第41話 祓い屋
赤岩神社の神主は佐伯という。彼は五十代半ばだろうか、父が生きていればこのくらいのオジサンだったなと思える風貌だ。
ほっそりとした体格に白髪交じりの短髪。いかにも神職らしいワイシャツにスラックス姿のこざっぱりとしたイケオジだ。
今日は葉介にも同席して貰い、白蛇山神社の拝殿をお借りして話を聞くという
きりがお茶を三人分淹れて皆で一口飲んだ後、世間話から会談は始まった。
「すみません。わざわざこんな田舎まで来て頂いて」
「いえ、新幹線もありますし、近いものですよ。東京のあと新潟に寄る予定でしたから。それより新潟からの帰りの方が憂鬱なくらいで」
「そうでしたか。無理してお立ち寄り頂いたのかと心配していました」
「私なら大丈夫です。元より全国を飛び回る仕事でしたし。今回電話に出られたのは本当に偶然でした。いつも神社はほったらかしだったんですよ。
それより、佐藤さん。ご両親のことは本当に残念でなりません。葬儀は私も参列しましたが、お嬢さんに話しておかないとならない事があったのです。話して良いことなのか悪いことなのか考えあぐねたままになってしまって、ずっと気にしていたのです」
佐伯は少しうつむき、言葉を選びながら喋っている様子だった。
「あの、佐伯さんとうちの父はどのような関係だったのですか?」
「シゲ……、ご両親とは古い付き合いでした。私たち三人は大学の同期なのです」
「あぁそれで。あの、両親が亡くなるちょっと前、何度かいらしてましたよね。父から近所の神主さんだと言うことしか聞いていなかったのですが、それだけのヒントで調べてご連絡したんです」
「そうでしたか。あの、お嬢さん。お父さんから仕事の話って聞いたことありますか?」
佐伯は顔を上げてまっすぐ私の目を見ている。その瞳は少し不安混じりの中年男性のもので、私は深酔いしたときの少し不安げな父を思い出してしまう。
「それが、一度も仕事の話はしてくれなかったんです。佐伯さんなら知っているかもしれないと思っていましたが、三人は同じ仕事をしていたんですか? それってどんな……」
「あのっ! これから話すことは信じがたい事かも知れません。今まで彼らがお嬢さんにも話していなかったのは絶対に巻き込みたくなかったんだと思います」
「そんなに危険な仕事だったんですか?」
佐伯は少し身を乗り出し、辺りを見回してからお茶を一口飲んだ。
「私達の仕事は、祓い屋だったのです」
「祓い屋……って、あの、霊能力者とかの」
まさかの仕事名だった。
普通の主婦と思っていた母と酒好きでだらしない父。それが祓い屋って。
アングラな響きを持つその職業は、私のイメージでは詐欺師だ。
「テレビでやっているような、幽霊が視えて、それを祓うというものではうりませんよ。
私の家が少し古くて、『
「モノノケですか」
「モノノケと言っても色々ありますが、私達は特に神の部類に入る強力なモノノケと交信し、機嫌を取って穏便に離れて貰う仕事をしていました。
先祖代々そのための手法を確立していて、あなたのお父さんは儀式の準備、お母さんは巫女の役目をおこなっていました」
私は息を呑んだ。佐伯の言うモノノケ、神と呼ばれるそれは一体なんなのだろうか。それと交渉して去って貰うなど、どう考えても危険だ。
「それってかなり危険なことじゃないんですか?」
「この話を信じてくれますか。普通、笑われるでしょう」
佐伯は自嘲気味に小さく呟いたが、私が信じないわけはない。モノノケと言ったら大蛇の山神が最たるものだろうし。
「信じますよ。でも私の両親にそんな事ができたんですか」
「私はモノノケの意志を感じることぐらいまではできますが、祓い屋は本来技術だけでもできるのです。モノノケの行動は論理的です。手順通りに儀式をおこなえばそのとおりに反応します。私の家に伝わるその技術を研究してきた三人だからできたのです」
神道の儀式もそのような感じだ。神社を祀る
「そんなシステマチックにできるはずないですよ!」
葉介が声を上げた。
「モノノケって言うんですか、あれの意志は人が理解出来て制御できるとは思えないですよ」
