第10話 約束

 さて、半年もたてば、私がリューシェ様に関われば碌なことが無いというのが身に染みて分かってきた。え? 遅いって? そんなの骨抜きにされた時点で分かれよって? うるせえやい。あの破壊的なまでに麗しい笑顔の前ではそれまで何を考えていたかなんて宇宙の彼方にすっ飛んでいくんだよォ!


 私の記憶の死神はレナンドルだけだったのに、このたび二人に増えてしまった。推しは多ければ多いほどいいって前世では思ってたけど今はもう勘弁してほしいって思う。


 ともかく、これ以上無様を晒さないよう、私は徹底的にリューシェ様を避けるキャンペーンを開始した。三十六計逃げるに如かずと言うやつ。


 風の噂で彼女がいたく悲しんでいるというのは耳にしたし、事情を良く知らないフラウム勢やカエルラ女子たちからクレームを寄せられはしたものの、私のことなんて最初からいなかったものと思ってハブにしてくれと言って追い返す日々だ。


 性悪のくせ軟弱なルブルムの連中と違い、非ノースのアトラム生は、私がどんなにひどいこと言っても取り合ってくれず、みんなめげないしょげない躊躇わないのド根性精神で食い下がってくる。


 私の拒絶なんてハイハイ怖い怖いだけでガンスルーだ。素敵なお茶会のお誘いにやってきた愉快な仲間たちの鬼ドアノックをフライパン叩きフルコンボで威嚇応戦しつつ、どうしてだろうと原因究明に記憶を改めてみたが、心当たりがありすぎて涙にくれた。


 今日も今日とてアトラム勢で学園都市の商業区にできた新しいカフェの視察に行くとかいうご機嫌なお出かけのお誘いがやってきたので、私は構内の草をむしる所用があるからと自室のガラス窓を突き破ってダイナミックお暇した。


 キャロルトリアートのガラスは突き破ってナンボみたいなところある。これはリューシェ様の受け売りだ。


 私は適当に扇子を振って飛び散ったガラスを風魔法で集め、適当に修復してそのままフヨフヨと空中を漂った。私は風魔法が一番得意なので、空中散歩くらいお手の物なのだ。


「馬鹿ーーーーーーッッ!! シルヴィーーーーーーッ!!!!」


 馬鹿とは何だ馬鹿とは、失礼な。てかヤベ、この声レナンドルだ。


 そういえばレナンドルってば空前絶後の大天才魔法使いなので私ごときの粗末なステルス魔法は簡単に看破してしまうのだ。困った困った。なんか知らんが怒ってるし。


 ヨシ、竜巻起こそう。私は扇子をパシリと開き、そのままバレエダンスのターンみたいに旋回した。


 下手したら学園の木々という木々がマルハゲになるかもしれないが、これも広義の草むしりだよな。レナンドル相手にはやりすぎるくらいがちょうどいい。


「何を考えているんだ、君は……」


 しかし残念、私の持ち前で一番の風魔法すら発動させずに打ち破り、レナンドルは転移魔法を使って私を地上まで連れ戻してくれやがった。


 空中ならまだしも地上で彼相手に勝ち目はない。彼は全属性で高い適性を持つが、特に地属性の魔法では粒ぞろいの本学でも彼の右に出るものはないほどだ。


 そしてレナンドルやい、そのセリフを言いたいのはこっちの方なんだよ、転寮してからずっとねぇ!!


「私の考えていることはずっと変わりません、殿下」


「私はそうは思わない。嫉妬するくらい君はリューに首ったけだろう」


「何のことでございましょう」


「流石に無理がある。君はアトラムに来てからずっと様子がおかしい」


「でしたら早く追い出してくださいませ」


「いやだ。愉快で好ましいと言っているんだ」


「見世物じゃございませんわ」


「金なら払う」


「間に合っておりますっ」


 なんだ金なら払うって。見世物じゃねえっていってるじゃん。もうこれ以上推したちに見苦しいところ見せたくないよ、生き恥だよこんなのは……!


