第8話 弱み
レナンドルは堆肥の生き埋めになったジェルヴェを医務室へ搬送しに向かい、私はリューシェ様の紹介のもと、アトラム寮生と親交を温めた。
「こちらはカエルラ男子次席のリュシアン・ラブレー。ジェルヴェと違ってとても良心的な紳士よ。暴走しがちなジェルヴェとレニーのストッパーを買って出てくれるの。当学年で大陸出身者の連邦への信頼は彼にかかってると言っても過言ではないわ」
「待って、僕には荷が重すぎるよ、エルランジェ」
そう苦笑しながらも、まんざらでもなさそうなリュシアン。彼も原作大人世代のメインキャラで、天涯孤独な主人公のメンタルに寄り添う保護者ポジションだ。苦労人ポジションでもあった。それは学生時代から変わらないらしい。
二次創作では、お腐れ様の界隈でレナンドルとカップリングされることの多いキャラだったから、個人的にはおなじみのキャラクターである。レナリュシレナてえてえ。私は推し関連なら何でもおいしく頂く
「こちらはフラウムの女子次席、マルグレーテ・ルーベル。お父様が魔導工学の高名な学者様で、彼女もマギアーククラフトの技術で当学年の右に出るものはない天才少女よ。ただ、あんまり人間に興味がないみたいで、植物園に連れてきても、設備メンテナンスの方に行ってることが多いのよね」
「好きな食べ物はラムネです。それか角砂糖でもいいです。アトラム寮生用のデバイスに不具合が発生した際は必ず私にご一報ください。現場からは以上です」
それでは、と言い捨て、マルグレーテは脱兎のごとく離脱していく。うおお、学生時代のルーベル女史だァ!! 原作ではニンフィールド魔法研究所の魔導研究主任として出てくるお助けキャラである。
彼女の生み出すマギアークアイテムは超絶怒濤の便利グッズで、所謂ドラえ〇ん的万能ポジションだが、彼女の興味本位な実験でトラブルが起こることもあり、原作のコミカル要素を一手に担う与太キャラでもあった。
「ちなみに、カエルラ女子コンビとフラウム男子コンビなんだけど……ダブルデ……もとい、構内視察に出てて不在なの。また明日以降追って紹介するわ。許してね」
何、ダブルデートとな。この代のアトラムは仲が良いんだな……12人中3組もカップルが成立するなんて。大変微笑ましくてよろしいと思います。
私たちの学年のアトラム生はカエルラとフラウムから4名ずつ、ルブルムから私とレナンドルの2名、合わせて十名で構成されているらしい。
当学年主席(最高学年になったとき、アトラム寮長兼生徒総代となるポストだ)はジェルヴェ、主席補佐はレナンドル。校紀代理人(風紀委員長のようなもの)はリューシェ様。
もしかしなくても、この世代って黄金世代なのでは。レナンドルはノースが誇る当代最高にして史上最優の天才だし、ジェルヴェはそんなレナンドルとタメ張れるこれまた天才で、レナンドルを凌ぐ求心力を持ち、リューシェ様はそんなやんちゃ坊主どもを尻に敷ける最強。
それがどうして
特に、このリューシェ様と、ジェルヴェ……のちの王太子夫妻となる二人こそ、殺しても死ぬようなタマには思えないのだ。
どういう経緯でどんな事情であんな悲劇が起こったか、知識として頭に入っていても、いまいち現実と結びついてこなくて、何とも腰の座りが悪い。
「シルヴィ……? どうしたの、何か不安がある……?」
「い、いえ……あの、リューシェ様」
「……さっきから思っていたのだけれど、あー……名前で呼んでくれるのは、とっても嬉しいわ。でもね、様なんて付けられると、なんだか恥ずかしいの。さっきも言った通り、リューって呼んで欲しいな」
「……? しかし、リューシェ様はリューシェ様で……様付けは必要不可欠ですわ」
「どういうことなの……?」
ブフッ……そんな、吹き出すような音が聞こえる。リュシアンである。何が面白かったのだろうか。だって、彼女は畏れ多くも、後のニンフィールド連邦王国王太子妃殿下だ。しかも、当学年アトラムの実権を握っているらしいのだ。様付けは穏当では。
「ですが、リューシェ様のご要望とあれば、リュー様と、そう呼ばせていただきます」
