第35話 喜びが溢れ出る(ギデオン視点)
待ちに待った遠乗りの日がやって来た。
レリオーズ嬢に会えるだけでも舞い上がるほど嬉しいのに、それに加えて自分の趣味である遠乗りができることが何よりも嬉しかった。
胸を躍らせながらレリオーズ侯爵邸に向かえば、姉君であるクリスタル嬢と一緒に出迎えられた。姉君と挨拶を交わしながら感じたのは、彼女は妹想いなのだろうことだった。
(姉君がレリオーズ嬢を見る時の目は、とても優しいものだったな)
二人が会話する一幕を見ていても、親しい姉妹なのだろうと想像できた。
出発すると、滞りないように道筋を説明する。こういう走りを想定しているという手案を、レリオーズ嬢に受けてもらえたので想像通りに走り始めた。
改めて並んでみると、レリオーズ嬢の乗馬服が目に入る。
(今日初めて見た時も思っていたが……凄く似合っているな)
もちろんドレスのレリオーズ嬢も可憐で、彼女ならどんな服でも似合うはずだ。ただ、乗馬服を着こなした上で醸し出る凛々しさはレリオーズ嬢の唯一無二の物だと思う。
(……いつまでも見ていられるな)
前を向かないといけないのに、並走していることもあってレリオーズ嬢の方に視線が向いてしまった。惹きつけられてしまうほど、彼女は魅力的だった。
似合っているという言葉を口にすれば、レリオーズ嬢からも褒め言葉が返って来た。
〝何を着ても似合う〟という言葉は、彼女に言われたからこそ嬉しく胸が高鳴るものだった。
(……駄目だな。レリオーズ嬢から褒められるとどんな言葉でも鼓動が早くなってしまう)
気を抜いたら頬が赤くなってしまいそうだったので、レリオーズ嬢が目を逸らした隙に首を横に振って心を落ち着かせた。
話題は馬へと変わっていき、シュバルツについて尋ねてくれた。その後はレリオーズ嬢の馬の名前を教えてもらいながら、お互いの馬に挨拶するような流れになっていた。
彼女の馬の名前を呼んだ時、ふと感じたのだ。
(馬だけじゃなくて、レリオーズ嬢の名前を呼びたい。……あわよくば名前を呼んでもらいたい)
そんな欲が生まれると、名前呼びにしないかという提案をしたのだ。俺の伝え方が曖昧だったこともあり、レリオーズ嬢の口からは〝公爵〟という言葉が飛び出た。
(公爵……公爵? 様を取った分近くなった……のか? いや、何だか逆に距離を感じる気がする)
戸惑った結果、その気持ちを口に出すことにした。
(もっと表現を明確にして伝えるべきだったな。……俺は公爵であちらからすれば格上なのだから)
そのことがすっかり抜け落ちていたせいで、却ってレリオーズ嬢に気を遣わせてしまったと後悔していると、彼女から放たれたのは心臓に悪すぎる呼び方だった。
「それなら……ギデオン?」
首を少し傾けながら、不安げに上目遣いで尋ねるレリオーズ嬢。
果たしてこんなにも可愛い人がいるのだろうか。いや、いない。あまりの可愛らしさに俺の時は止まってしまった。脳の処理が追い付かなかったのだ。
(…………俺は一生分の運を使い果たした気がする。いや、絶対そうだ)
レリオーズ嬢が目を合わせて話してくれるだけでも嬉しさで満たされているというのに、彼女から上目遣いの上に呼び捨てまでされると俺の頭では喜びが溢れでてしまった。
あまりにも胸の鼓動が早まってしまったため、もはや頬が赤くなるのを抑えることができずに照れてしまった。
「す、すみません。耐性がないばかりに……」
「いえ、最初は慣れないですよね」
こんな名前呼び一つで赤らめていたら幻滅されるだろうかと不安が過るものの、共感した上で受け止めてくれるレリオーズ嬢にますます惹かれていった。
結局名前呼びはギデオン様に落ち着いた。やはり〝様〟があるとないとでは破壊力が緩和されるので、だいぶ異なる。
(……今まだ俺が慣れていないこともあって様付けだけど、いつかまたなしで呼んで欲しいな)
目的地に向かいながらも、一人密かに願望が生まれるのであった。
その後はひたすら目的地に向かって二人で馬を走らせた。アンジェリカ嬢と一緒に走るこの瞬間が、たまらなく幸せだった。
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