第8話:黒幕とかいるんですか?





 凜たちが通う学校の屋上は出入り自由な場所だ。中央にレンガで区切られた小さな庭園があり、囲うようにベンチが置いてある。

 とはいえ、昼の暑さが残る今の時期に屋上に近づく生徒は全くいない。太陽の殺人的な日差しがさも踊るように主張していて、みんなそれを避けているのだ。九月も後半に差し掛かってきたとはいえ、まだまだ暑い日々が続いている。

 屋上へのドアを開けてすぐ隣で、日差しから少しでも逃れるように結月は日陰で壁に寄りかかってスマホを見ていた。ひと房だけ三つ編みにした横髪が重力に従って垂れ下がっている。


 ……なんか近寄りがたいな。


 スマホを見る目は真剣で、なんとなく声をかけづらい雰囲気をまとっている。友達と談笑というわけではなさそうだ。真面目なニュースか何か見ているのだろうか。

 そんな凜の視線に気が付いたのか、結月がスマホから視線を外し、凜に目を向けた。


「どうしたの?」


「あ、いや……」


 なんと言っていいか分からず、凜は手に持っていたジュースを突き出した。紙パックのお茶とリンゴジュース。とりあえず無難なもので凜が選んだものだ。


「どっち飲む?」


「え? いいの?」


「暑かっただろうし」


「ありがと。じゃあ……ごちそうさまでーす」


 そういうと結月はちょっと迷うそぶりを見せた後、お茶を手に取った。

 甘いものよりお茶のほうが好きなのだろうか。


「で、なんでわざわざ呼び出したんだ?」

 

 首をひねる凜を見て、結月は紙パックに付属しているストローを口に含みながら少し考えるように上空を見て、


「色々知りたいのかと思って。私も教えて欲しいことあるし。教室じゃちょっと話せないからね」


「あー……」


 まあそれは確かにと凜は心の中で頷く。

 昨日の怪人のことや、結月が魔法少女だったこととか気になることは確かにある。


「魔法少女の事とか内緒にしてるからね」


「まあ……そりゃそうか」


 自分が魔法少女なんて人に言えるわけもない。

 怪人騒ぎが広まっている今、言ったら言ったで変に注目を集めるだけで、面倒くさそうなことになるのは目に見えている。既にSNS上では連日話題が持ちきりだ。好奇心旺盛な連中がストーカー紛いの行為を行う可能性もある。それはきっと結月の本意ではないのだろう。


「……俺には話していいのか?」


「うーん。話すべきか話さないべきか、ちょっと悩んだんだけどね。女の子になったり、怪人になったり……朝霞くんは今この街で起きてる事件に完全に巻き込まれてると思う。その事件に対して何も知らないままだとかえって危険だろうし、私が知ってる情報ぐらいは話しておかないとねって思って」


 それに、と結月は付けたし、


「昨日学校で話すって言った割に何も言ってこないし。変に魔法少女とか言いふらされても困るし」


「う……ただ、単に話しかけるタイミングがなかったというか──ごめんなさい」


 半目で睨まれ、凜は目を背けた。何を言っても言い訳でしかない。


「まあ、とにかく状況を話しておかないとねと思って」


「状況……ねぇ」


 凜は自分の服をつまむ。ブラウスも男の時に使っていたシャツに比べると生地が少し違う。こんなところでも、男と女の違いを感じてしまう。


「女になった以上の変な状況なんて到底受け入れたくないんだけどなぁ」


 思わず凜の口からため息が出る。


「あー……まあ、そうだよね」


 少し悲しそうな声で結月は言い、お茶に口を付け、視線を外すように地面に目を向ける。


「どうする? これから話すことは、朝霞くんを余計に混乱させちゃうかもしれないけど……大丈夫?」


「うん──大丈夫」


 確かに凜の頭はずっと混乱しまくりだ。

 けど、彼女は混乱している凜をどうにかしたくてこの場に呼んでくれたのではないだろうか。その気遣いを無駄にはしたくないと凜は思う。


「毎日違うことに頭悩ませるより、一度に来た方が整理しやすい。だから、何か知っていることを教えてくれるのは──すっごい助かる」


「そっか……」


 結月は再び壁に背中を預ける。その表情は少しだけほっとしたような顔をしていた。


「何から話そっか。って言っても私も全部知ってるわけじゃないんだけどね」


 迷う結月に凜の方から質問を振る。


「宮下さんは、なんで魔法少女を……?」


「……いい年して恥ずかしいとか思ったでしょ」


「お、思ってない思ってない!」


 半目になって睨む結月を凜は手を振って否定する。


「そもそも魔法少女……でいいの?」


「魔法少女以外あるの?」


「いやまあ……たまにそうじゃないのも居るっぽいし」


 プなんたらとか、シなんたらとか。変身バトル系少女は魔法少女に限らない。

 ……と、凜は思っている。いやもしかしたら間違っているのかもしれない。そのあたり強いこだわりを持っている人がいて、細かくジャンル分けされているのかもしれない。


「なにそれ。面倒だから魔法少女でいいんじゃない?」


 苦笑と共に結月はそう答える。その言葉が、凜にはちょっと心強かった。

 そんなことより、と彼女は一息を入れ、


「私が魔法少女やってるのは……なんでだろうね。気が付いたら変身できるようになってて、怪人倒す力があって……私にしか出来ないことなら私がやるしかないなーって。あと──」


