討伐
谷の奥で黒い瘴気が湧き上がり、次々にダイアウルフが飛び出してくる。
「くっ」
たとえ巨体でも、この程度の魔物はリアージュの敵ではない。一刀の元に切り伏せていくが、何しろ数が多い。リアージュは良くても、他はジリ貧だ。
(一旦体制を立て直し……)
ちらと後ろを振り返れば、細い谷間全体にダイアウルフが散らばっていて、後退も骨が折れそうだ。
ならば、と隣で奮戦するフィフスに視線を遣った。
「このまま一点突破する」
大口を開けて迫るオオカミを難なく切り伏せ、リアージュは馬上に身を伏せた。そのまま真っ直ぐに疾走させる。
「主様!」
長い槍を振り回していたタイニーが気付いて、兄がいるのと反対側を並走する。突進してくるオオカミは、二人が得物を振り上げて切り伏せ、身を伏せて直進するリアージュを援護する。速度はまし、迫る木々も草も岩も何もかも切り捨てて飛び越え、従者二人が主の身体が傷つかないよう盾になる。
ダイアウルフは奥に進むにつれて影のようになり、出現ポイントが近いことがわかった。瘴気の塊が周囲の石や木の枝を核にして魔物の形をとるのだが、瘴気溜まり付近ではまだ形成が終わってない場合が多い。
そういったものが多くなり、二人は主を護るようにその核を次々と破壊していった。
やがて。
(やっぱり……!)
ただひたすらに真っ直ぐ進んだリアージュは、前方に生える巨大な樹が全体に瘴気を纏い、ベキベキと音を立てて幹を捩らせているのを見た。木炭のように真っ黒な木肌が内側から押し出される様に盛り上がり、獣の顔を取り始める。
口元が引き裂かれ、犬歯が現れ、今までのダイアウルフの比ではない……四階建ての高さはあろう、魔物が姿を現そうとしていた。
だがリアージュは疾走を止めない。どころか伏せていた馬上から身を起こし、立派な拵えの鞘に手にした剣を収めた。そのまま再び身を伏せ、手綱を離すとしっかり、剣の柄を握り締める。
「タイニー、奴の根元に恐らく、今回の騒動を引き起こした魔法道具があるはずだ」
「了解」
全てを説明せずとも、言いたいことを理解した彼女が、急遽馬を離脱させ、飛ぶように岩だらけの地面を迂回し、大樹を核とした魔物の背後へと回っていく。とうとう幹を突き破って現れた真っ黒なオオカミの顔が天に向かって吠え、枝葉がねじれてオオカミの身体を形成していく。無数に分かれた枝がより合わさって四肢となり、灰色の木の葉が光沢を帯びて爪になる。
それでもリアージュは速度を緩めない。
ぶおん、と風切り音がして、まだ枝の様子を残す前足が鞭のようにしなって二人に向かってくる。それをフィフスが切り払おうとして、刃が表皮に食い込んだ。軽く舌打ちをした彼が馬から飛び降り、振り回される前足のような枝を足場に、軽々と駆け上がっていった。
リアージュの行方を邪魔する枝を軽々と切りつけ、フィフスが頭上を舞う。それを感じながら、リアージュは更に馬の速度を上げると真っ直ぐにオオカミの顔へと突っ込んでいった。
奴が身体を作り終える……その一瞬前に。
大きく口を開け吠えるそれの首もとを。
気合一閃と共に、高速で抜刀した白刃が一気に切り裂き、突っ込んだ。
ばっと樹液のような瘴気のような、赤黒いものが噴水のように吹きあがり、断末魔の悲鳴が上がる。そのど真ん中を、全身をばねにして飛び上がった馬とリアージュが駆け抜けていく。
最後の最後まで物凄い速度で幹を切り裂き、真っ二つになった怪樹が周囲の雪を巻き上げて倒れ込む。
次の瞬間、母体を倒された他のダイアウルフたちが一斉に動きを止め、ばらばらと端から解け始めた。
対峙していた騎士達が唖然としてそれを見送り、我に返るとぎこちなく剣を収めていく。銀灰色の森にじわじわと安堵が広がり、そのきっかけであった怪樹もリアージュの目の前でゆっくりと解け始めた。
「タイニー、『元凶』はつかめたか?」
馬から降り、首の辺りを撫でてねぎらっていたリアージュは、顔に掛かる赤黒い雫を払いながら、根元付近にあると踏んでいた魔道具を探している部下に声を掛けた。
「恐らくはこれかと」
長い槍を背中に担ぎ上げて戻ってきた彼女の手には、黒い瓶が握られていた。周囲を占める黒い木肌よりももっと暗く、光を通さないそれには禍々しい陰気がまとわりついていた。
「魔物の出現を誘発する薬のようです。詳しくはナインの分析を待った方がいいかと」
馬の背に括り付けてある道具袋にそれを放り込み、タイニーは残った陰気の纏う手を振ってそれらを散らす。
「誰が置いたのかわかるか?」
崩れ行く怪樹を何気なく視界に収めながら尋ねれば、タイニーは唇を噛んだ。
「この手の魔道具を手に入れるのは相当骨が折れます。この瓶から追跡すれば手に入れたものがわかるかもしれません」
「早急にたのむ」
「はい」
舞踏会でリディアを狙った相手もまだ見つけていないのだ。今回はリアージュの命を狙った攻撃だと思うが……こんな薬をオーガストが簡単に用意できるとは思えない。
(一体何なんだ……)
苛立ちながら前髪を握りつぶし、リアージュは舌打ちを堪える。ダイアウルフの掃討が終わり、谷の平定はおおむね完了した。だが不安がひたひたと身体の端から迫ってくる気がするのだ。
「公爵閣下! ご無事ですか!」
一直線に部隊が引き延ばされたせいで、前列、中列、後列と隊がわかれてしまっていた。部隊の真ん中あたりに組み込まれていた神星官が駆け寄ってきた。
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