第11話 おでかけ


 待ち合わせ場所につくと、すでに蒼井さんが立っていた。彼はスマホを眺めることもなくきょろきょろと辺りを見回して、私を見つけると笑顔で小さく手を振った。


 その仕草が凄く絵になっていて、心臓をぎゅっと掴まれたみたいになった。彼の元に駆け寄り、頭を下げる。


「お待たせしてすみません……!」


「いや、時間より早いじゃん。僕が早く来すぎたんだよ。坂田さん、残念だったね」


「熱、早く下がるといいんですけど……」


「疲れが出たのかな、ゆっくり休むのが一番だね。さ、行こうかー」


 蒼井さんが私の隣に並んで歩き出す。隣から横を見上げると、その整った顔立ちに一瞬見惚れた。中性的な顔立ちで、綺麗な人だなあと思う。


 今までこんなかっこいい人と出かけたことなんてあっただろうか? 周りを見ると、女性がこっちを注目している気がして、蒼井さんの効果だなあと痛感する。


 吉瀬さんと蒼井さんが二人でいたら大変じゃない? イケメン同士が友達って、尊いよなあ。


「それで、何を渡したいか候補とかあるの?」


「あ、えーと……消耗品とか、いくつあっても困らない小さなものとか、そういうイメージなんですが」


 とにかく特別感がない物にせねば、もらう方だって気後れしてしまうだろう。


 蒼井さんは頷く。


「まあ、それぐらいがいいかもね。うーん何だろうなあ。ボールペンとか……」


「あ、あと食べ物とかはどうかなと思ってたんです! でも、好みとかアレルギーとかよく分からないじゃないですか。なので、蒼井さんに教えて頂けると助かるんです」


 そう、胃の中に入るものは贈り物として丁度いい。ちょっとしたお菓子だとか、紅茶だとかコーヒーだとか、そういうものは理想だ。ただ、好みの問題がある。


 蒼井さんは思い出したように言う。


「ああ、それいいかも。吉瀬は甘いものに目がないんだよ」


「え!? 吉瀬さんが? なんか意外なんですけど!」


「はは、ギャップだよねえ。あ、でもコーヒー飲めないし、コーヒー味のお菓子とかも無理だから避けた方がいい。シナモンも嫌い」


「さらに意外なんですけど! 聞いてよかったです……」


 あの顔ならブラックコーヒーを飲んでいそうなのに、本当は苦手だなんて。ああ、それまたヒーローっぽい特徴。そこでヒロインが『案外可愛いところあるんだ……トゥンク』ってなるシーンね。


 蒼井さんんに相談したのは本当によかった。イメージ通りのものをあげていたら困らせていただろう。


「蒼井さんは甘い物とかコーヒー飲めるんですか?」


「僕も好きだよ。コーヒーも飲める。でも紅茶の方が好きかもなあ」


「なるほどー」


「雑貨と、それからお菓子を見てみようか」


 蒼井さんはそう言って賑やかな店が並ぶ方面を指さしたので、私は頷いて彼についていった。


 まず初めに入ったのはオシャレな雑貨屋だった。小物などが多く売っているし、ちょっとした食べ物もおいているようだ。私は軽い足取りで中に入り、周りを見回す。


「可愛いお店ですね! あー自分が欲しくなる」


「女性向けのものが多いよね、こういうの贈るのは女性が多いし」


「蒼井さんって女心分かってる感じしますよねえ」


「ええ? そんな事ないと思うけどね」


「そんなことあると思います、空気読めるのも上手いっていうか……あ、これ可愛い」


 目についたアーモンド入りの焼き菓子を手にしつつ話す。隣の蒼井さんも近くにあるお菓子の成分表を見ながら答える。


「どうだろうね。うち五人きょうだいで僕以外、全員女だから多少は分かってるのかな」


「五人で他全員女性ですか! す、すごい……」


「なぜかみんなして僕に化粧したり髪をアレンジしたりして楽しんでてさ……完全におもちゃだったよね……パシリにされたりさ……」


 どこか遠い目をして言う蒼井さんを見て、つい笑ってしまった。どこか想像がついてしまうからだ。優しいから、やれやれと言う感じで言うことを聞いてあげてるんだろうなあ。


「蒼井さんは凄く綺麗な顔をしてらっしゃるから、女としてはメイクするのに腕が鳴るんですよね!」


「んー小さな頃は女の子に間違わられたりしてあまり自分の顔は好きじゃなかったな。それに、女性も結局こういう顔って選ばなかったりしない?」


 私の顔を覗き込み、どこか試すようにそう聞いてくる。私はピンときた。


 坂田さんの好みを聞いていらっしゃる!?


