第34話 正体と目的

「おばぁちゃ~ん、からあげとちらし寿司三つくださいなー」


「ゆかりちゃん、いつもありがとねぇ。あら、ゆかりちゃん、なんか綺麗になったみたいねぇ」


神格が上がって神々しさでも出てきたのだろうか。綺麗と言われて素直に嬉しい。


「えっ? ありがとう。なんも変わってないんだけどな。そうだ、八十七社神社の話って知ってる?」


「あー、知ってるよ。病気に効くって話だろ。何人か村からも行った人がいるけどね、なんていうか眉唾モンだねぇ」


和菓子屋のおばあちゃんは唐揚げをトングで掴んだまま話してくれた。


「でね、病気の人は治らなかったけど、一緒に行った病気なんかしたこと無い人が具合悪くなって医者に行ったらなんか見つかって、神社でお参りしたらあっという間に治ったって話を聞いたんさ」


「ふぅん。自分では気がつかなかった病気が見つかって、それを治すなんて凄いんじゃないですか」


「そうかねぇ。なんか気になるんだよ。そんな希な話なのによく聞くから」


「よくあるんだ。確かにそれは変だねぇ」


怪訝な顔をしたままそんな話をして神社に戻った。


参道を歩いていると血相を変えた獅子と狛犬が私の前に現れた。


「ゆかり様っ! ちょいと動かないでくださいよっ。狛犬っ!」


狛犬が風の速さで私の背後をすり抜けると口に黒い塊を咥えていた。


「どうしたの? なにそれっ、私に付いてたの?」


狛犬が咥えたそれは子猫ぐらいの黒い人魂型をしたなんとも禍々しいなにかだった。


「ゆかり様、こりゃ、障りですぜ。どこでこんなもん付けてきたんですか」


獅子は警戒を解いてほっとした顔になる。狛犬が咥えた黒い塊を噛みきるとそれはすっと消えてしまった。


「ありがとう二人とも」


「この障りは最近うちの参拝者も付けてくる事があって警戒していたのですが、まさかゆかり様にまで。ムカツク!」


狛犬は忌々しそうに言う。


「うちの神域っていうか、鳥居の内側に入っても消えないって。結構ヤバイやつだったんだ」


「心当たりがあるようですが、なんなんですそいつぁ」


「八十七社神社に棲み着いたナニカだと思う」


私は二人に今日あったことを話した。


「夜刀神と一緒で良かったかもしれませんぜ。それにしても夜刀神が嫌がるナニカですかい。警戒を厳重にした方がよさそうだ」


「うむ。獅子よ、必ず食い止めようぞ。そうだ、ゆかり様の浄化を参拝者に分け与えてはいかがですか」


浄化を与えると言われても私が鳥居の下でずっと浄化するのだろうか。


「ゆかりよ、障りをくらったようだな。これ以上入り込まれても難だ。浄化を分け与える方法を教えよう」


サンダル履きのジャージ姿で現れた山神は、さっきの様子を見ていたようだ。


「どうやるんですか」


「水じゃ。儂ら蛇神は水の神でもある。そこらに岩でも置いて割れ目から水を湧かして飲ませるのじゃ」


「山神様、ここらでいいですかい?」


気の早い獅子が高さ一メートルほどの大岩を担いできて山神が指示する境内の脇に降ろした。


「よし、ゆかりよ、これを割れ」


「できるわけないでしょ」


「従四位のおぬしなら出来る。割れろと命じるだけじゃ。そうじゃな、割れ目はこのあたりで止めるんじゃ」


「ほほぉ、そう言うなら出来るのかも。やってみます。うーん、ここまで割れろ」


大岩はバカッと音を立ててヒビが入り、指定した場所まで細い亀裂が出来た。


「凄い……。自分の力ながら信じられないよ」


「次は浄化の神威を与えた湧き水を作れ。この割れ目から水が湧くようにな」


「できるわけないでしょ」


「だから従四位なれば出来ると何度言えば」


「はいはい、やってみますよ。浄化の水よ、岩の割れ目よりこんこんと湧き出でよ~」


ちゃぽちゃぽと音を立てて岩の割れ目から水が湧き始めた。


「ほぇぇぇ。奇跡だー! これ、私がやったんですよね、凄いな神威」


「美味い。確かに浄化の力を秘めた水じゃな」


山神は早速、手で水を取って味見をしたようだ。


「あとは村長にでも夢で伝えればよかろう。この水を飲めば身体から悪いものが無くなるとな」


「そうですね。今夜伝えておきます」


これで村人の健康は保たれるだろう。それにしても八十七社神社に巣くうあやかしの奴、うちの村人にまで迷惑かけるとは。うちにケンカを売ったも同然。叩き潰す! ウカ様みたいに。


