第26話 似ている二人
歌いだしてしまいそうな気分のまま会社に戻る。まだ仕事は終わりではないというのに、のんきなものだと自分でも思う。
軽い足取りで職場に足を踏み入れたとき、やけに甲高い声が響いてきた。
「えーっ。これ難しい! とーまくん……はまだ戻ってないのかあ」
しょんぼりしてそう大きな独り言を言ったのは、鈴村さんだった。私はつい、そのまま足を止める。彼女は自分の席に座ったまパソコンを眺め、眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。
隣にいた吉瀬さんにも聞こえたはずだが、何も言わずそのままデスクに戻っていった。そしらぬ顔をして座っている。
「あ、鈴村さん、分からないところは俺が見てみようか」
「え~ありがとうございます! これってどうすればいいんでしょう?」
「あーこれはね……」
近くにいた男性社員が嬉しそうな顔で説明し、鈴村さんはふんふんと頷きながら聞いている。
「えーちょっとこの辺やってみてもらってもいいですか? お手本!」
「こんな感じ、かな。あ、貸して。ここはもうちょっとこうすると」
「すごーい!」
何となくその光景を見ていた。私も最初、分からないことを吉瀬さんに質問攻めにしてたっけ……やっぱり私と鈴村さんって、タイプが似てるのかな。
すると、隣に誰かが立ったのが分かる。見てみると、井ノ口さんが腕を組んで苦い顔をして立っていたのでぎょっとしてしまった。
「なにあれ」
低い低い声で、一言だけ呟く。お、おお、ボブ、その表情久しぶりだな!
「あ、あれとは?」
「あの子。さっきからずっとあんな調子なんだけど」
「ま、まあ入ってきたばかりですから、そりゃ質問攻めになるかと。私もそうでしたよね」
私がそう答えると、ボブがこちらをちらりと見て、はあと分かりやすくため息をついた。彼女は眉を顰めながら小さな声で言う。
「そう、そうね……私ようやく分かった気がするわ。本物のぶりっこっていうのがようやく」
「ぶりっこ? あ、私よく言われますけどね。同じタイプでしょうか」
「あんたのは天然。あれは養殖」
「私がぶりっこなのは否定しないんだ……」
ボブは再度大きなため息をつき、鈴村さんを嫌そうに見た。
「今思うと、あんたの場合マニュアル読んでメモ取ってそれを指導係に聞く、っていう、まあ至極真っ当なやり方ではあった。でも養殖は違う。マニュアルはデスクの横に置きっぱなしで大して読んでないし、ちらっと見たかと思うとすぐに誰かに質問してる。しかも指導係には一切聞かず、男にだけ助けてもらってる」
「よく見てますね」
「ぱっと見で判断して間違えたことがあるからね」
ボブは私を見る。うーん、よくわかんないけど、私は頑張ってたってことを分かってくれたのかな。まあ優しくしてもらえてる感じはしないけど、ボブにはこれくらいが合ってる気はする。
「よって、第一印象は確かに安西さんと似たものを感じるけど、全くタイプは違う」
「はあ。よく分からないですけど」
「彼氏にあんなべたべたされていいの? 私なら顔引っかいてやるかも」
「彼氏?」
私がきょとんとすると、ボブは目を見開いて驚く。
「蒼井さんだよ。付き合ってるでしょ?」
「え!? い、いや違います!」
「え!? じゃあ振ったの!?」
「そ、それも違います! まだそんな段階じゃないと言いますか、その、一度ゆっくり話したいと思ってたんですがタイミングが合わず」
私が慌てて説明すると、ボブは心配そうに目を細める。
「早いとこちゃんとしなよ。あれ、ほっとくとよくないって」
「ずいぶん優しくなりましたね、ボブ。……あ」
「ボブ?」
「あ、いやあ、まあ、ははは」
しまった、つい油断して心の声が出てしまった。だって、敵意むき出しの頃は心でボブ呼ばわりすることで気を紛らわせていたんだもん、もはやボブ呼びは癖になってしまっている。
彼女はじろりと私を睨みつけ、つんと向こうを向いてしまう。
「あんたが私を裏でどう呼んでるかよくわかった」
「い、井ノ口さん~」
「いいのよお互い様だし。私もさんざん突っかかって、今更許してもらえるなんて思ってないから。とにかく、あれは何とかしないと多分よくないから、とりあえずあんたたちがまず収まるところに収まりな」
「簡単に言わないで下さいよ井ノ口さん~」
私が情けない声で呼ぶのも聞かず、彼女はさっさと自分の席に戻って行ってしまう。きりっとした顔で仕事を始めてしまうものだから、これ以上会話を続けられなかった。
私は頭を掻きつつ、ようやく自分の席に戻っていく。
養殖、かあ。
よく分からないけど、私とはタイプが違うって吉瀬さんも言ってたな。ただ、設定だけ見ると彼女は完全に『ヒロイン』の座だよ。幼い頃お世話になってたかっこいい幼馴染と再会するんだからね。
運命だ、と鈴村さんは言っていたが、そう感じてしまうのも無理はない。私だって立場が同じだったそう思ってしまうだろう。そして、気持ちが勝手に燃え上がっていってしまうかもしれない。
……そうしたら、どうしよう。
設定から見るに、新しい職場に行ったら偶然にも昔憧れていた近所のお兄さんがいて。その彼に想いを寄せている顔が派手な女がいる、って……これまた当て馬女の立ち位置なんですが、私。
ぶるぶると首を振る。とにかく蒼井さんとちゃんと話さないといけない。そして自分の気持ちも伝えないと。
そう改めて決意しようやく席に戻る。とりあえず仕事を全て終えてしまおう、と意気込んだところで、遠目に蒼井さんの姿を捉えた。外回りを終えて戻ってきたところらしい。
彼は相変わらず爽やかな雰囲気を身にまといつつ席に着き、そばにいる人と何やら話している。何か面白い話題でもあったのか、白い歯を出して笑った姿が見え、なんだか無性に切なくなった。
そうだ、蒼井さんを今度こそ食事に誘ってみようかな。今日なら頑張ればそれなりに早く仕事が終わりそうだもん。
そう決意し立ち上がろうとしたところで、
「吉瀬さーん」
鈴村さんの声がした。
何となく気になりちらりと横を見る。彼女は両手に缶コーヒーを持ち、どこか嬉しそうな顔で吉瀬さんに話しかける。
「お疲れ様ですっ! あの、よかったらどうですか? 仲良しの記念に!」
彼女の姿をじっと見て、なんだかやっぱり私と似てないか? とつくづく思ってしまった。
私も吉瀬さんたちにお菓子とか贈ったもんな……あの時、ボブが怖い顔して睨んでて、ああ人目がない所であげればよかったって後悔したんだっけ。
彼女のやり方は私ととってもよく似てる。
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