猫真巧のハッピーエンド・ウィルス
濵 嘉秋
第1話 侵された少年
初めて外に出た。
本当は日の光というものを浴びてみたかったけどそれは少し我慢しよう。ビルの屋上から屋上へとピョンピョンと跳び移り、その間に見える明るい夜景を見て口元が緩む。
もう少しで新年という時期だから少しだけ肌寒いけど、それでも風が気持ちいい。
「ッ!」
背後が一瞬光ったと思うと何かが私の右腕を掠めた。何が通り過ぎていったのかは分からないけど、流れる血が状況を物語る。
ビルの上を跳び回っていては的になるだけだと判断して着地した屋上から地面へと飛び降りる。
上から降ってきた私を見て人々が悲鳴を上げたりスマホをコチラに向けたりしているが気にしている暇はない。
夜の街を駆けて出来るだけ遠くを目指す。目的地はない、ただ元居た場所に戻りたくないだけ…これが家出ってやつなのかもしれないな。
「…どのくらい進んだかな」
常人よりも速く走れるとはいっても人間の足。もし追手が車なんかを使っていたら簡単に追いつかれてしまうだろう。でも直線で来たわけじゃないしこの広い島から私一人を見つけ出すなんて困難だろう。明るくなったら島の外に出よう……と考えたところで背中に鈍い痛みが走った。
「うっ…!…?」
痛みはすぐに引いた。だけど代わりに酷い眠気が襲ってくる。
重くなる瞼で後ろを確認するとコチラに向かって走ってくる人物を捉えた。舌を噛んで眠気を飛ばすと地面を蹴って跳躍する。
でも力が足りなかったようで、屋上まで届かず途中の階に降りてしまった。それよりもう立っていられない。なんとか扉を開けて室内に上がり込み、そこでフカフカなベッドを発見する。
なんだか盛り上がっているが気にしていられない。布団を捲って中に入ると途端に眠気がMAXに…先客がいるからかすでに暖かい布団に意識が落ちていった。
「う、うぅん……」
なんだかいつもより狭苦しく感じた。あと右側がなんだか心地いい。
なんというか、もう少しこうしていたくなるような…そんなことを考えていた
その音を発生させていたスマホを手に取って停止ボタンをタップするために薄く瞼を開ける。
「……は?」
なんかいた。
金色の長い髪に白い肌、布団を捲ってみると白いワンピース。スヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てる少女がそこにいた。
「なんで?」
しかし、猫真には心当たりがない。この少女に覚えはないし、覚えのない女性と同衾するような男でもない。
「落ち着け?寝るときにこんな素敵な状況があったか?」
否、昨夜ベッドに入った際にはこんな少女はいなかった。つまり猫真の就寝後、この少女が部屋に忍び込んだ挙句、猫真の寝ているベッドに潜り込んだということになる。それでもおかしな状況ではあるのだがそうでなくては少女が自然発生したか、猫真が夢遊病のように外に出てこの子を連れ込んだなんて考えたくもない可能性しか出てこない。
「さぁて、どうしよっか」
猫真たちのいるベッドは壁際に設置されており、ベッドの頭とお尻もそれぞれ壁にピッタリだ。そして壁側で寝ていた猫真がベッドから出るには少女を超えていかなくてはならない。
「よっと…」
少女を跨いでベッドから降りるとカーテンを開けようと窓に近寄る。
そこで初めて猫真は部屋に入ってくる風を感じ、同時にベランダに出るための窓が開いていることに気づく。
鍵を閉めていたかは定かでないが開けっぱなしで就寝したなんてことはあり得ない。
「この子、まさかベランダから?」
ここは
「んぅう…」
カーテンを開けて部屋に朝日を迎え入れると、その光に当てられた少女が声を上げる。身じろぎの後でムクリと上半身を起こした少女は瞼を擦りながら翡翠の瞳で猫真を捉えた。
そしてニへラと笑って朝の挨拶をした。
「おはよう?」
「私の名前はエル!泊めてくれてありがとうございますっ!」
「了承した覚えはないんだけど」
金髪の少女、改めエルが目を覚ましてから十数分後。
猫真とエルはテーブルを挟んで対面していた。両者の前にはトーストと目玉焼き、牛乳が置かれている。
「それに朝ごはんもご馳走してくれるなんて、タクミはいい人なんだね!」
「それより、一体どんな背景があって俺のベッドに潜り込んで寝てたんだよ?」
「あぁ…私ね?ある場所から逃げてきたの」
「はぁ?」