「リューと君がすったもんだやっているところを見れないのは寂しい。リューに振り回されている時の君が一番輝いてるし、君を振り回しているときのリューが一番輝いてる」


「恥さらしを笑うのが好きだなんて、高尚なご趣味でいらっしゃいますのね!」


「ああ、もう、ああ言えばこう言う……」


 こっちのセリフpart2ですが!? もう私のことなんかほっといてよ、親友たちと楽しいお出かけしてきなよ、私はその様子を物陰からドゥフドゥフ見守っているだけで幸せなんだからよォ! 


 どうか、かけがえのない青春の時間を私にかかずらって無駄にしないでおくれ、切実に。オタクの精神衛生に関わるから。


「ひとつ言っておくが、寮を出ていこうとあれこれ策を弄しても、本当に無駄な足掻きだからな。たとえジェルヴェが採決しようとしても、私かリューどちらかの承認が無ければ君を寮から追放することなんてできない。リューも私もそのつもりは毛頭ないぞ」


「それなら、一年の時のように、また問題を起こすまでです」


「出来るのか? 君が? リューがいるのに?」


「…………やってみなければ分からないではないですか!」


 レナンドルは勢いよく吹き出してガタガタ震え始めた。おい、私の精一杯のガッツを笑うな。そりゃ私もびっくりするほど自信なくて面白いくらい声が裏返ったけどさぁ!


 ああ、無邪気にクスクス笑うレナンドルがかわいい。守りたいこの笑顔。守りたいから頼むから私をアトラムから解放してくれ。


「なあ、シルヴィ。何を焦っているのかは分からないが……せいぜいあと2年半だ。それだけ辛抱してくれないか。その後の君がどんな道を歩もうが、我々と道を違えようが……惜しみこそすれ、咎めやしないから」


 レナンドルは、私の肩を掴み、哀切な笑顔でそう言った。らしくもなく、まるで縋りつくようだった。


 ああ、どうして、そんなに切なげな目をするのだろう。貴方にとっての私なんて、取るに足らない、ただ煩わしいだけの邪魔者のはずだ。


 でも、彼がこうやってお願いの体を取ってくれたのは、またとない好機かもしれない。


 彼はとても義理堅い人から、今なら、彼の願望をのむ代わりに、私のお願いも聞き入れてくれるかも。


「それなら、もし、私が、卒業までアトラムに居続けたなら……その時は、一つだけ、私の願いを叶えてくださいませんか。そうしたら、すぐに無駄な足掻きなんてやめます。リューシェ様を避けず、他の寮生の皆さんとも仲良くいたします」


「……ああ、わかった。それが君の望みなら」


 レナンドルの瞳に、どこか乾いた諦めの色が滲む。


 嗚呼、そんな顔をさせたかったんじゃない。私は、貴方を縛るつもりなんてない。


 でも、安心した。


 これで、卒業までアトラムにいれば、彼直々に婚約破棄してもらえるのだ。恥をさらす甲斐があるというものである。


「ところで、どうしてさっきはあんな剣幕でいらしたのですか?」


 何とはなしに気になって聞いてみれば、レナンドルは額に手を当ててクソデカ嘆息。なんだなんだ、誰が貴方にそんな顔をさせたんだ。万死に値するぞ。


「君ね、空中散歩はスカートでない時にしなさい」


 私はついつい呆気にとられた。私のステルス魔法の腕はお粗末だが、少なくとも一般の生徒に見破れるようなヤワな出来ではない。


 それに、私が年中着用しているタイツは魔法で決して透けないようになっている。乙女の尊厳は鉄壁ファイヤーウォールに守られているというわけだ。


「レナンドル殿下ほどの腕前が無ければ見破れないのですし、素肌も見えないし、特に問題は……」


「大ありだ! 良いか、もう一度でもスカートで風魔法を使ってみろ、その瞬間地上にいた全員の男の目を抉り取ってまわるからな」


「まあ……冗談がお上手でございますね」


 レナンドルはもう一度嘆息し、私の玉のような額にデコピンをかましたのだった。あんまりな威力だったので、いくらか記憶が吹き飛んだような気がしてならなかった。やはりレナンドルは私の記憶の死神である。

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