第12話 後押し

「ディアナは女侯爵になるんだ。

 爵位を継げば、社交界でディアナよりも身分が上の女性は、

 王妃と側妃、王太子妃の三人しかいなくなる」


「えっ……」


「わかるか?君がどれだけ無礼なことをしたのか。

 王太子妃に継ぐ身分の女性に対して、

 婚約者に見捨てられたから令息につきまとっていると侮辱した。

 これは許されることではない。

 学園と王家から、君たちの父上にお叱りがいくだろう」


「そ、そんな……」


だから、穏便にすませるためにも途中までは名前を聞かなかったのだ。

私が名前を聞く前に去ってくれるのを祈っていた。

家名を知らなければ罰することができないから。


同じ教室だから一緒にいるという理由で納得してくれたら、

途中で身分差に気がついて謝ってくれたら、

父親に言いつけるような真似はしなくて済んだのに。


「言ったことはなかったことにはできない、そのくらいはわかるだろう?

 ましてや、アルフレードの婚約者候補だなんて言ったんだからな。

 ほら、授業が始まる。お前たちはさっさと自分の校舎に戻れ」


アルフレード様よりかは少しやわらかい口調で、

エルネスト様が令嬢たちに去るように言う。

だが、いつものような笑顔はなかった。

それを見た令嬢たちは泣きながら急ぎ足で去っていった。


「……まったく。謝りもしないんだな」


「それどころじゃないんだろう。

 ディアナ嬢も早くおいで。先生が来てしまうぞ」


「わかりました。急ぎます」


慌ててA教室に入ると、すぐに先生が入ってくる。

危ないところだった。


授業が終わったら、いろいろとやらなくてはいけない。

アルフレード様から学園と王家には報告がいくだろうけど、

私も領地にいるお父様に手紙で報告しなくてはいけない。


カファロ家が侮辱されたまま放っておくことはできない。

少しでも甘くすれば、これだから女侯爵はと言われてしまうことになる。


昼になって、いつものように食堂に向かう。

ただ、いつもとは違って個室へと連れて行かれた。

今朝のことを話すつもりなのだろう。


「それにしても災難だったな、ディアナ。

 もしかしてダンスの授業が原因か?」


「そうかもしれません。お二人が私とだけ踊ったというのは、

 学園内で噂になったようですから。

 それを聞いて私がつきまとっていると思ったのでしょう」


「はぁ……悪いな。迷惑をかけた」


「いえ、たとえ噂で聞いたとしても、

 あんな風に押しかけて命令するような真似をするほうが悪いのですから」


「俺たちに近づくなって、どうして逆だと思わないんだろうな。

 ダンスの授業は令息からしか声をかけられないのに」


それもそうだ。令嬢側からは見つめるしかできない。

それなのに、つきまとっているのは私のほうだと思われていた。なんだか理不尽だ。


「きっと、婚約者に相手にされないというのも噂になっているからでしょうね。

 あの令嬢は自分がアルフレード様の婚約者候補だなんて言ってましたし、

 いろいろと思いこみが激しいのだと思います」


「婚約者候補ね……あの令嬢はお茶会には来ていたが、

 その時には話しかけにも来なかったと思う」


婚約者選びのお茶会があったのは三年前まで。

最後にあったのは令嬢が十三か十二。

年上の令嬢たちに邪魔されて話しかけられなかったに違いない。


「お茶会を中止したことで学園内で探すようだと噂になりました。

 侯爵家なら、この学園で一番の身分だと思ったのでしょう」


「俺は王太子じゃないから、それほど身分は気にしてないんだがな。

 婚約者選びのお茶会にも男爵家まで呼んでいたはずだ」


「男爵家まで招待していても、形だけだと思われているでしょう。

 ほとんどの王子は伯爵家以上の令嬢と結婚していますし、

 第二王子様も侯爵家の令嬢じゃないですか。

 だからだと思いますよ」


「兄上は婿入りするから、どうしても高位貴族じゃないとな」


たしかに第二王子は側妃の子なので、王位継承順位は最後になる。

そのため最初から王族に残るつもりはなかったようだ。

アルフレード様は公爵位を賜る予定だと言っていたし、

相手の身分というよりは気に入った令嬢と結婚したいのだろう。


……そのことを思うと胸が痛い。


今朝だってアルフレード様は私を助けに来てくれた。

だけど、アルフレード様の相手は私ではない。

わかっているけれど、できるだけ考えないようにしていた。


「それにしても、あんな風に婚約者を蔑ろにしていると噂になっているのなら、

 それを理由にして婚約解消できるんじゃないのか?」


「え?」


「他の令嬢と一緒にいるのが噂になっているだろう。

 しかも、手を握ったりしているのもみんな見ている。

 それはディアナ嬢がいるのに浮気しているようにも見える。

 ディアナ嬢を蔑ろにしているのと同じじゃないか?」


「……そうですよね」


「警告してみたらどうだ?

 噂になっているから令嬢たちと離れてほしい、

 これ以上一緒にいるのであれば婚約解消すると。

 それでも令嬢たちと離れないというのであれば、

 ディアナよりも令嬢たちを選んだということになる。

 立派な婚約解消の理由になると思う」


二人に言われるとそうかもと思い始めた。

男女の仲ではないとわかっているが、周りからどう思われているかは別だ。

浮気している、婚約者を見捨てた、そう思われているようなことをしている。

それだけでも問題なんじゃないだろうか。


「そうですよね……一度はっきり言ってみます。

 婿入りするつもりがあるのなら、令嬢たちから離れるように」


「あぁ、そうしたらいい」


「何かあれば俺たちが証言するよ」


「ありがとうございます」


二人に応援され、エラルドと話をしてみる決意をした。

授業が終われば、いつものように中庭でお茶をしているはずだ。

少し待って、他の学生が少なくなる頃に話してみよう。


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