第29話 真剣な説教
「……とーまくんがいる、ってどういう意味ですか?」
「え? だって蒼井が公開告白みたいなことしてたから。付き合ってるんじゃない?」
「はあ?」
それを聞いた鈴村さんはつかつかと歩み寄ってきた。私の両隣にいる坂田さんや同僚もやや怯えるほどの気迫で、私も固まってしまった。
鈴村さんは正面から私をじっと見る。
「……付き合ってるんですか?」
「えっ」
「とーまくんと付き合ってるんですか?」
「い、いえ、まだ付き合ってません……」
正直にそう言うと、彼女の表情は一瞬で和らいだ。ぱあっと明るくなり、そして周りに響き渡るような声で言う。
「ですよねえ―! 彼女だったら、昨日とーまくんが体調悪いとき、看病断られたりしてないですよねえ!」
それを聞いてグサッと胸に刺さった。
正論だ。私が蒼井さんの彼女だったなら、昨日彼の看病が出来ただろう。せめて、住んでいる場所に差し入れを届けるぐらいのことが出来たのに、それすら出来なかった。
あの公開告白みたいなものから、私たちはまだ何も関係が進んでいない。いや、話すきっかけがなかったんだけど、でもそれは言い訳だったのかもしれない。電話やラインでも連絡の取りようがあるのに、何もしていないのは自分だ。
俯いた私に勝ち誇ったような顔をした鈴村さんはさらに、私に近づき耳打ちするようにこう言った。
「私は昨日とーまくんのお見舞いにちゃんと行きましたよ。差し入れあげたんです。とーまくん、すっごく喜んでくれてました」
「……え」
セリフを聞いてさらに固まってしまった私に、彼女は追い打ちをかける。
「幼馴染だから、私しか知らないことたくさんあるんです。とーまくんの好物とか、苦手なものとか……彼もそこ、よく分かってるんじゃないですかね。こんな再会凄い確率だと思うし、家族も顔を知ってる仲だし……ほんと、私たちって凄いですよね? とーまくんもそう思ってるんじゃないかなあ」
思考が停止したみたいだった。息をするのすら忘れ、私はただぼんやり床の一部を眺めていた。
昨日、お見舞いに行ったんだ……つまり、鈴村さんは蒼井さんの住んでいる場所を知ってるっていうことか。そして、蒼井さんもそれを受け入れたんだ。まだ再会してほとんど時間は経っていないのに、家の場所まで教えていたなんて。
私はもちろん知らない。それどころか、蒼井さんは紅茶が好き、ぐらいの事しか知らず、他は彼に関して何も分からない。
それがあまりにショックだった。
「どうでもいいけど仕事始まるから。鈴村さん、ちゃんと席に戻れ」
ずっと黙っていた吉瀬さんが苛立ちの声をあげた。鈴村さんは素直に返事をする。
「はーい」
私からぷいっと顔を背けて、また自分の席へと戻っていった。その後姿を見送ることすら出来ず、隣で坂田さんが戸惑っているのだけ感じていた。
こんにちは、安西です
熱は下がりましたか?
もし何か必要な物などあれば、届けに行き
そこまで打って、私は一人首を振りすべてを消した。スマホを手にしたままテーブルに突っ伏す。先ほど買ったばかりのペットボトルのお茶に手が触れ、ごとんと倒れる音がした。
仕事の合間、少し休憩しようと自動販売機でお茶を買い、その近くにある二人掛けの席に腰かけた。ペットボトルを開封するより先にスマホを取り出し、蒼井さんに連絡しようかと唸ったが、どうしても送れなかった。
「だって昨日、いいよって断られたしなあ……」
それに、鈴村さんが差し入れをしたというのなら、もう必要なものは揃っているだろう。私の声掛けは無駄に終わる可能性が非常に高い。
分かっているのに、彼にメッセージを送ろうとしている自分は大馬鹿だ。
「風邪で弱っているところに、昔の幼馴染が現れて看病……」
一人呟いて絶望する。なんてこった、これまた恋が始まる王道展開だ。
考えれば考えるほど自分の立場が危うい気がする。蒼井さんと付き合ってるわけじゃないんだし、ていうかあの公開告白も本気だったのか今思えば分からないし。蒼井さんに直接尋ねて、実は彼の気持ちが私に向いてなかったらどうしよう。
……今まで誰かに『本命』なんていわれたことないから、全然ハッピーエンドが想像できないよ……。
「ああ、くっそーどうしよう」
情けない声をあげながらふと顔をあげると、こちらを覗き込んでいる坂田さんの顔があったので驚きの声を上げた。気配に全く気が付かなかったのだ。
「あ! ごめんなさい驚かせて」
私の悲鳴に少し笑いながら坂田さんが謝る。バクバクしてしまった心臓を押さえつつ、私は答える。
「だ、大丈夫です。ぼーっとしてたのは私です」
彼女は買ったばかりであろうドリンクをテーブルの上に置き、私の向かいに腰かけた。そしてその時、置いてあったスマホの画面を見られてしまう。
「あ……」
私は慌てて画面を消すが、彼女はすでに蒼井さんへメッセージを送ろうとしていたことまで分かってしまったらしい。眉尻を下げて謝る。
「ごめんなさい、見えちゃって」
「いえ、置いといたの自分ですから……」
「連絡、取らないんですか?」
「お見舞いの一言でも送ろうと思ったんですけど、迷惑かなーって」
苦笑しながら言うと、坂田さんが目を真ん丸にして前のめりになった。
「迷惑なわけないじゃないですか!!」
「い、いやあ……鈴村さんが昨日お見舞いに行ったらしいですし」
「幼馴染と好きな人じゃ違います」
「なんかこう……思っちゃうんですよ。昔の幼馴染と再会、その後体調を崩したところを看病、だなんて、まさに恋に落ちる展開だと思いませんか!? 私の立ち位置は完全に邪魔なキャラになっちゃったんじゃないかと……考えれば考えるほどあの二人のハッピーエンドばかり見えてきちゃって」
私が両頬を手で包みながら嘆くと、坂田さんは驚いたように目を丸くさせた。そして、私をじいっと瞬きもせずに長い間見つめた後、真剣な顔をして閉じていた口を開く。
「安西さんは…………漫画の読みすぎだと思います」
……ごもっともだ……
なんだか、坂田さんみたいな真面目な子から言われるとなお響いた。彩とはまた違った説得力がある。私は愕然としながらその言葉を受け入れる。
漫画の読みすぎ、間違いなくそうだ。『当て馬女』という呼び名も、少女漫画から得たようなものだ。よくあるヒロイン像などもそこで培った。だって、今までの自分の人生はヒロインの立ち位置になったことがなかったから、ああ漫画と言えども現実をよく観察して描いてるんだなあって納得してたんだもの。
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