タナトスの住むところ

不労つぴ

タナトスの住むところ

 皆さんは、突然死にたくなったことはありますか?


 多くの人は、はいと答えると思います。

 

 でも、ここにあなたが来てくれたということは、きっと死にたくなっても、それを振り払って生きるという選択を取ったのだと私は思います。

 それはとても素晴らしいことです。

 

 私もこれまでに、死にたいななんて考えたことはありますが、本気で死にたい――なんて考えたことは、ほぼありませんでした。

 ですが、私は一度だけ猛烈な死への渇望を見出したことがあります。

 

 今回は、そのときの話をしようと思います。


 あれは、私がバイト先で大きなミスをしてしまった時でした。

 そのミスのせいで、私はこっぴどく店長に怒られてしまい、うつむきながらトボトボと家路についていました。


 私は元来、怒られると人以上に落ち込んでしまう性格で、怒られた日は一日中怒られたことについて考え込んでしまうのです。

 ですから、その日も怒られたことに落ち込んで、何が悪かっただとか、ああすればよかったみたいなことをずっと考え込んで自己嫌悪に陥っていました。

 

 ――ですが、その日は特に自己嫌悪に陥るのが酷かったのです。

 

 普段であれば、そこまで落ち込むこともないのですが、その日は違いました。

 頭の中はずっと怒られたことでいっぱいで、他のことを考える余裕がありませんでした。


 ですが唐突に、頭の中の靄が晴れたように自己嫌悪が解けました。そして代わりに、強烈な死への渇望を抱くようになったのです。


 

 ――あぁ、帰ったら死のう。


 

 ついには、こんな風にまで思うようになってしまいました。

 もうそこからはバイト先で起こったことは、どうでもよかったのです。

 代わりに頭を満たしていたのは、“死”だけでした。


 その時の私には、“死”というのがとても甘美で美しいもののように思えていたのです。

 おかしいですよね。

 

 あと少しで家に帰りつく――その時、私はふと思いました。


 ――これは私の意志では無く、なのでは?


 それに気づいた瞬間、私は自分が現実ではない、どこか別の場所に接続しているかのような感覚を覚えました。

 おそらく、その空間に接続していると、無性に死にたくてたまらなくなるのでしょう。

 

 その空間はどこか別次元に実際にあるのか、はたはた人間が持つ共意識が形成した空間なのかは分かりません。

 ですが、人間にとってとても良くないものであることは確かでしょう。

 

 私はたまたま、その場所と波長が合ってしまったのだと思います。

 何か起きる前に私は自分で気づくことが出来たから良かったものの、もしあのまま気づかず家に帰っていたら……私は今この世にいないでしょう。

 

 これを読んだ方で、もし本当に死にたくなったときに、この話を思い出していただいて、1人でも自殺をする人を止めることが出来たのであれば私は幸せです。


 私達はあなた方の幸せを祈っています。









               ◆

「……またか」


 上司は目の前の遺体を見て、ため息を付く。


「最近同じようなの多いですよね」


「あぁ。今月も始まったばっかだってのにこれで14件目だ」


 ふと、テーブルの方を見ると、開いたままのノートが置いてあった。


「これってただの自殺……なんですかね……?」


「さあな。だが、こんな奇妙な顔をした遺体を数ヶ月前まで俺は見たことがなかった」


 最近多く発生している不審死。その全てに共通するのは、その顔だった。遺体の顔の半分は穏やかな笑顔で、もう半分は恐怖に引き攣っていた。

 上司はノートを手に取り、パラパラとめくる。


「こいつも似たようなこと書いてるのか……お前も見てみろ」


 上司がノートを渡してきたのでそれを受け取る。


「そういえば、この前の報告にも似たようなのが上がってましたね。でも、たまたまだと思いますよ? 何かクスリでもやってたんじゃないですか?」


 上司は神妙な顔をしていた。


「だといいがな。だが、もしこれが本当なら、人間がその空間に接続しやすくなってきてるのか、はたまたその空間が人間を招き寄せているのか……一体どっちなんだろうな」

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タナトスの住むところ 不労つぴ @huroutsupi666

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