 もしかして今日は、私からそういう情報を聞き出すために二人で出かけようと思ったのかもしれない。ああ、なんということだ、坂田さんの好みの男性像は結局聞けていない。


「いや、そんな事ないと思いますよ!? 私は初めて蒼井さんを見た時イケメンだーって心でガッツポーズ取りましたし! それに結局は中身ですよ!」


「そうなの?」


「坂田さんとかは特に中身を見るタイプだと思うんですよねえ。やっぱり男性は優しいのが大事だと思っています。その辺、蒼井さんはとっくにクリアしてるので大丈夫だと思います。私が保証します!」


 私が力強くそう断言すると、彼はふっと目を細めて笑った。嬉しそうに、どこか恥ずかしそうに。尊い笑顔だなあ……と私は心で拝んでおいた。


 彼は持っていた商品を置き、満足げに頷く。


「その言葉が聞けただけでよかったかな。あ、これ美味しそうなチョコレートだなって思ったら入浴剤だった。危ない危ない」


「あは、そういうのありますよね! あ、こっちのリップ可愛い。ハンドクリームもいい香りだなあ」


 坂田さんにも何か贈り物をしたいなと思っていたので、こういうのがいいかもしれない。女性相手は候補が絞りやすい。ハンドクリームや入浴剤、リップなどは王道のものだし、いつかは使えるから手元にいくつかあっても困らない。


 坂田さんはこのハンドクリームにしようかなあ……。


 私はあっちこっち手を出して香りをかいだりして吟味し、そのうちの一つに決める。蒼井さんに声を掛ける。


「すみません、ちょっと買ってきてもいいですか」


「どうぞ」


 私はハンドクリームをプレゼント用に包んでもらうと、ホクホク顔で蒼井さんの元へと戻る。坂田さん、喜んでくれるといいなあ。


 すると、蒼井さんがなぜか私を見て笑っているのに気が付いた。


「それ、贈り物?」


「そうなんです。よく分かりましたね……あ、プレゼント用にしてもらってたからか」


「いや、そこは見てなかったんだけど。なんかすごく嬉しそうな顔がなんていうかこう、自分用って言うより、誰かにあげるのが楽しみだ―って顔に見えたから」


「やだな、そんなに顔に出てました?」


 私は眉尻を下げて手で頬を覆う。蒼井さんは首を横に振った。


「凄くいいと思うよ。可愛いなって思ってた」


「か!?」


「あっちに美味しいケーキ屋があるんだ。焼き菓子とかも豊富でね。覗いてみない?」


 蒼井さんはそう言って、足を踏み出してしまう。私は一気に赤くなってしまった顔を手で扇ぎながら、心で蒼井さんに非難した。


 彼は可愛いとか、どうでもいい子にまで言っちゃうのはよくないとこだなあ。勘違いする女子が頻発しちゃうよ。私は坂田さんの事を知ってるからしないけどさ。


 一旦ドキドキしてしまった自分を落ち着け、蒼井さんの後姿を追った。






 彼が教えてくれたケーキ屋は、確かに美味しそうで焼き菓子などもたくさん置いてあった。


 キラキラしたショーケースの中身も気になるが、まずは吉瀬さんへの贈り物だ。私はじっくり置いてあるお菓子を見つめる。大きな箱に入った詰め合わせから、小さくラッピングされた可愛らしいものまで幅広く置いてあった。


 コーヒー味とシナモンが入っているものを避け、大きすぎず贈りやすい物で考えると、案外すぐに候補は絞られる。やはり、フィナンシェやマドレーヌなどの王道のお菓子になりそうだ。


「こういうのは吉瀬さん、好きですかね?」


「ああ、好きだよ。よくコンビニで買ってるから」


「じゃあいいかも!」


 私は笑顔で答え、吉瀬さんへ送る焼き菓子を決めた。ふと横を見ると、蒼井さんはいつの間にかショーケースの方に夢中になっている。私はその隙に、彼にいいなと思っていたお菓子を手に取った。

 

 紅茶が好きだと言っていたので、それが使われたパウンドケーキとクッキーだった。


 ささっと会計に向かい、店員さんに包んでもらう。蒼井さんはその間もじっとケーキを眺めたまま、何かを考えているようだった。


 そして私が紙袋を手渡された直後、彼が隣にやってきて、どこか弾む声で提案した。


「ねえ、ケーキ食べて行かない? チョコレートケーキが僕を呼んでるんだよね」


 楽しそうに歯を出してそう言ったので、つい笑ってしまった。


「いいですね! 食べましょう。私は何にしようかなあ」


「全部美味しそうなんだよね。タルトも迷ったんだけど」


「あーイチゴのタルト美味しそう! ショートケーキも捨てがたいけど……」


 私は迷った挙句、タルトと紅茶を注文した。二人で奥にある席に案内され、窓際の日当たりがいい場所で腰かける。席はほとんど埋まっており、人気店であることが分かる。


 カバンや荷物を隣の椅子に置き、ふうと息をついて正面を見ると、蒼井さんと目が合いにっこりと微笑まれた。途端、彼と二人きりだという状況を再確認し、今更恥ずかしくなってくる。


 こんな素敵な人と二人でお茶とか、今までの人生になかったよなあ……。

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