 結月は鞄から星形のキーホルダーを手に取った。手の平ほどの大きさで、ぬいぐるみにしては少し光沢がある。


「この子のお願いでもあるしね」


「この子?」


「うん。星くん。って私が勝手に呼んでるだけだけど」


 苦笑を一つ置いて、


「この子、どうやら地球外生命体らしいよ」


「は? 地球外? え? 宇宙人ってこと?」


「そういうこと……になるのかな。人じゃないから宇宙人ではないかもしれないけど。宇宙石? なんでも遠くの場所から地球に連れ込まれて、帰れなくて困ってるんだとか。帰るためには結構なエネルギーが必要で、その帰るためのエネルギーを怪人が持ってて、倒せばエネルギー回収できるんだとかなんだとか」


「なんだそのゲームみたいな設定……」


「ほんとだよねー」


 呆れる凜に、困ったように結月は笑った。


「っていうか、それ誰から聞いたの?」


「星くん」


「……え? しゃべるのそいつ?」


 見たところ口とか無い。なんか宇宙人らしいし変なところががぱっと開くのだろうか。真ん中から分かたれてそこに歯がびっしり並んでる姿を想像して凜は怖さに眉をしかめた。


「念話? テレパシー? みたいなのでたまに喋ったりするよ」


「へぇ……流石宇宙人。いや宇宙石?」


 よかったと凜は胸をなでおろした。なんかやたらグロい宇宙人はいなかったんだ。


『──よろしく頼む。リン』


「!?」


 唐突に星が点滅したと思うと、凜の頭の中に声が響き渡る。案外渋くて大人な良い声だ。しかしその声色よりも、誰もいないと思っていたところに知らない人の声が聞こえたことが何より驚いた。お化け屋敷で急に背後から声をかけられた気分だ。


「えっ? 何今の声? 誰!?」


 あたりを見渡すが男の姿はない。

 慌てる凜を見て、結月はさもおかしそうに笑っている。それを見て凜は気が付いた。


「も……もしかして今の声が、この星くん?」


「正解。そりゃ、びっくりするよね」


 目を細めて結月は肩を震わせている。多分彼女も似たような反応をしたことがあるのだろう。


「びっくりするよ。脳内に直接!? って感じだし。あー、テレパシーってあんな感じなんだ。というか全然喋らないんだな星くん!?」


「寡黙なんだよね」


 寡黙で済ませていいのかなぁと凜は内心思ったが深く突っ込むのはやめた。


「それで、話を戻すけど……」


 なんだか疲れてしまってため息が出る。


「宮下さんは気が付いたら魔法少女で、怪人を倒す力があるから倒して回っている。怪人を倒せば星くんのエネルギーが取り戻せて、星くんの願いである地球からの脱出が叶う……ってことでいいのか?」


「うん……だいたいあってると思う」


「うーん……」


 なんか色々とおかしくないかコレ? と凜は思った。

 魔法少女も、怪人も、星くんもそれぞれ繋がっているように見えて因果関係が築けていない。


 多分間違ったことは言ってないんだろうけど……。

 抜けているとすれば、結月が魔法少女になった理由だろうか。いつの間にかと言っていたが、きっとそこには何かしらの理由があるはずだ。


「宮下さんが戦う本当の理由ってなんなの?」


「──え?」


 凜の言葉に結月は目を丸くする。


「いつの間にか……で魔法少女になったとして怪人と戦う理由も、星くんを助ける理由もないと思うんだ」


「……そうかもだけど」


 凜の言葉に結月は一度目を伏せ、


「怪人が暴れれば多くの人が傷ついちゃう。そんなのは嫌だから。だから私は戦うんだ」


「…………」


 そのことを凜は身をもって知っていた。一昨日のショッピングモール。あのまま怪人が暴れていたら多くの怪我人を出していたことだろう。いや下手すれば怪我だけでは済まなかったかもしれない。


「私が変身できるのはね。星くんの力のお陰なんだ。こうしてこの子が手を貸してくれるから、私は戦うことができる。私にしかできないなら、私がやるべきなんだよ」


 どこか抑揚のない声で結月は自分の意志を口にする。それは決意の表れのようにも見えるし、仕方のないことと諦めているようにも見える。どちらが正解なのか、凜には読み取れなかった。