トーストにリンゴジャムを塗りながら発された言葉に、猫真は眉を顰める。事実なら穏やかじゃないし事実じゃないとしても正直言ってあまり関わり合いになりたくない。
そんな猫真の思惑など知らないエルは話を続ける。
「目的は私の身柄と一冊の魔導書。その二つが同時に消えたんだから今頃大慌てだろうね」
「はぁ…魔導書?」
「聞いたことあるでしょ?」
「そりゃあ…でもゲームとかアニメとか、フィクションの話だぞ」
「現実に存在してるんだよ」
実際、魔導書とされる書物が実在しているのは猫真も知っている。だがそれらは全て過去の遺物。人々の信仰の賜物でありそこに記されたことを実行したとて行使者が望んだ事象は起こらない。とはいえコレがあったから薬の調合やら現代に繋がるものが発展してきたのだから馬鹿には出来ないが。
それでも普通に異能力者なんてのがいる現代で魔導書を本気で信じているのだろうか。
「で、一緒に消えたってことはその魔導書もキミが持ってるってことか?」
「ううん、魔導書はここに来る途中で隠したの。もし私が捕まってもアイツらの目的を達成できないように」
「ふぅん…」
猫真にはエルの話を「妄想だ、嘘だ」と笑い飛ばすことが出来なかった。
異能力者という存在がいるからか、そうでない人間が彼らに対抗するため神に縋ることがある。
キリストなんかとは違い、平気で他者を犠牲にするような所謂邪教というやつだ。中には会社規模で危ないことをしている集団もいると聞く。エルもそんな集団に利用されているのかもしれない。
とはいえ、だからこそ、猫真はあまり深入りしたくない。
(
関わり合いになりたくないとはいえこのままエルを追い出すわけにもいかない。せめて市民の義務は果たしておこう。そう考えてスマホを取り出すと電源ボタンを4回押して
「ん?なにこれ」
「ッ!エルッ‼」
窓を割って室内に転がり込んできた石。それに括りつけられている玩具のバッチ。この島で暮らした経験からか、それとも本能か、猫真は動いていた。無警戒にもそれを拾おうとしたエルを抱えて後ろに跳ぶ。
途端、室内が爆発した。
「おい。女を殺すなと言われていただろう」
「痛って、問題ねぇよ。あのガキ、これくらいの爆破じゃ死なないだろ」
猫真のマンションの隣のビル。その屋上から猫真の部屋を双眼鏡で覗いていた男がもう一人の男、部屋に爆弾を投げ込んだ張本人の頭を小突く。
「もう一人、部屋の家主を始末してガキを回収するんだよ」
「目の前で自分を匿っていた男が死ねば、放心するか暴走するか。どのみちここにいる俺たちには届かないと」
男たちの目的はエルと魔導書の確保。とはいえ真正面から向かえばこちらも無事では済まないのでこういう精神攻撃をする。猫真の生死など彼らにはどうでもいいのだ。
「晴れるぞ。女の様子を確認して放心なら確保。暴走なら様子見だ」
双眼鏡で部屋を確認する。
煙が段々と晴れていき、部屋の様子が明らかになっていく。だがそれを確認した男は面倒くさそうに舌打ちをする。
煙が晴れた室内。そこには黒焦げになった猫真と軽傷のエルがいるはずだった。だが現実は違う。
「異能力者だったか」
結論、猫真は無事だった。
エルを抱えたまま確かにその足で立っている。左半身に血管のように入る赤と紫のラインは異能力行使の証拠が身体に出るタイプということだろう。
「予定変更だ。俺が前に出る」
「タクミ…コレって」
「クソッ、部屋が滅茶苦茶だ」
猫真とエルに怪我はない。しかし部屋は悲惨なものだ。確実に両隣や上下の部屋にも被害は行っている。
状況を考えるとエルの追手の仕業だろう。目標一人のために他者を平気で巻き込む物騒で滅茶苦茶な連中だということは分かった。
「とにかくここを離れるぞ」
「うん。タクミって異能力者だったんだね」
「ん?あぁ、まぁそうだな」
部屋を出て非常階段を駆け降りる猫真の左半身には赤と紫のラインが血管のような線を描いて入っている。
どうやらラインは皮膚に入っており、それが明滅しているのが服の上からでも分かった。
外の世界じゃ珍しいかもしれないが、生憎とここは異能力者の集まる島。一昔前まで超能力と呼ばれた事象を発生させる神からの贈り物『
「俺のは
「え?」
「感染はさせないから安心しろよ。とにかく、人の少ない場所を通って
本日は12月24日、クリスマスイヴ。
猫真巧のハッピーエンド・ウィルス 濵 嘉秋 @sawage014869
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