問題ございません」

「丸く収まりましたらまたお越しください」


私はそのまま稲荷神社へ超特急で飛びましたよもちろん。


「ふーん。そんなことがあったのね。でもごめんね。私でも神の罰に干渉することは出来ないのよ。

どんな神でもそうなんだけど、神罰って契約上の問題なの。わかるでしょう?」


稲荷神社の神界部屋で私は淹れてくれたお茶に手もつけず、今まで起きたことをウカ様に相談したが、良い返事は貰えなかった。


「ゆかりちゃんのご両親はお気の毒だけど、古い神はなかなか融通が利かないから絶対に約定は果たさなくちゃならないの。

代償は人間なら命、神なら神威を支払う事になるわ」


「そうですか。私としては両親が亡くなったのもかなり前だし、自分的には整理が付いていたのですけど、今になって私にも神罰が残ってたって言うのがなんか腑に落ちないんですよね。もう人としては事故で死んでるんだし」


「そうよね。うん。おかしい。うーーん」

「うーーん」


私達は考え込んでしまった。ウカ様にもわからない、ずっと続く神罰っていったいなんなんだろうか。


「とにかく、夜刀神に話を聞いてみなさい。あんた、私を祟ってない? って」


「そんなことストレートに聞けないですよ、でも夜刀神ですよねぇ、手がかりは」


「神罰がらみだから私はこれ以上手伝えないけど絶対負けないで。応援してるわ」


「はぁ、がんばります。今日はありがとうございました」


 ウカ様なら神罰だろうと軽く切り離してくれるのでは無いかという期待は裏切られてしまった。

私、これから神罰で殺されるかもしれないんだよ、あ、今は神だから神威を支払えばいいのかも。それって神域も小さくなるよねきっと。まぁそのくらいならいいか。

とりあえず帰って夜刀神対策を考えよう。



*****


「わかった。けれどもよ、俺を巻き込まないで欲しかったぜ。絶対大丈夫なんだろうな?」


「あの娘次第……」


夜刀神は声の主が消えていった空を睨み、やがて座り込んだ。


「夜刀神様がお隠れになるような事だけはこのイチ、耐えられませぬ」


「嫌な事になったなぁ。イチよ、おまえには苦労掛けるが、長年奉公してくれた事、感謝するぞ。

俺がもし居なくなったらおまえは白蛇のところでも行って仕えよ」


「夜刀神様……」


イチは夜空を見上げている夜刀神の傍らに跪いて涙を流していた。

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