第15話 鏡石を守れ!
「場所は分かっているな」
「はい、衛星写真から巨木の位置を確認していますので、GPSで正確な座標をマークしてあります」
「本格的な発掘なんぞされてみろ。すべての予定が駄目になっちまう。
とっとと行くぞ」
男達は荷物を背負い、息を切らせながら斜面を一直線に巨木に向かって登ってゆく。
「山の神様、やつらなにするつもりでしょう」
「鏡石の大きさを知らずに盗掘でもするつもりかしら。
なんにせよ行動を見張りましょう」
私と狛犬で男達のあとをつけている。
獅子は人の姿になり、御山の下で待ち伏せし、きりは留守番だ。
「あっ、ありました。あの岩です」
「でかいな。こんなものが山に埋まっていたのか」
「よし、さっさと仕掛けろ」
(えええっ、まさかとは思ったけど、鏡石を破壊するつもりなのかこいつら)
一人が背中の荷物を下ろすと、中からエンジン式の小型掘削機を取りだした。
(まずいまずい! どうしよう、止めさせないと!)
私は狛犬より先に体が動いていた。
女神姿になり、男達の前に姿を現す。
ぎょっとしている彼らに強い口調で声を掛ける。
「やめなさいっ! なにしてるの。ここは立ち入り禁止よっ!」
「ちっ、うるせぇっ! 邪魔だ」
年嵩の男が私に襲いかかる。
女神姿になったからと言って特別な力があるわけじゃ無い私は殴られる寸前、神体に戻って男達の視界から消えた。
「兄貴っ、今のは、なんなんですかぁ」
「幽霊かなんかだろ、いいから手を動かせ」
「なんなのあいつらぁぁぁ! か弱い女子に向かっていきなり殴り掛かってきたよ、信じられない」
「山の神様、わたくしが行きますっ」
狛犬は人の姿になって男達の前に飛び込んだが、彼女は神の護衛なのだ。
せっかくの戦闘力を人間にふるえない。
「なんだ、さっきの女は見間違いかよ、やっぱり人がいたんじゃねぇか。
おいおい姉さん、三人相手でイキがるんじゃねぇよ」
狛犬は襲いかかる男達の攻撃をかわすので精一杯の様子だった。
「くっ、獅子がいれば」
人に対して殴り倒すこともできず、捕まえようにも奴らは工具を振り回していて近寄れない。
どうやって男達を無力化できるのか、できたとしても捕まえて身動きを封じるしかなく、手をこまねいていた。
男達は暴力を使い慣れている人種であった。
「ゆかりよ、なんじゃあいつらは?」
白い着物姿の山神が現れた。
「あっ、山神様っ、あいつら岩に穴を開けて壊そうとしているみたいなんです。
なにか神威とかでババーンてやっつけられませんか」
「そんなことできるか! 人に害をなす力なんぞ元より封印されておるわ」
掘削機が鏡石に穴を開けてしまった。
続けて別の男がケーブルの付いた細長い塊を穴に差し込んでゆく。
「そうだ山神様っ、お願いします。雨を、雨を降らせてください。
火薬が湿ってしまえば爆発しないかも」
「おぉ、よ、よしっ、雨よ」
局所的にザザッと雨が降り、男達はずぶ濡れだ。それでも作業を止める気配が無い。
どうやら今の爆薬は耐水性なのだ。
「山神様、水は効いておりません」
狛犬もどうしたら良いのかわからず右往左往している。
「神の力なんて、全然役に立たないじゃないっ! いやだっ! 絶対この山を護るんだ!
みんなの居場所が無くなっちゃう!!!」
私は年甲斐も無く泣きわめいた。
山神はそんな私を黙って見つめていたが、私に近づいてこう言った。
「御山はわしが護っていたつもりだったが、護られる側になるとは……な。
うむ、決めたぞ。
おぬしこそ相応しい。わしの神威を授けようぞ」
私は両肩を山神にがっしと掴まれた。
驚いている間もなく山神の形の良い唇が私の唇に重ねられた。
「んーっ! にゃにぃをするんですか!」
驚いている間もなく私の中に、力の源が湧き上がり、全身に広がってゆく。
”佐藤ゆかり、叙位。
思金様の声が頭に響く。
「ぷっはー、おうおう、三階級特進じゃ。これでおぬしはわしの神威以上のものが使えるはずじゃ」
私の身体がどんどん大きくなってゆく感覚。
いや、感覚だけではなく実際に私は大きくなっていった。
更に凶暴な破壊衝動が全身から溢れ出す。
私の姿は神代から存在していた神敵、巨大な白蛇となった。
男達より大きな頭を近くに迫らせ、金色の蛇眼で睨みつけた。
――おのれ、なぜ私は死んだ、
なぜ私は会社で嫌な思いをしなくてはならなかった、
なぜ結婚出来なかった、
なぜ私の大事な場所を奪う、
スローライフを奪う、
許さぬぞ。
許さぬ!
此奴ら生かして返さぬ!!
全員を丸呑みにしてやりたい衝動は、殺意は、少し前まで普通の人間だった私には感情が振り切れすぎて拒絶反応を起こしていた。
(いや、だめ、殺しちゃだめ、あれを取り除くのが先だ!)
殺害衝動は抑えても、白蛇の体は臨戦態勢を解かずに怒りに燃える瞳で男達を金縛りにしている。
「あひゃっ、あひゃっあぎぃぃぃ……ひゃーっひゃっひゃっ」
男達は失禁しながら白目を剥いて笑い出す。
発狂していた。
一番年嵩の男だけは目に狂気の色を浮かべながらも殺気を放っている。
ふらふらとダイナマイトの発火装置を掴んでケーブルを伸ばしながら転げるように逃げ出した。
私の焦りが目を覚まさせたのか、蛇体のコントロールを取り戻した。
私は鏡石に差し込まれたダイナマイトをケーブルごと咥えて引き抜き、天に向かって白い蛇体を伸ばしてゆく。
御山の光柱に並ぶ白い蛇体はまっすぐ高く伸び続け、御山に二本の柱が立ち登った。
男は尻餅をつきながら発火装置のレバーを捻った。
御山の遙か上空でダイナマイトが爆発した。
夜空に響く爆発音は寝静まった村人を起こし、警察に通報したものがいたのだろう、しばらくすると街からパトカーが何台も走ってきた。
白蛇の姿は溶けるように消えてゆき、私は元の神体に戻っていた。
「山神様っ、私、さっき山神様みたいな蛇の姿になってましたよねっ!
どーゆーことなんですかっ」
「はっはっはっ。おぬしならこの御山をまかせられるぞ。
今の人間が神になると、こういうことになるのか。
おぬしのどこが
山神様はなにが楽しいのか嬉しそうに笑っている。
「よくわかりませんけど、山神様のせいですよねっ」
「ふむ。まぁこれでわしは御山に縛られることは無いのぅ。
おぬしには悪いが、代替わりじゃ」
「なんですってぇえええ」
「おぬしなら大丈夫じゃ。ではな」
山神はそう言うと美しい顔を上げ、少し寂しそうな柔らかい微笑みを残し、霧のように消えていった。
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