第33話 八十七社神社に棲み着いたもの

 何故このタイミングで階位が上がり、思金様の高天原通達が下ったのか。

それはすぐに分かった。


「久しいな佐藤ゆかりよ」


神界部屋が眩しいほどに明るくなり、光に包まれた人型が現れた。

私はヒルメがアマテラスと知らず、マンションとイケメンを要求したことを思い出した。


「あ、あの、ヒルメ様っ、アマテラス様っ、いつぞやは失礼しましたっ!」


座布団に座っていた葉介が合掌し天にも昇る幸せそうな表情のまま静かに気絶する。


「住むによさそうな社だのう。人の住まう社はこうなるのか。面白い」


「あっ、あの、いま思金様から通達がありましたけど」


「答えに至ったからだ。そなたを人の善悪を持つ神とした結果が知りたい。力を与えるゆえ、どう働くのか見せておくれ」


「はい、色々考えることがありそうなのですが、それにしても階位が上がっちゃってよろしいんですか」


「その力をそなたがどう使うのかも見てみたいのだ。いつかは統治に役立つこともあるだろう」


「統治? それは地上の事ですか」


「……楽しみにしておるぞ」


光が消え、天照大神は帰っていった。


「あれがヒルメか。あまり会いたくは無いのう」


山神様は冷や汗をかいている。


きりは葉介の額に氷を当てて床に寝かせて声を掛けていた。


「山神様、私の力、どうしたらいいんですかぁ」


ここでの年長者、山神に向かって私はなさけない顔をしていたと思う。


「わしはしらんっ! おまえが考えるのじゃ」


「ふえー」


今夜のミーティングでまた一歩、神の秘密に近づいてしまったようだ。




 従四位ともなると神威も強力になっているのではないか。私は神社の上空に昇り辺りを見回してみた。


「やっぱり。うちの神域が広がってる。これはすごい」


街の方を見ると光の柱になにかが浮かんでいるのが見えた。

「光の中になにか浮いて見えるね。もしかして」


裏の御山を振り向くと、太い光柱の中に酒樽に身体を巻き付けた二匹の白蛇が浮いていた。

私はすぐにこの正体に思い当たった。

「ははぁ、これってシンボルマークだ。今まで見えなかったのは神階の問題なのか。しかしまぁ、言い当ててるマークだこと」


点々と光が立ちのぼっている街へ飛んでみた。以前は細々としていた光の柱はすべての太さが倍ぐらいになっている。うちの摂社にも力が行き渡ったということなのかもしれない。

でもあの光柱は地力のはず。神の力と関係があるのだろうか。


 ウカ様の稲荷神社には稲がたわわに実った穂を重そうに垂れさせている。宇迦之御魂神の象徴だとすぐにわかった。

少し離れた社殿はハクビシンのきくさんが住んでる御山神社だ。小さい白蛇が酒樽に巻き付いて浮いている。これも納得。山神様と白蛇山神社の姿なのだろう。

他は光の柱だけのようだ。いや、遠くにひときわ太いのが見える。近くに飛んで行くとやはり夜刀神だ。黒くてツノのある大きな蛇がとぐろを巻いている。ちょっと挨拶をと祠の前に降り立つとすぐに反応があった。


「白蛇っ、どうしたこの力は? おまえ神格が上がったな」


「こんにちは。夜刀神様。ちょっと色々あって。あ、イチさんは?」


「イチは見回りだ。それより土産は無いのか?」


目を輝かせているちいさな黒蛇姿の夜刀神に悲しいお知らせをする。


「ごめんなさい。今はちょっと立ち寄っただけなんです。今度うちに来てください。山神様が貰ったレビュー用の日本酒がたんまりありますよ」


「れびゅ? なんだそれは。美味いのか。とにかくすぐ行くぜ」


「立ち寄ったのはちょっとお話聞きたくてですね、私の神格が上がると摂社のみなさんにも力が分け与えられているようなんですが、いかがです?」


「それは感じるぞ。間違いなく倍は力を感じる。この神域を見ろ、草花の勢いが全く違う。ここに来る連中も違いがわかるようでほれ、団子が供えられたぞ」


「おー、良かったです。だんだんこの公園も神社の境内らしくなってきたわけですね」


公園の緑地部分に生えている草花は、敷地の外と内では葉のツヤから花の大きさすべてが違って見える。ここがとても良いパワースポットになっている証拠だった。


「そうだ、ここで井戸端会議してる女連中の話だが、気になる事を聞いた」


「気になる?」


「俺とおまえで潰した八十七社神社が病気を一発で治すって話だ」


「潰したのはウカ様ですよっ! それよりあそこは神不在になったはずですよね」


「なにかが住み着いたんだ。だが病気が治るなら結構力のある神なんじゃねぇか」


「それは良かった良かった。じゃ私はこれで」


「ちょっとまて、神社乗っ取って人間に媚び売る奴が神なものか。見に行くぞ」


「えー、でも病気を治してくれるんでしょう、善い神様なんじゃないですか」


「人が善いと思うことを神がわざわざするはずがねぇんだよ」


「最近ちょうどそんな話をしていたんですけどね。わかりました。行きますか」


「神威は完全に抑えておけよ。見るものが見ればわかるだろうが、あの神社では人のふりをした方がいい」


「そうですね。わかりました。変化の応用で人に変わるイメージで……」


私は年相応のTシャツにチノパン姿の一般人に、夜刀神は茶髪のサラサラヘアのイケメン姿になったが、服装が黒革のパンツ、黒のTシャツ、しかも意味不明な英語がビッシリと書かれて銀色の細い鎖をじゃらじゃら付けている中二病スタイルだった。


