最終決戦兵器東京都庁

0o0【MITSUO】

第1話 ニュース速報

 【速報】北海道各地で爆発的事象 北ミサイルか


 ポケットの振動に、机の下で携帯をこっそり確認すると通知が届いていた。


 ミサイル? 物騒だな。

 反射的に思ったが、それもほんの数秒。

 なにせ、ここは東京。北海道とは遠く離れている。

 教室内も平穏そのもので、若い女性担任の声だけが響き、朝のホームルームは滞りなく進行していた。所詮は、対岸の火事だ。


 そんなことより……。


 幸野駆ゆきの かけるは、視線を担任からスライドさせた。気になるの横顔が見えた。

 長く輝く黒髪。滑らかな肌。凛としたまつ毛。印象的な黒目勝ちな瞳。

 幼馴染の佐藤日向さとう ひなたの横顔が見えた。

 気持ちが重くなる。

 高校生活二度目の春。始業式のあった昨日から、ずっと胸がもやもやしている。


 理由は、視線の先の日向だ。

 中学まではメガネをかけ、どちらかと言えば目立たない存在だった。それが高校入学以来、コンタクトに変えると急に校内でも美少女と噂されるようになった。さらに、表参道でスカウトされたのをきっかけに、ファッション誌の読者モデルにもなった。

 途端、彼女の周りは華やいだ。学年を問わず校内の人気者が彼女を囲むようになるまで、さほど時間はかからなかった。その一連の変化は本当にあっという間だった。


 一方で、駆は帰宅部で交友関係も狭く、日向とは真逆のひどく地味な高校生活を送っていた。当然、日向との接点もめっきり減り、この一年はまともに話すこともほとんどなかった。別に何か軋轢があったわけじゃない。ケンカしたわけでもない。今も家は隣同士だ。


 ただ、何となく距離ができてしまったのだ。埋めようのない距離が。


 それは駆の一方的な引け目から来る、心的な距離だ。

 他方で、駆は自らも日向から距離を取るべきだとも考えていた。飛躍しようとしている幼馴染の足を、地味な自分が引っ張りたくはなかった。もはや、彼女は自分のいる世界から羽ばたいたのだ、と。


 だから、昨日発表されたクラス替えの掲示で「佐藤日向」の文字を見つけると、なんだか落ち着かない気分になった。同じクラスとなると、さすがに接点ゼロとはいかない。

 でも、どんな距離感で接すべきか? そんな漠とした問いを悶々と考えていた。


 窓外の空には、春なのに重い灰色が立ち込めていた。

 まるで今の心のようだ。駆は思った。

 そして、それはなんの前触れもなくやってきた。


 ――突如、すべての窓が白光した。


 駆が、他の生徒が、担任が、教室にいたすべての人間が、反射的にその光に顔を向けた。それほど、極端に眩い光だったからだ。


 が、ほぼ同時に――


 ――暴力的な爆発音と猛烈な熱風が襲ってきた!


 窓ガラスは、一瞬で砕けた。

 窓際の生徒の頬や肩に、直線の赤い筋が走る。スローモーションに見えた。


「キ――――――――――ン!」


 甲高い金属音のような音以外、何も聞こえなくなる。

 顔はもちろん体全体に乾いた熱を感じ、思わず身を低くした。

 直後、さらに強烈な熱風が吹いた!


