魔王とおてんば姫と

もち

プロローグ

とある側近の手記 

 私は今日もこの小さな姫に絵本の読み聞かせをしていた。


「そうして魔王と姫は、結ばれることはなかったのでした。けれど二人の愛は本物だったのです。だから……」


 悲しい結末で締めくくられた物語。その絵本をリーゼ姫はいつも読んでとせがんで来た。

けっして相容れない存在。人間と魔族。待っているのはハッピーエンドではなく悲しい結末。だけれど――。


「姫様は本当にこの物語がお好きなのですね」


 私はにこやかにそう言った。リーゼ姫はこくりと頷く。


「だってせつなくて、けれどそれでいてとてもすてきなお話だもの」


 そう、絵本を抱き寄せながら言った。


「素敵……かあ」


 私は小さく呟いた。姫はいつも夢中になってこの絵本を読んでいた。


 リーゼ姫は変わり者でおてんばな少女だった。

よく庭に出ては泥だらけになって帰って来る。城のあちこちに隠れてはよく使用人達を困らせていた。

他にもあるが、色んな事があったから次第に側近たちは姫の世話をするのも話に付き合うのも嫌になって次々と辞めていった。


 私はこの姫が面白くて、夢があって愚かだと思っていた。だが、そんな彼女と過ごすのも楽しかった。


「わたし、しょうらいはまおうさまとけっこんするの」


 えへんと胸を張って言われた時は、流石の私も目を丸くした。

いやいや、貴女は仮にもこの国の姫……第一王女でおられる。しかし魔王の事で頭がいっぱいで、他国の王子には関心を持っていないようだった。

そもそもこの世界に魔王自体は存在していないので、その発言は問題視されないか……。なんせまだ子供なのだから。しかし国王が、さっきの台詞を聞いたらどのような顔をされるのだろう。

 リーゼ姫の兄である第一王子は、そんな夢見がちな彼女を小馬鹿にしているようだし、妹の第二王女はずっと兄に引っ付いているブラコンである。

 周りから影口を言われる事もけして珍しくなかったが、当の本人はさして気にしていない様子だった。国王自身もそんな姫の扱いにほとほと困っていたご様子。


 姫はいつも「まおうさまに会いたい」と漏らしていた。そしていつも手にあの絵本を持っていらっしゃった。

 私はそんな姫と過ごしていくうちに一つの感情が芽生えていた。


「そんなに魔王に会いたいですか?」


 姫はしとやかに頷いた……というわけではなく、逆に跳ね回りながら「うん!」と返事した。元気がありすぎる。

 そんなある日の昼下がり。私は姫にある秘密を教えた。


「この城のどこかに魔界へ通じる扉がある……という噂を聞いた事があります。それを見つける事が出来れば、もしかすると……」


 それを聞いた途端姫は目を輝かせ、そのまま部屋を飛び出してして行った。

私はやれやれ、まだ話の途中なのに……と溜め息をついた。あの扉はそう簡単に見つけられる訳がない。絶対に見つからない……そのはずだった。

 その一週間後、姫は城から忽然と姿を消された。


「本当にあそこへ行ってしまわれたのか――。リーゼロッテ姫」

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