「私の家系は代々それに成功してきました。少なくとも私が関わったものの半数はモノノケが原因でしたよ。もちろん、定型の儀式では通じないものもいましたが、あれの行動には規則性があると思っています」
佐伯は落ち着いて答え、葉介は渋々引き下がった。
私は少し話を変えてその場を取り繕う。
「その仕事って結構忙しかったりするんですか?」
「はい。実際私達の収入はすべて、依頼されたその仕事から入っていました」
「はぁぁ、まったく想像もしていませんでした。うちの両親が。祓い屋……」
「そして、これから話すことが重要なのですが、今でも悔やまれる大失敗をしてしまったのです」
佐伯は悔しさとも怒りともつかぬ表情をしていた。
その失敗についての話は、私にも理解出来る大問題をはらんでいた。
山に国道を通すため、古くから在る祠の移転をしたい。神様に了承を得て欲しいという役場依頼の祀り事があった。
あとは受け入れの儀式をやる手はずを整えていた街の神社に、役場が祠を丁重に移動させる予定になっており、仕事は終わったはずだった。
しかし、半年ほどして受け入れ先の神主が怒って連絡をしてきた。
いつになったら祠を持ってくるのだと。
私達は驚いた。役場の責任者に移転が進んでいないのは何故だと問い合わせたところ、祠は取り壊したので移転の話はとっくに終わっていると。
私達に頼んだのは祠の取り壊しをするから一応それっぽい儀式を形だけしてくれれば良いというつもりで依頼した。思ったより金額が高かったので予算を超えてしまい大変だったと。
役場の人間は祓い屋の仕事は形だけのものだと考えていたのだ。
私達三人は青くなった。
祓い屋が最もやってはいけないこと。神を騙したのだ。
あの祠には強いモノノケ、いや神と呼ばれるだけの力を持ったものが間違いなく存在していた。
力の大きさに危険を感じつつも良い場所を用意したので移動して頂きたいと頼み込んだ。
神は拒否した。
一日の予定が三日に伸びた。
毎日新しい神饌を奉納し続け、神を讃える祝詞を唱え、私達は神の信頼を得てなんとか了承が得られたのだ。
それなのに……。
間違いなく私達は神に祟られる。神罰を受けなくてはならない。
とはいえ、祟りを回避する儀式もある。
そのためには神の名前を特定する必要があった。
佐藤夫妻は神名を特定することができる高名な
佐伯は赤岩神社に残り、神名が分かり次第、儀式がおこなえるよう準備をしていた。
夜遅くにゆかりの父は電話で神名を伝えてきた。
佐伯はただちに神名を使って、
『たたるかみをうつしやることば』とは、災の原因となる神を祀り、怒りを鎮めてもらい、天に遷すことを目的とした儀式だった。
佐伯がその儀式をおこなっている間、帰宅の途についた佐藤夫妻は山道で事故に遭い帰らぬ人となっていた。
祟りは始まってしまった。
関係者の一族が死に絶えるまでそれは続くはずだ。
佐伯は家の古文書から祟りから逃れるための秘伝を捜し出し、一昼夜に渡る儀式をおこなったが、その最中、同居していた妻と子が原因不明の死を遂げてしまった。
その頃ゆかりは遠方で独り暮らしをしていたため、祟りの発現が遅れているのか、祟られなかったのか、何事も起きていない。
佐伯本人は祟り避けの秘伝により、神の眼から未だに見つからず逃れ続けている――。
私はこの話を聞いてぞっとした。
もしかしたら私の死因は祟りが関係しているのでは無いだろうか。
佐伯は知らないが、私は事故死していたのだ。
よくよく考えてみれば、神社の鳥居が倒れるなんて事があるのか。
しかもヒルメがその原因を祟りの実行によるものであると気がつかないなんてことがあるのだろうか。
「佐伯さん、その神様の名前って」
「口に出すことは出来ません。あなたもこの神名は口にしないようにしてください」
佐伯は手帳を取り出し、ボールペンでその名前を書いた。
私は書かれてゆく文字を目で追っているうちに鳥肌が立っていた。
書かれていた文字は「夜刀神」だった。
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