「伏せて!」


 くぐもった担任の悲鳴にも似た叫びが、金属音の彼方に微かに聞こえた。

 駆も、他の生徒も一斉に机の下に潜る。


 何かが叩きつけられる。割れる。擦れる。

 それらの不協和音を、耳からというより全身で感じた。

 細かな砂利が、頬や体のあちこちに容赦なく当たった。

 その感覚に、体を亀のように一層小さくし、机の足にしがみついた。

 そこまで、わずか数秒。


 だが、駆にはその時間は数倍にも数十倍にも感じられた。

 埃や塵が舞い、視界が悪い。

 が、なぜか誰かの視線を感じた。

 その感覚へと神経を集中し、目線を移す。

 同じように机の下に屈む、ひとりの女子生徒と目があった。

 日向だった。


 その瞳は明らかに怯え、泣き虫だった幼い頃の彼女を思い出させた。

 彼女は唇だけ動かし、必死に何か伝えようとしている。


 その唇を読むと「こ、わ、い」と、繰り返し訴えていた。


 反射的に「大丈夫だ」と何の根拠もないのに、大げさなくらい口を動かし返した。


 恐怖で支配されていたはずの心が、なぜかすっと冷静さを取り戻す。

 そして「駆、しっかりしろ」と自らを鼓舞するような感情も生まれた。

 かつて日向を守るのは自分だと勝手に自負していた、遠いあの頃のように。


 熱風が止み教室に静寂が戻っても、しばらくは皆机の下に潜ったままだった。

 耳に響く金属音が少し弱まった頃、最初に担任がゆっくり立ち上がった。

 そして、ひとりふたりと生徒も立ち上がる。

 駆も立ち上がった。日向も遅れて立ち上がった。


 室内は、一変していた。

 時計は傾き、掲示物はことごとく破れ、床には砂やガラスが散乱している。

 窓際の生徒数名が頬や肩に擦過傷を負い、直線的に血が滲んでいた。

 担任はまず負傷した生徒に駆け寄ると、彼らを導いて扉に向かった。

 幸い、負傷した生徒も軽傷のようで、歩く分には支障がなさそうだ。


「しばらく待っていて! この子たちを保健室に連れていきます! 他の先生方と今後について協議もしてきますから、くれぐれも落ち着いて!」


 担任はまくし立てると、足早に負傷した生徒と教室をあとにした。

 一番落ち着きたかったのは、彼女かもしれない。実際、その声は少し震えていた。

 残された生徒たちも、当然、動揺を隠せない。

 担任が去ると、みな口々にその不安を具体的な声にし始めた。


「なに? 爆発?」

「テロとか⁉」

「怖いんだけど〜」

「すぐ避難した方がいいじゃね?」

「おい、窓の外見ろよ!」

 ひとりの生徒が、今や枠だけになった窓を指差す。

 その声に釣られ、生徒たちがその指先を見た。駆も見た。

 みな一様に息を飲んだ。


 新国立競技場から、黒煙が立ち昇っていた。


 彼らの通う都立外苑高校は、新国立競技場にごく近い。

 駆たちの教室からも、その特徴的な木製の屋根の一部を見ることができた。

 まだ真新しいその屋根の向こう側、確かにもうもうとした黒煙があった。

「やっぱテロだよ!」

「そうだよ、爆破テロだ!」

 室内が騒然とする。

 しかし、駆は「いや、待て」と思った。

 脳裏に、先程の臨時ニュースの文字列が思い出されたからだ。

 

 ――北海道各地で爆発的事象 北ミサイルか


 あるいは、テロでなく「ミサイル攻撃」だとしたら?

 それってもう――


「――マジかよ! 圏外だよ‼」


 駆の思考を破るように、別の誰かの声がした。

 反射的にみな携帯を取り出し、その画面を確認する。

 駆も自分の携帯を見た。アンテナの表示部分には、確かに「圏外」の文字があった。

 周りの生徒も同様に苛立った反応だ。どうやら電話会社に関係なく圏外のようだ。

 高校生にとって、携帯は言うまでもなく最重要な情報インフラだ。その寸断は、電気やガスの寸断より切実でリアルで、ある意味、明確なだった。

 生徒たちの間で、不安が加速する。


「きしょう! どうなってんだよっ!」

「怖いよ〜!」

「なぁ、逃げたほうがいいじゃね?」

「でも、先生は待てって――」


「――言いつけ守ったって、死んだら意味ねえだろ!」


 誰かの苛立った一言に、クラスが押し黙った。

 直後、みな黙考しはじめた。

 このまま教師の指示に従うか、あるいは今すぐ逃げるか……。


「みなさーん!」


 沈黙を破ったのは、息を切らせ戻ってきた担任の声だった。

 生徒たちは、どこかほっとしたように見えた。

 が、次の一言で再び生徒たちに緊張が走った。


「本日は以降の授業を臨時休校とします! みなさん、すみやかに下校してください!」


 生徒たちは、不安になった。学校から見放されたような気がしたからだ。が、

「尚、新国立競技場方向に下校するみなさんは、表参道や青山一丁目の交差点まで迂回し下校するようにしてください!」

 という続きを聞いて生徒たちは理解した。


 今、なのだ、と。


「なるべく同じ方向に帰る生徒と一緒に下校して! みなさん、身の安全を最優先に寄り道せず、急いで帰宅してください! 以上です!」


 担任の言葉が終わると、生徒たちは一斉に周りを見回した。

 クラス替えしたばかりで馴染みの顔も少なく、近い者同士帰宅せよと言われても、誰が同じ方向なのかわからなかったからだ。

「先生! 他のクラスの友達と帰ってもいいですか?」

 誰かがそんなことを律儀に聞くと、担任が答えた。

「いいですよ、なるべく同じ方向に帰る生徒と一緒に下校してください!」

 すると多くの生徒が鞄を手に動きだし、教室は一気に慌ただしくなった。

 おそらく、他クラスや部活で同じ方向に下校する生徒を探してのことだろう。

「みなさん、走らないでください! 冷静に! 冷静に‼」

 担任の声も虚しく、生徒たちはその動きを速めた。

 そうした教室の喧騒のなか、駆のもとにまっすぐ歩いてくる人影があった。

 彼女は、日向は、少し不安気に駆を見上げると、告げた。



「一緒に……帰ってくれない?」


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