「……そういうの警察に任せることはできなかったの?」


「言ったって信じてくれないでしょ」


「まあ、そりゃそうかもしれないけど……」


 クラスメイトが人知れず危険な目にあっていることにどうにも凜は不満を感じる。


『ユヅキと私は特別だ。おいそれと違うヒトに乗り換えることはできない』


 また凜の脳内に声が響く。

 えぇ? これ信じて大丈夫な奴? と凜は星くんに疑いの目を向ける。この変な石に騙されてるんじゃないだろうか。

 胡散臭そうな目で見る凜に結月の苦笑が降りかかる。


「大丈夫だよ」


 そう言って笑う彼女は嬉しそうにも、困ったようにも見えて、


「────」


 凜は紡ぐ言葉が出てこなかった。




 ★




「はー……ここやっぱり暑いね。ちょっと移動しない?」


 切り替えるように結月が切り出す。

 既に持ってきた飲み物は飲み終わってしまったし、まとわりつく暑さは一向に軽くならない。結月的には人気のよらない場所で話す内緒話はなくなったのだろう。


「いいけど……どこに?」


「うーん、喉乾いたしサニバにでも行こうよ」


 そう言って連れてこられたのは町の中心部──ビル街にあるどこにでもあるようなチェーンの喫茶店だった。サニーバックス。通称サニバ。季節限定のメニューが看板に掲げられていて、後ろに並んでいた女子高生二人がそれを見て悩んでいる。

 凜はそんな季節感を無視してアイスコーヒーを頼んだし、結月はアイスココアを頼んでいた。

 窓際に座れば、駅前の開けた広場とその奥に並ぶビル群が見える。


「はー、涼しい。生き返るー」


 冷房の効いた店内と、口に含んだ冷たい飲み物が汗ばんだ体を冷やしてくれた。

 二人で五臓六腑に染み渡る冷たさを感じ、ようやく一息をつく。


「最初からこっちで話したかった……」


「ふふっごめんね」


「実はこういうところあんまり入ったことないんだよね」


「そうなの?」


「駄弁るにしてもせいぜいバーガー屋だもんなぁ」


 窓の外からもその店舗が見える。赤い背景に黄色い文字のわかりやすいチェーン店だ。少し値上がりをしたとはいえ、椅子もテーブルもあって気兼ねなく入れる場所は貴重だ。

 二人でその店舗に視線を向け、結月が何かに気が付いたように「あ」と声を漏らした。


「あそこさ……ちょっと焦げてるでしょ」


 結月が指さす先に顔を向ける。バーガー屋の向かい、ビルの一角が黒く煤けている。


「あれはさ、怪人の仕業だったんだよ」


 そういえば、ぼーっと見ていたニュースの中でその場所が映っていた気がする。

 怪人による直接的な被害は先日だったが、着実に人々の営みに被害をもたらしている。


「怪人ってのはね。人から生まれた邪念が形になったものなんだ」


「邪念?」


「そう。例えば……人に怒られたときに嫌になった想いとか、怪我とかしてその人が苦しんだ想いとか。そういうのが強ければ強いほど、集まれば集まるほど怪人となって形作られていく」


 その言葉に、凜はそうなのかと納得しそうなり、しかしすぐに疑問符が浮かんだ。


「──でも、そんなんだったらこの世界もっと怪人だらけじゃないか?」


「そうだね。もちろん、いくら邪念が集まったところで実体化はしない」


 けど、と結月は言葉を続け、


「今事実として怪人として実体化している。産まれている」


 だったら、


「話は簡単だよね。怪人を産み出しているやつがいる。そいつが怪人騒動の黒幕。そいつを倒しさえすれば、もしかしたら朝霞くんも元に戻れるかもしれない」


「うーん……」


 さっきから色々と話が突拍子もない。正直信じられないことばかりだ。

 実際先週の凜であれば到底信じられなかっただろう。

 でもなぁ、と凜は下を見る。そこにはプリーツのスカートがあり、その奥は十六年連れ添った息子がいないことが触らずともわかる。呼吸をするたびに上下する胸もだいぶ膨らんでいて、立派に実っている。

 女の子の体──。

 こんな体になってしまった以上、否応無しに結月の話を信じざるを得ない。

 しかし思うことは──、


「なんでそいつの仕業ってわかるんだ?」


「私の知ってる限り、そんな芸当ができるのがそいつぐらいだしね……」


 あと、と言葉を続け彼女はその整った眉を歪めた。


「君が倒れてた時の現場にそいつも居たから」


「怪しさ満点なわけなのか……」


 それで……と凜は身を乗り出す。


「そいつっていったいなんて奴──」


 聞こうとして、凜は振動音に気が付く。

 携帯のバイブ音かと思い、自分のスマホを手に取ってみるが何の通知もない。


「怪人だ──」


「え?」


 結月がポツリと言うと鞄を手に取って立ち上がった。鞄についた星くんがチカチカと点灯している。


「ごめん、行かなきゃ!」


 そういうと、彼女は速足で店を出て行った。


「ちょ、宮下さん!?」


 飲みかけになってしまったドリンクを返却口に突き出して凜も後を追う。怪訝そうに見る他の客の目が痛かったが気にしてなどいられない。

 結月の後を追って凜も街の雑踏に躍り出た。






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