「ちょっと離れて歩いてください」


「なんでだ、カップルの人間みたいにしたほうがいいんじゃねぇか」


「バカな弟連れてるお姉ちゃんみたいな気分ですよ」


「意味わかんねぇ! 夜遊びに来る若ぇ奴らと同じ服装だぞ。今風だろうが」


「はいはい。カッコイイです。夜遊びしてる若い連中ってのは不良ですけどね。田舎の」


軒並み末社に加えた天津神の町に立っていた光柱には、すべて白蛇がとぐろを巻いて浮かんでいる。うちの子会社となっている証拠なのだろう。

すれ違う神使らしき人物はみんな「白蛇山大神様、ご機嫌麗しゅう」などと言って深々とお辞儀をして私達が通り過ぎるまで道の端で動かない。

さすがに変化していても本社の神を見間違える事はないようだ。


たまに「夜刀神っ!」と驚く神使は、よほどの悪縁でもあるのだろうか。


「従四位ともなると天津神あまつかみであろうと逆らう気にもならんのだろうな。おまえさんも偉くなったもんだ」


「私は偉いとかそんな気は無いんですけどね」


途中、一人の神使を捕まえて八十七社神社のことを聞いたが、宇迦之御魂神の神罰を与えられた神社など名前を出すのも汚らわしいという返答で、誰も現状すら知らないようだった。


そんな話をしながら歩いて行くと八十七社神社の鳥居が見えてきた。


「黒い人魂?」


光柱の太さはすっかり細くなっていたが、黒い人魂のようなシンボルが浮いているのが見えた。


「神域なんか全く感じねぇな。やはり居るのは神じゃねぇ」


「そうなんですか。私はなんか吸い込まれるような感じがします。一応お参りしてみましょう」


境内を進むと本殿の前にはお参りに来た人の行列ができていた。二十人以上いるようだ。


行列の脇では年齢がよくわからない美しい巫女が参拝者一人一人に話し掛け、背中をさすり優しげな微笑みを降りまいていた。


私達も最後尾に並び、お賽銭を用意する。百円だ。

巫女が近づき、私に話し掛けてきた。


「今日はどうされましたか? お体の悩みがございますか? こちらで祈れば神様はきっとそれを治してくださいますよ」


「あー、私達は色々とね」


「おぉ、俺たちの円満を祈りに来たんだ。縁結びの力はあるのか?」


「えっ、縁結びですか、他人の幸せより不幸な方を癒やされる神様ですのでどうかと、彼氏さんはなにかお悩みはございませんか」


「彼氏じゃないです。たぶんこの人に悩みなんて無いです。普通にお祈りだけしてきますからおかまいなく」


巫女は私の肩に手を置いて優しく話し掛ける。


「今は無くてもなにか困ったことがあったときは縁が繋がった証拠です。またこちらの神社でお祈りされるとよろしいですよ」


「はい、その時はよろしくお願いします」


巫女の仕事は神社の広報活動なのだろうか。しかもあの巫女は人間では無い。

恐らく神使だが、神使というほど清廉潔白でもなく、(うちのきりもそうだが)なんだか神社のセールスウーマンのようで嫌な感じがした。


しかし、他の人達は巫女から話し掛けられ、親身に話を聞いて貰い満足して帰っているようだった。


私はお賽銭を入れ、二礼二拍手。心を澄まして気配を探る。意識を本殿の奥に向けると、心が吸い込まれそうな空虚、両親が亡くなったときのぽっかりと身体の中心に穴が開いたような息苦しさを感じる。

一礼して夜刀神を見ると本殿の中を睨んでいる。


「おわりましたか? 帰りますよ」


「おぅ、行くか」


神社を出て歩きながら夜刀神に聞く。


「なにか睨んでましたけど、なにがあったんですか」


「神じゃねぇ奴がいた。祟り神のたぐいだなありゃ」


「ええーーっ! そんなの危ないじゃ無いですか、また吸収したほうがいいのかな」


「相手が神じゃなけりゃ末社にも加えられん。祟り神と言ったが俺のような神格も無い。あれはなんなんだ。さわりの塊のような、おまえ、あいつになにも祈ってないだろうな」


「先に言って欲しかったけど何も祈ってないです。ただ人の心を抜き取るようなブラックホールみたいな感じ、手を合わせても良い気持ちにはなりませんね……」


「あれに祈るとロクなことはないぞ。障りが俺らを穢す。人間はどうなるのかわかんねぇけどよ」


夜刀神は吐き捨てるように言った。祟り神の一員だった夜刀神でも嫌な相手というのはあるんだな。


「それにあの巫女は奥にいる奴と同じ物のような感じがしたぜ」


「えっ、神使じゃなかったんですか」


「わからねぇ。神職でも人間でも神の領域の者でもねぇナニカだ」


「……私はもう少し調べてみます。うちの村でも話が聞けるかもしれないですから」


「そうだな。あまり深入りしないでウカ様に頼んだ方がいいかもしれんぞ。じゃまたな。酒飲みに行くからよろしくな」

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