ムウ、と、リューシェ様はむくれた。なにそれかわいい。世界の宝。をぢさん何でもあげたくなっちゃうナ! ご挨拶がてらプリエン家の不祥事の証拠とかどう、いらない? そっか……。私の命はレナンドルの生存ルートにオールインしてるからなあ。やだ……私ってば何も持ってないのね。悲しっ。
「あの……去年は、私の勝手な都合で、貴女にルブルム寮の悪意を向けてしまうことになり、申し訳ありませんでした。本当は、このように、謝罪をすることすら烏滸がましいことだと思います……こんなことになると分かっていれば、あんな愚かなことはしなかったのに……レナンドル殿下は一体何をお考えでいらっしゃるのか……とにかく、お許しいただこうとは到底思っていませんが、何とかして、可及的速やかに、アトラムからお暇出来るよう努力いたします。それまでは、さぞご気分を煩わせることと思いますが、ご辛抱くださいませ」
堰を切ったように溢れ出す、聞くに堪えない独りよがりの言葉。ああ、苦々しい後悔が滲む。本当に悔やましく思っているなら、彼女の前でも、愚かしい態度をずっと貫き続けていれば良かったものを。
でも、彼女の前では、どうしても、自分を偽ることが出来なかった。きっと、私がシルヴェスタとしての役目を果たさなければならない時点で、これはプログラムされていることなのだろう。そう、思いたい。
せめて、レナンドルとジェルヴェが戻ってくる前に、言いたいことは全部吐き出しておこう。
後は、ジェルヴェの前で、ノース女らしいことをすれば、すぐに追い出してもらえるはずだから。レナンドルの面目を潰してしまうのは心苦しいが、彼らの友情はこんなことで破綻するようなヤワなものではない。大好きな相手には見事なまでに盲目なジェルヴェなら、私だけが悪いと思ってくれるはず。むしろ、面目を潰すことで、今度こそ、レナンドルは私に見切りをつけてくれるだろう。
「ねえ、訳を教えてくれる? どうしてそんなことをしたのか……私、パーティーの時も思ったのだけれど、どうしても、あれが貴方の本心から出た言葉だとは思えないの。むしろ、とても苦しそうだと思った。見ているこっちが辛くなるくらいよ」
「私は、レナンドル殿下に相応しい婚約者ではありません。私は、プリエンの女です。あの御方の志に寄り添うどころか、足枷にしかなれない。殿下には、私のような煩わしい婚約者からは解放されて、ノースという鳥籠からも、自由に羽ばたいてほしいのです。でも、今の私はただの無力な小娘で、ブランシュ大公と当家が交わした婚約に抗うことはできません……だから、殿下の方から、私を見限ってほしかった。私は、殿下に、婚約破棄していただきたいのです。そのために、貴女を利用しました。だから、あんなことを言ったけれど、貴女とレナンドル殿下が結ばれるなら、あの御方にとって、どんなに良いことか……」
「シルヴィ、レニーと私は親友よ。それ以上にも、それ以下にもなることは無いわ……シルヴィ、なんて悲しいことを言うの? 貴女だって、レニーと一緒に、鳥籠から飛び立ってしまえばいいじゃない……レニーもきっとそれを望んでいたから、貴女をここに連れてきたんだわ」
「それだけは、できません。どうしても……」
ああ、絶対に。シルヴェスタの役割を私が果たさなければならない以上、私がプリエンから、ノースの暗部から足を洗うことだけは、決してできない。
原作のストーリーから、これ以上、乖離することは許容できない。これ以上は、私の手にも負えなくなってしまうから。
それに、私がプリエンから逃れられないのは、他にも理由があるのだ。
「……貴女の事情は分かった。でも、私は諦めないわ。貴女が寮から出ていくのは私が許さないし、ジェルヴェがそうしようとしても、絶対に阻止する。これからどんなことをされても、どんなことを言われても、貴女に考え直してもらうまでは、絶対にね」
リューシェ様は挑戦的に微笑み、私をまた抱きしめた。
ヒィン……好き……これ以上は推し愛メーターがガン振れして気が触れるのでもう勘弁してくださいぃ……っ!
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