クロックエンカウンターズ

うさぎと風

第1話



 時間は止まらない。砂時計の中の砂は音もなく落ち続け、その間に時が流れた事を観測者へ知らせるのだ。その現象に意味があろうとなかろうと、そんな事は砂時計にとってはどうでもいいことだ。ただ、淡々と決められたルールに従って時を流してゆく。そしてそれを見る者たちがいる。


 私達はそんな一見無意味にも見える不可思議な円環の中に囚われたまま、その環の中から出られる事を時には夢想するが、だがその夢想は叶う事はない。

 時間は流れ続ける。誰に見られる事もなく、音もなく。ただ、流れ続けるというその一点の意味だけを必要として。



 クロック・エンカウンターズ



 時計が五時を打った大きな音が聞こえ、私はコーヒーに手を伸ばしながら、その香しい匂いと共に、どうしてこの時間にこの鐘の音が鳴るのかと腹立たしい気持ちに駆られていた。その感情を目の前にいるドブネズミのような生き物に向け、高貴な口を開くのだった。


「いつまでそうしているつもりだ、馬鹿者」


 生き物の前には大小様々な大きさの紙切れがいくつも散らばっている。それを前にして、生き物は両手を床に突いた姿勢で、まるで哀願するような表情でこちらを見てきているのだ。だが、私は知っている。この汚らわしい生き物は、私に哀願したりなどしない。どこまでも醜く卑しい精神の宮殿の奥から貶めるような目つきで私の事を見つめてくるのだ。その事が時計と同じくらい忌々しくてならない。


 数メートル先の生き物はその姿勢のまま、びくりともしない。


「何とか言ったらどうだ。お前はその姿勢から動くことができないのか」


 漸く生き物に表情らしい物が初めて戻り、私は幾らか安堵する。汚らわしい物が存在をひた隠しにするためにする偽装が私は憎くて仕様がないのだ。


 私の高貴な声が響き渡る。


「先程言った言葉が聞こえなかったようだから、親切心を働かせてもう一度言ってやることにしよう。お前に払える金などない。お前は私を満足させられなかった……取引は失敗だ」


「どんな紙でもいいと仰ったじゃありませんか……」


 生き物の声は私の嗜虐心をそそるような弱々しい口調で、一層私の神経を苛立たせる。


「どんな紙でもいいというのは、あの女に関する紙だ。その中にあの女に関する紙が一枚でも含まれていたか? ゴミ箱にあった適当な紙で誤魔化せると思うなよ。私は生の新鮮な、本当の情報が欲しいのだ。お前がすべき事はどれが女の紙でどれがそうでないのかを見極めることだ。そうすれば金は払ってやろう」


「そうします、閣下」


 閣下と呼ばれ、私の下半身の一部が一瞬、熱くなったようだった。だがそれもすぐに収まり、私は生き物に手を振り、退散するように命じるつもりだった。


 だが、生き物はその場に立ったまま、自身が必死で集めてきた筈の紙の集まりを見つめて、徐に口を開いた。


「閣下、閣下は例の女性のことについて、殆ど何も知らないのではありませんか?」


 その言葉を聞いて私は完全に度を失ってしまった。そして目の前の生き物に正義の鉄槌を下した。


「お前に何が分かるというのだ! いいから、飯が食いたいのなら言われた通りの物を持ってこい! 分かったな!」


 生き物は何も言わずにスゴスゴと去り、辺りには静寂が漂い満ちた。



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