お題「お台場のあのこ」
白長依留
お題「お台場のあの子」
「こないだお台場にユニコーン見に行ってきたぜ」
「まじかよ。どうだったどうだった? まじまんじだった?」
教室の中心で、クラスカースト上位のグループが盛り上がっている。母親が作ってくれたお弁当を食べきり、机につっぷして寝る真似をしている僕の耳に嫌でも届いてくる。
どうして、ただ観光地もどきに行っただけであれだけ盛り上がれるのか。
僕の席は教室の隅なのに、あまりにも五月蠅くて嘘寝を辞めた。本気で寝られそうに無い。午後一の授業は退屈な現国だから、きっと居眠りしてしまうだろう。
「おはよ。今日は早いね」
突然かけられらた言葉に少しビックリして右隣を向くと、手に小説を持った女の子がいた。
女の子の名前は橘有紀。
ぱっとしない地味な格好。手には図書室から借りてきたであろう小説。彼女は控えめにやれやれとジェスチャーをして、クラスの中心にちらりと視線を向けた。
「お仲間?」
「だね。お仲間だね」
普段は一言すら言葉を交わさない関係だったが、今日は同じ被害者の会に属する者として、不思議な親近感を覚えた。
橘有紀がスマホをささっといじって、僕に画面を向けてくる。
『空くんはお台場に行ったことある? 070-XXXX-XXXX』
突然のメッセージにもびっくりしたが、最後の11桁の数字にもビックリした。確かにスマホの画面を見せ合って意思疎通をするなんて、滑稽だと思う。でも、だからっていきなり個人情報を出してくるか? 今まで彼女どころか、他の女子とも接点がなかった僕にとって、心臓が早鐘を打つほどの衝撃だった。
でも、僕は動揺を顔に出すのが恥ずかしくて、無理に無表情を装って自分のスマホに彼女の番号を登録した。
『RINE届いた? 090-XXXX-XXXX』
『来たよー。090番号か、いいなー私と交換してよ』
『今交換したろ』
『空くんって冗談言わないタイプだと思ってた。で? 返答は?』
何の返答だろうかと思って首を捻ると、彼女が呆れたようにまた同じ画面を見せてきた。
――ああ、お台場のことか。
『あるわけないじゃん。お台場ってのは、リア充以外が立ち入ると捕まるんだぞ』
『教室に誰も居なかったら、多分わたし、空くんの頭に突っ込み入れてると思う』
くすくすと笑う彼女が一瞬可愛く見えて、すこしどぎまぎする。
『リア充に見えれば捕まらないんじゃない? 私もユニコーンガンダム、実はちょっと見てみたい。こんなことあのグループに言えないけどさ』
『じゃあ、明日、土曜日で学校休みだし一緒に行く? リア充に見せかけてさ』
ついつい気が緩んで、話の流れのままに彼女を誘ってしまった。気付いた時には心臓がさらに早鐘を打ち始める。頬が紅潮してないか、彼女の気付かれていないかばかり頭の中で渦をまく。
『たらし?』
「なんでやねん!」
思いがけない彼女の返信に、ついて声が漏れた。一瞬クラスメイトたちの視線が僕に集まるが、声を出したのが僕だとわかるとすぐに興味を無くしたのか、元の話題に戻っていった。
『自爆』
『うっさい。そんなに行きたいなら、明日土曜日だし、行ってみる? そんな度胸ないだろうけど』
精一杯の虚勢をはった返信に、あろうことか彼女は『いいよん』と二つ返事だった。
――夜。
寝られない。何故だ?
いつもなら11時にはぐっすり寝られるのに、今日に限って寝られない。すでに時計の針は午前1時を過ぎていた。
スマホが震える。
登録している漫画の最新話が更新されたのかと思い、スマホの持ち上げ画面を見る。
どきっと心臓が跳ねて、さらに眠気が遠ざかった気がした。
『まだ起きてる? 私は寝られないよ』
『僕も』
彼女からの返事に、少し震える指でなんとか返事をする。お昼のときと同じく心臓が動き出す。
『私、デートって初めてだから……明日が楽しみなんだと思う。頑張って寝るね。隈をつくってデートなんて嫌だし』
『デートっておいしいの?』
『明日、頭にチョップするね。ありがと、寝られそうになった。おやすみ』
え? え? え? 脊髄反射で返信した内容を見返し、頭の中で『デート』の三文字が行列をつくって僕の理解を待っている。『デートNO1』を処理している間に、列の最後尾に新しい『デート』が並び、脳の処理が追いつかない。右脳と左脳だけでは処理できない。
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意識してしまった僕は、朝方まで苦悩することになった。
あれから、彼女はことあるごとにチョップをしてくるようになった。さすがに人目は憚るが、幸せそうにチョップしてくる彼女の為に、僕は彼女を知っていく。彼女を受け入れていく。
それが、とても心地よく感じていると意識したときには、もう後に戻ることはできなくなっていた。
だが、後悔はしていない!
それを彼女に伝えたら、チョップされた……今回のチョップはちょっと痛かった。
お題「お台場のあのこ」 白長依留 @debalgal
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