こんがり

歌川ホクロ

第1話 希望の私

 世界とは希望に満ち溢れているものである。

 過去を見ずに未来を見なさい。

 ツラいことは時間が解決してくれる。

 これらの言葉は、ある人にとっては前向きになれる素晴らしいものであるが、ある人にとっては太い槍で心を刺されたかのように痛みのある苦しいものである。

 私の場合は後者だった。


「迎えに行くからまた連絡してね」

車のルームミラーから私の顔を見てクマのある母親はそう言った。

「わかった。行ってきます」

軽く頷き、車のドアを開けてゆっくり外に出る。空を見ると曇り空だった。

車のドアを静かに閉めて、発進し校門を出るのを見送り、学校の昇降口へ向かった。

 おはようと挨拶を交わす女の子たちの声が聞こえるなか、私は無口のまま下駄箱で靴を履き替え、ゆっくり教室に向かう。

 教室の後ろのドアを静かに開けて、できるだけ目立たずにすぐ側にある席に座った。

 鞄から今日の授業で使う教科書やノートを机の中に入れていると、前の席に座っていたレモンの香りがする女の子が振り向き、元気にこう言った。

「おっはよ~う!元気してた!?」

ニコニコと笑顔をぶつけてくるその子の名前は「ハル」。新学期になって教室で席が前後だったため、私に話しかけてくることが多くなった。授業の分からないところの話をしたり、一緒に弁当を食べたりすることくらいしかないけど。私にとっては学校で話せる唯一の女の子。

「おはよう。特に何も変わらず」

笑顔のハルに真顔で返す。

「まーだサキちゃん笑ってくれない~」

ハルは頬を膨らませてあざとく怒る。

私は別に笑いたくない訳では無い。笑おうともしない。いちいち感情を表に出すのが面倒なだけだった。

「てか聞いて聞いて!私ね、最近できたアイドルテーマパークGW中に行ってきたの!」

ハルは唐突に話を変えて目を輝かせながら両手を合わせる。

 ハルは人気女性アイドルグループ「りゅうしゃま」の大ファンである。最近、「りゅうしゃま」含め多くのアイドルグループがプロデュースしたテーマパークが隣の県にできたようで、ハルは早速行ったらしい。

 私はGW中、何もすることがなく家でだらだらしてるだけだった。

 私はなるほどね~、と何となく話を聞いて頷いていると、チャイムが鳴る。

教室の中にいたクラスメイトは段々会話がなくなり、席に着き始めた。

 教室の前の扉を開けて入ってきた若めの女教師が挨拶をし、出欠を取っていく。

 私の平和な1日が始まった。



 今日も平和で終わると思っていた。

 放課後に教師と二者面談があるのを忘れていた。帰りのHRで教師に進路についての二者面談があることを確認され、やっと思い出したところだった。

 ハルにまた明日ね~と笑顔で手を振られて、私はめちゃくちゃ焦りながら手を振り返す。進路なんて何も考えておらず、話すことは何もなかったからだ。

 どうしようどうしようと焦っている間に教師に呼び出され、隣の空き教室に案内される。

 二者面談用で教師用と生徒用の席が対面上に作られている。

 私は緊張しながら生徒用の席に腰をかけ、教師も対面の席に座った。

「じゃあ早速二者面談を始めますね」

落ち着いた声で教師は話し始める。

「高校卒業後、どうしたいかはもう考えていますか?」

「ま、まだ、何も考えられてなくて……」

緊張のあまり教師と目を合わせられず下を向きながら小さい声で話す。

「まぁまだ1年生だし、これから考えても遅くはないと思いますよ。2年生以降は文系か理系の選択でクラスが分けられるんだけど、どちらの方が向いているか自分でわかりますか?」

「た、多分、理系の方だと思います。物理とか化学とか得意な方なので……」

「そうなのね!」

教師は何かの紙にペンを走らせながら、進路や学校でのこと、家庭でのことなどたくさんの質問をされた。それから30分ほど経ち、二者面談が終わる。

やっと終わった~と教室を出たあと大きく背伸びをする。一旦進路のことを頭から消してスマホで親に迎えの連絡を入れようとしたが、二者面談があることを伝え忘れたため、放課後になっても連絡が来ないと心配した母親は既に学校に着いていた。

 待たせてしまったため急いで学校を出て車のドアを開ける。

「二者面談があったこと忘れてた。ごめんなさい」

少し息を切らしながら車に乗ってドアを閉めた。

「また何かあったんじゃないかって心配したわ。次から忘れないようにね」

そう言って母親は車を発進させる。

 かなり心配させたみたいで、強く反省した。次からはスマホにでもメモしておこう。

 高校の周りは住宅街で、駅前ほどの人集りがある場所ではなかった。家に着くまで、手を繋いで歩く親子や公園で遊ぶ子供たち、マンションのエントランスで会話をしているママさんたち。いつも通りの景色。

いつも通りの景色も飽きてきた私はふと空を見る。今日は一日中曇りだった。

曇りってなんか中途半端だなぁとまたいつも通りの景色を眺めていると、赤信号で車がゆっくりと止まる。

 車の窓からはとても狭い一本道があり、電柱よ近くにカラフルなボールが落ちていた。

誰かの落し物……?

不思議に感じてボールを見ていると、突然勝手に浮き始める。

「ボールが浮いてる……?」

あまりにも驚いたため感情が顔には出なかったものの、知らぬ間に思ったことを声に出していた。

「ん?ボール?」

母親はルームミラーからチラッと私を見る。

その直後、私は車のドアの鍵を開け、勝手に飛び出していた。

「さ、サキ!?急にどうしたの!?」

急に車から飛び出した母親は驚き、咄嗟に叫ぶが、サキは反応せず狭い道に走っていく。

母親は急いでハザードランプを付けて道の端に車を止める。

 サキは浮いたボールの近くまで走っていく。

ボールかと思っていたが、それは見たことの無い、"何か"、だった。

「……どうやら君には素質があるらしいね」

その"何か"は高い声で静かに呟く。

「……え?……喋った……?」

喋ったことに驚き腰を抜かす。

「何もそんな驚くことじゃない。ほら、後ろを見てみな?もっと驚くよ」

 淡々と喋るその"何か"を怪しみながらも、ゆっくりと後ろを見る。

 そこには胴体が母親、首から上は赤い宝石になって立っていた。

「お母さん!?どういうこと!?」

あまりの出来事に焦り出す。今まで出さなかった感情がいつの間にか顔に出ていた。

「赤、か……なるほどね」

 ぶつぶつと呟いたその"何か"は、母親の姿に呆気を取られている私に思い切りぶつかってくる。

痛みは感じず、私の全身が光り出した。

「な、なに!?」

 自分が小さくなっていくことを感じ、いつの間にか気を失った。


「君はそんなに小さかったんだね」

高く静かな声が聞こえ、目を開ける。

「……な、に……?」

ここはどこ?と思いながら倒れていた私はゆっくりと立つ。

「状況が掴めないみたいだね。まぁそれもそうか。君はさっきまでの君ではない。鏡を見てごらん」

"何か"から出てきた大きな鏡に映っていたのは、胸元のリボンのチャームが特徴的で可愛らしく、動きやすそうな服を着た私だった。

「君は何歳?」

鏡の自分を可愛いと目をキラキラさせていると、"何か"は私にそう聞いた。


「サキはね、9才だよ!」

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こんがり 歌川ホクロ @utagawa53

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