第54話 嫌な奴ってのはそういない


 甲高い声のする方を見てみれば、令嬢が店員に迫っているようだった。


(……なんかあったのか?)


 令嬢は後ろ姿しか見えなかったものの、背中から不機嫌な様子が漏れ出ていた。


「デザインを見せてちょうだいと言っているのよ? それが一つもないとはどういうことかしら」


「大変申し訳ございません。先程店舗にございましたデザインは全て他のお客様にご注文を受けたところでして」


(えっ。それってもしかして……この揉め事、私が全部買っちゃったのが原因ってことか⁉)


 衝撃を受けながらも、他人事ではない予感がすると、急いで令嬢へと近付いた。


「……私を誰だと思っているのかしら? ねぇ、誰を優先するべきかはわかっているわよねぇ?」


「そ、そう申されましても……!」


(おいおい、すげぇこと言い始めたな。もう売却済みだって言ってんのに、それを権力使って横取りしようってんのか? 最低だな)


 ため息を吐いてあきれるものの、何か引っかかることがあった。


(それにしてもこの声、どっかで……)


 首を傾げていると、責められている店員の前にまた別の店員が現れた。


「店長……!」


「大変申し訳ございません、テイラー様。当店舗では現在お売りすることのできるデザインはございません。一週間後にまたいらしていただければと」


 庇った女性は店長らしく、貴族相手にも関わらず毅然とした態度で対応をしていた。


(部下を守る店長……かっけぇな。私なんかよりも佇まいに雰囲気があるぞ。……うん? テイラーってどっかで聞いた名前だな)


 記憶の片隅に引っかかる名前だったが、どうにも顔は思い出せなかった。恐らく貴族令嬢であるならば、社交シーズンでどこかのパーティーにてお会いしているのだとは思う。どうにか思い出そう頭を動かしていると、テイラー嬢は店長に詰め寄った。


「一週間も私に待てと言うのかしら?」


「大変申し訳ございません。ご希望がございましたら、仕入れ次第、テイラー様にご連絡させていただきますので」


「私は今欲しいと言っているのよ? これが希望なのだけど!」


(いや、それはわがままって言うんだよ)


 あきれながら様子を窺っているが、まだテイラー嬢のことを思い出せなかった。


「……申し訳ございません。その場合、ご希望に沿うことはできません」


「もう一度言うけれど……私を誰だと思っているの? 何度も言わせないでちょうだい。このお店を潰すことだってできるのよ?」


(嫌な奴だな……こんな奴、会ったことなんて――)


 その瞬間、ハルスウェル公爵令嬢主催のお茶会での出来事を思い出した。


(いた! 一人だけ嫌な奴!)


 答え合わせをするように令嬢の顔を見ると、予想通りの人物が見えた。上の名前まで思い出せなかったものの、一連の酷い態度が腑に落ちた。


「申し訳ございません。それでもご用意することはできません。何度もこのやり取りをするのは不毛ではないでしょうか」


「生意気なっ……!」


 言い切った店長がカッコよかったものに対して、テイラー嬢はその言葉が気に食わなかったみたいで、顔を赤くさせていた。何か言い返すのかと思えば、テイラー嬢は手を振り上げた。


(それは駄目だろ‼)


 反射的に足が動くと、テイラー嬢が店長を叩く寸前で私はその腕を掴んだ。


「やめた方がいいんじゃないか、テイラー嬢」


「なっ……!」


 止められると思わなかったテイラー嬢は、驚いた様子で固まった。しかしすぐさま力を入れて私の腕を振り払った。


「離しなさいっ。私にいきなり触れるだなんて無礼な――」


 頬を引きつらせたテイラー嬢は、私の方へと振り向いた。そしてきっとした表情をしたかと思えば、目があった瞬間、はっと嘲笑うような声をこぼした。


「貴女……レリオーズ嬢じゃない」


「お久しぶりです」


「レリオーズ嬢は本当に失礼な方ね。いきなり人の腕を掴むだなんて」


「……人をぶつのは無礼じゃないとでも?」


「まぁ。貴女はわかってないわね。私がただの店の店員をぶつのはともかく。同じ貴族である貴女が、この私の腕に触るのは訳が違うのよ?」


(何も違わねぇだろ)


 ふふんと鼻で笑いながら見つめ直すテイラー嬢は、どこか余裕のある表情をしていた。


「そういうことだから……謝罪、してくださる?」


「は?」


「謝罪よ。勝手に人の腕に……それも強く掴んだんですのよ? こんなの暴行と変わらないわ」


「暴行……全く違うと思いますけど」


「やだわ……ご自覚ないの? 無意識にされたの? はぁ……やはりレリオーズ侯爵家のご令嬢というのは品のない野蛮な方ばかりね!」


(……今こいつ、なんて言った?)


 自分のことをそう評価されるのは何も問題ない。何せ前世はヤンキーだ。野蛮なのはあながち間違いではない。けれどもクリスタ姉様は違う。野蛮という言葉とは対極にいると言っても間違いがない女性だ。


 自慢の姉を侮辱されたことに、私は怒りが込み上げていた。




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