第14話 どうしてディアナは怒っているんだろう(エラルド)

「エラルドはただの婿だから、何の権限もないの。

 領主じゃないから側近も必要ないし、私の側近はもうすでにいるの。

 そこにいる三人の令嬢は、卒業したら婚約者を探さなくてはいけない。

 だから、もうエラルドと一緒にいるのはやめなさい。

 わかった?これは最後の警告よ」


「最後の警告?」


「ええ。警告を無視して、これまでと同じように、

 そうやって令嬢と一緒にいようとするなら、婚約は解消させてもらうから」


「え?婚約解消?それは困るよ……」


「困るなら、ちゃんとして。わかったわね!?」


「………わかった」


そう言い切ったディアナはいつものような呆れた顔でも、

困ったような顔でも、貴族のような微笑みでもなかった。

無表情で冷たい目のまま、話が終わるとどこかへ行ってしまった。


僕は何か間違えてしまったんだろうか。

母上が言うとおりにディアナの婿になるために頑張っていたはずなのに、

どうしてあんな風に怒られたんだろう。


婚約を解消されてしまったら、どうしていいのかわからない。

とにかく、何かまずいことになったのだけはわかる。


「ねぇ、エラルド。エラルドが侯爵になるんじゃなかったの?」


「そうだと思っていたんだけど。母上が言っていたことと違うなんておかしいな。

 僕が侯爵になるけど仕事はディアナがしてくれるって話だったのに」


領主になるための勉強が嫌で、カファロ領地から逃げ帰ったとき、

さすがにこれは父上に怒られてしまうと思った。

こんなんじゃ婿にはなれない。婚約はなかったことになるって。


だけど、婚約は解消されなかった。

領主としての仕事はディアナが代わりにしてくれるって言われて驚いた。

令嬢がそんな仕事できるわけがない。僕にだってできなかったのに。


ロビンっていう老人が言っていたことを思い出す。

僕には難しかった勉強だけど、ディアナは七歳で終わらせてたって。

まるで兄上たちみたい。僕ができないことを簡単にできるんだ。


きっとディアナも兄上たちのように僕をできそこないって思ったはずだ。

もう嫌だと部屋に閉じこもっていたら、

母上はどうして婚約が解消にならなかったのかを教えてくれた。


「あのね、ディアナちゃんはエラルドのことがとっても大好きなのよ」


「僕のことが大好き?」


「そう。一目ぼれで婚約を決めたくらいだもの。

 領主の仕事ができなくてもエラルドと結婚したいのよ」


「そうなの?……僕、何もできないのにいいのかな」


「エラルドは優しいわ。みんなを癒してくれる素敵な笑顔よ。

 だから、仕事なんてしなくても大丈夫。

 そのままのあなたをディアナちゃんは求めているんだから」


「そうなのかな」


本当かなって思ったけれど、しばらくして一緒に勉強することになったエルマが、

「エラルド様は素晴らしい人ですね!」って何度もほめてくれた。


隣の屋敷に住むジャンナも従妹のラーラも、僕がすごいって言ってくれる。

四人で一緒に勉強していくうちに、

いつの間にか兄上やディアナに負けたことは悔しくなくなっていった。


僕は勉強はできないけど、いるだけで素晴らしい人間なんだ。

きっとディアナと結婚してもうまくやれる。そんな自信がついた。


それもこれも、そばで支えてきてくれた三人がいたからだ。

だから三人も一緒にカファロ領に連れて行けば、

今度は逃げ帰ったりしないで頑張れると思っていた。


カファロ領にはジョイとルーイというディアナの幼馴染がいたから、

僕の幼馴染がいても問題ないと思っていたのに。


ディアナが侯爵になるから、ディアナの幼馴染はそばにいていいの?

僕は婿になるから、幼馴染を側近にしてはいけないの?

ディアナだけ頼りになる幼馴染がそばにいるって、ずるい気がする。


聞きたいことはいっぱいあったけど、ディアナの目が冷たくて、

聞いたら怒られそうな気がして何も言えなかった。





「ねぇ、エラルド。ねぇってば!」


「ん?あぁ、なに?」


ディアナに言われたことが気になって、考え込んでいた。

ラーラがずっと呼びかけていたのに聞こえていなかったようだ。


「本当にエラルドが侯爵にならないの?」


「わかんないけど、ディアナが言うならそうなのかも」


「ええ?じゃあ、私たちを領地に連れていく話はどうするの?」


「それもダメだって言われたよね……どうしよう」


どうやって説明したらディアナは納得してくれるのかな。

三人がいなくなってしまったら、また昔のように自信がない僕に戻ってしまう。

そうしたら、きっとカファロ領にいるのも、婿になるのも嫌になってしまう。


僕は本当はずっと王都にいて、ブリアヌ侯爵家の屋敷から出たくない。

母上と三人と暮らしていければ、それでいいのに。

誰かの婿にならないと、生活できなくなるんだって父上は脅してくる。


だからディアナに嫌われないようにしなきゃいけないのはわかってるけど。

ため息をついたら、心配そうにエルマがつぶやく。


「爵位を継がない婿って、エラルド様は何をするの?」


「何をって?」


「仕事はディアナ様がするんでしょう?」


「そうだよね……なんだろう」


そういわれたら、僕は何をしに婿に行くんだろう?

仕事もなく、爵位もなく……何を?ただの婿って何をしたらいいんだ。

首をかしげたら、ジャンナが小さな声で話す。まるで秘密の話をするように。


「たぶん、子どもを作るために結婚するんだわ」


「子ども?僕とディアナの?」


「そう。だって、後継ぎが必要じゃない」


そうか。カファロ侯爵家の後継ぎか。

そうだよな。ディアナ一人で子どもができるわけじゃない。

僕は子どもを作るために婿に行くのか。


「ねぇ、エラルドは閨教育受けたの?」


「ねやきょういく?」


「子どもをどうやって作るか、教えてもらった?」


「ううん、まだ。結婚する前には教えるって母上が言ってた。

 そういう教育をするために、ちゃんとした相手を用意するからって」


「ふうん。ちゃんとした相手、ねぇ」


腕組みして考え込んだラーラは、はっとした顔になる。


「それって、私たちなんじゃない?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る