私のスローライフはこの村が平和であることが前提なのだから。


夜になって神界部屋では私と山神が酒盛りをしながら作戦会議をしていた。


「昼の障りですけど、あーゆーのって普通の穢れと同じ物なんですかね」


「わしは見ていないからわからんがの。ケガレとは人の心が作り出すものが多いのだ」


「人の心……? もしかして怨念とか」


「そうじゃ。人は死して念を残す。それが大抵は残してしまった心、なものだ」


「大往生できる人ってそうそう居ないですもんね。私は死んだ実感無かったからそれはないけれども」


は寄り集まる。ある程度集まればそれは障りを起こすものとなり、我ら神にはケガレとなる」


「よくわかりました。怨霊みたいなものでしょうね。ちょっと怖い」


神が穢されるという意味は知らなかった。しかし、山神の説明で神社の聖域に入って来てはいけないものだと感じられた。


「神社に入れるほどの穢れってけっこうヤバイんじゃないですか?」


「そうだ。鳥居より先は聖域、一人二人分のケガレであれば中に入ることはできん。弾き飛ばされる。それがゆかりに付いていたとはいえ、狛犬が対処するほどのケガレなどそうそう無い。となればやっかいな相手かもしれんぞ」


「そうですか。お神酒ぶっかけて聖水みたいに祓えませんかね」


「酒をそんなことに使ったらわしが怒る。日本酒レビュワーの第一人者としての立場があるんじゃ!」


「ほんといつの間にそんなこと始めたんですか」


酔っ払った私達は「作戦会議呑み会」を終えたのだった。




 昼に八十七社神社へ詣でた主婦は夜中に咳が止まらなくなり、救急車で運ばれた。他にも腹痛や頭痛に見舞われて翌朝病院に駆け込んだ者も数多くいた。医師の検査を受けた人々は、苦痛の発生箇所に得体の知れない病巣が発見され、苦痛を抱えたまま八十七社神社にお参りをした。


神社の境内にはいつものように巫女が参拝者に声を掛け、病気回復の祈りを捧げるように促していた。

その日から病巣は薄紙をはぐように小さくなり、一週間ほどで回復したのだった。


 私はしばらく八十七社神社の調査を続けていた。白蛇山神社へ参拝する人々の言葉や、街の神社、神使会からも噂を集めた。


「うちの商店街でもいきなり大病が見つかって病院でもわからなくて、あの神社にお参りしたら治ったって人がいるのよ。あそこにはなにも居ないはずなのにねぇ」


稲荷神社のウカ様も地元の情報を知っていた。潰したはずの八十七社神社が関わっていることに少々お怒りのようだった。


「そうですか。いろんな話を総合すると、これってマッチポンプみたいな感じがするんですよ」


私はこれまでの情報から、あまりにも単純な八十七神社に棲み着いた奴の行動原理を読み取っていた。


「なにそれ」


「お祈りした人を病気にして、それを慈悲深く憐れんだふりをして、病気を治してあげて賞賛を浴びたい奴がいるってことです」


「なるほどぉ。許せないわね。潰す?」


宇迦之御魂神はマッチポンプの意味に感心したような顔のまま、こともなげに恐ろしいことをおっしゃる。


「夜刀神もウカ様に頼めばって言ってましたけど」


「あの子、私に頼める立場じゃないでしょうに」


「あっ、そうは言ってましたが、ウカ様は手を出してはだめです。

実は、私が帰ったとき、結構な穢れを持ち帰ってしまいました。ウカ様ほどの神が穢れるなんてことは許されませんよ。私がもう一度調査に行ってみますから対処を考えましょう」


「穢れ? 神社に行って穢れが付いたの? それはちょっと困ったわねぇ。

もとは神域だったし、まだ地力が残ってるから穢れが巣くったらどんどん大きくなっちゃうわ。しかも信者を増やしてるんでしょう?」


私は気がついた。マッチポンプをやっている目的に。

信者を増やして人々の切羽詰まった強い願いをエネルギーにしているのだ。それをパワースポットの地力が増幅し、ナニカに力を与え続けている。


ナニカとは穢れの集合体なのだ。八十七社神社が空洞になった反動で今まで神域に近寄れなかったが吸い寄せられ、集まり、一つの塊になった。

それは穢れの神となり、もっと自分を大きくするために信者を増やし続けているのだ。


「穢れが作った場に行ったら私にも穢れが付くんですか」


「触れなきゃ私達なら穢れも付いてこられないわよ」


「私、穢れ神社の巫女に触られましたよ……」


「あーらら」

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