第42話 王道一択、これに限る


 王都近くまで馬車で移動すると、早速降りて目的のお店に向かい始めた。馬車を介してのギデオン様のエスコートは久しぶりなこともあってまだ慣れなかった。


(こういう作法だってわかってるけど、手を触れるのはなんだか緊張するな)


 この手が一瞬で離れるのなら気にならないかもしれないが、この後歩き続けることもあって、手は触れ続けたままだった。それが何故か鼓動を早めた。


(……おかしい。食事の時も、観劇に行った時も同じようにエスコートはあったのに)


 きっと気合いを入れている分、肩に力が入っているのだろう。そう思うことにして、目の前のことに集中した。


「ギデオン様。それでは最初のお店に行きましょう」


「はい。とても楽しみです」


 期待されている分、成功させたいという気持ちが強くなる。道中は他愛のない会話をしていたが、本日の道順を頭の中で繰り返していたせいで、会話で楽しませることはできなかった。


 最初に到着したのは、パンケーキ専門店。このお店はクリスタ姉様が何度も訪れたことある、王都に古くから構えている歴史ある店だ。昼食前ということもあって、しっかり食べられるものかつ、流行よりはしっかりと歴史のある場所を選んだ。


「パンケーキですか……!」


「お好きですか?」


「とても。このお店、何度も目にしたことはあったので、いつか入りたいと思っていたんです」


 こういうお店に男性一人で入るのに抵抗があるという気持ちはよくわかる。実際店内は女性が多く、男性だけのグループは見当たらなかった。


「それなら今日、一緒に行きましょう」


 ギデオン様に楽しんでもらえるようにと想いを込めながら笑みをこぼしつつ、エスコートの手を優しく握り返した。すると、ギデオン様は目を大きく見開きながら、わずかに口角を動かした。


「ありがとうございます。……!」


 嬉しそうな声が返ってくると、私はさらに笑みが深まった。心の準備ができたところで、一緒に店内へ足を踏み入れた。正直こういう洒落た店に入るのは私も緊張する。ただ、私が緊張してはいけないと思ったので、背筋を伸ばして堂々と振る舞った。


 レベッカに選んでもらった服は浮くことがなく、前髪を上げたギデオン様はより店に馴染んでいた。


「二名様ですね。ご案内いたします」


 店員さんの案内で窓際の席に座った。ギデオン様は先程よりは落ち着いてきているようで、メニュー表を熱心に眺めていた。


「どれもおいしそうですね。……迷います」


 店のメニューは豊富で、確かにここから一つに絞るのは難しそうだった。


「……アンジェリカ嬢は決まりましたか?」


 一通り眺め終えた頃、恐る恐るギデオン様が尋ねてきた。様子を見る限り、きっと彼はまだ迷っているのだろうという様子を感じ取った。


「はい。ですが焦らずゆっくり決めてください。どれも美味しそうなので、悩む気持ちもよくわかります」


「ありがとうございます。ちなみにどれを選ばれたんですか?」


「本当に全部美味しそうだったので、王道のシロップを選びました」


 迷った時は王道。これに限るものだ。


「王道……! 確かにこれも美味しそうですよね」


 その返しには悩ましいという感情が含まれているように感じた。十種類近くあるので悩むのはよくわかる。ただ、それと同時にギデオン様はあまりにも真剣に吟味している気がしたのだ。


(何だかまるで、今日ここに来るのが最初で最後のような……)


 そんなことはないと伝える意味も込めて、ギデオン様の方を見つめた。


「気楽に選んでください。食べたいものが一つでないのなら、またくれば良いんですから」


「……また」


「はい。もし美味しかったら、何度でも来ましょう。せっかくなら、このメニュー全部制覇するのも面白そうですよね」


 自分で口に出して気が付いたが、確かに全制覇は夢がある。私は達成感を得られるし、ギデオン様は甘いものを何度も食べられる。お互いにとって楽しめることなので、中々良い案だなと思う。


「全制覇……いいですね、それ」


 嬉しそうに口元を緩めるギデオン様。

 食べたいものが多かったのか、提示した案は気に入ってもらえたようだった。


「それなら今日は私も王道を選びます。一緒に全制覇しましょう」


「はいっ」


 いざギデオン様に言われると気合いが入るものだ。力強く頷いたところで、私達は店員さんに注文した。


 店員さんが厨房に向かうと、私の視線はギデオン様に戻った。表情はいつもと変わらないように見えたが、どことなくそわそわしているように見えた。


(なんか……可愛いな)


 きっと早く食べたいという気持ちがあるんだろうなと思いながら話を振った。


「美味しいものを待つ時間ってわくわくしますよね」


「わかります。……今日は特に楽しみで」


「好きな食べ物だとより気分が上がりますよね」


 ギデオン様の返しに頷きながら共感する。

 私も肉料理を待つときは、今のギデオン様以上にそわそわする自信がある。


 いつもと変わらない、穏やかな様子で会話を続けていれば、ギデオン様は私の方を見つめながらさらに返した。


「……アンジェリカ嬢と一緒なので、より楽しめているのだと思います」



▼▽▼▼


 更新を再開すると宣言してから、一か月ほど更新を止めてしまい大変申し訳ございません。

 少し立て込んでいたのと、夏バテで体調を崩してしおりました。現在は回復しましたので、本日より「毎日更新」を再開させていただきます‼ (次回更新は明日です)


 一度再開すると言った矢先裏切るような形で止めてしまいましたこと、深くお詫び申し上げます。これからも見守っていただけますと幸いです。よろしくお願い致します。


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