裸に剥かれた公爵令嬢は、記憶喪失の男と婚約する

uribou

第1話

「結論から言うと彼は『越えし者』だ」


 フィルアダムズ公爵家の当主であるお父様が断定するなら間違いないのでしょう。

 でも……。


「『越えし者』、と申しますと?」


 聞き覚えのない言葉です。

 ああ、彼についての説明が先ですか。

 彼はわたくしを裸に剥いた不埒者です。

 これだけでは何のことだかわかりませんね。

 三日前のことでした。


 ――――――――――


 両親とわたくしが領から王都に戻る途中、盗賊団に襲われました。

 見通しの利きづらい場所だったとはいえ、まさか街道で二〇人規模の盗賊が出るとは完全に予想外。

 我がコーツェン聖王国の治安がここまで乱れているとは。

 もちろんわたくし達に優秀な護衛騎士はいましたが、人数は劣勢、地の利もなし、しかも奇襲を受けたということで、有り体に言って危機でした。

 そこに現れたのが彼だったのです。


 彼は全裸でした(きゃっ!)。

 ふらふらと場違いに戦場に現れたかと思うと、斬りかかっていった盗賊の首を無造作に刎ね飛ばしました。

 傍からは何をしているのかわかりません。

 驚くべき無手の技でした。


 新たに現れた脅威に、盗賊団は向かっていきました。

 何故なら我が方の馬車は壊れたため素早く逃げる手段はなく、護衛騎士らも満身創痍でしたから。

 おかげで護衛騎士達にとっておきの治癒ポーションを使う時間を稼げました。

 でも救ってくれた方は?

 えっ? 盗賊団は全滅?

 護衛騎士隊長が感嘆したように言います。


「遺体は二一人分。間違いありません。襲ってきた盗賊全員を彼単独で討ち取りました」

「一人も逃がさず? すごいのではなくて?」

「すごいなんてもんじゃありませんよ! 盗賊どももかなりの手だれでしたし」


 ポーションの効果が発揮されるまでには時間があります。

 お父様とお母様は護衛騎士の被害確認をしていますね。

 わたくしはお礼を言いに、裸の救世主の方に向かいました。


「御助力ありがとうございます。わたくしはフィルアダムズ公爵家の長女マリーンと申します。ってきゃあああああ!」

「お嬢様!」


 いきなり裸にされたのです。

 いえ、これは服が溶けた?

 つまりこの方は、対象を溶かすことのできる能力持ち?


「貴様お嬢様に何をする!」

「敵対してはなりません! 誰かわたくしに上着を」

「は」


 よく見れば救世主さんもオドオドしているではありませんか。

 おそらく彼にとっても予想外の事態なんだと思います。

 登場のシーンも場違いの場所に紛れ込んだみたいな違和感がありましたからね。

 殺気だった護衛騎士を彼に向けてはなりません。

 彼の不思議な技で、皆やられてしまうでしょう。

 やはりここはわたくしが。


「あなた様のお名前は何と仰るのでしょうか?」

「……ない」

「はい?」

「わからないんだ。何も思い出せなくて……」


 なんと、記憶喪失でしたか。

 いや、全裸であることといい、得もないのに戦闘に割って入ったことといい、おかしなことばかりですものね。

 神のような技の持ち主が、何もわからないまま全滅寸前のわたくし達に味方し、救ってくださったとは何という僥倖。

 わたくし達が彼の力になる番です。


「それはお困りでしょう。あなた様は我々どもの恩人です。せめてあなた様の記憶が戻るまででもお世話させていただけないでしょうか?」

「お嬢様!」

「黙っておいでなさい」


 護衛騎士達の言いたいことはわかります。

 確かに彼は怪しいですから。

 しかし放っておかれればわたくし達が蹂躙されてしまったことも、彼が助けてくれたことも事実なのです。


 そして彼の異常とも言える殺人技。

 国が動揺している現在、あの技を他の者に取られてなるものですか。

 フィルアダムズ公爵家の切り札になり得る存在です。

 ……彼はとってもハンサムですしね。


 ともかくわたくし達の恩人たる彼を邸に連れ帰りました。

 お父様は救世主である彼を色々調べさせていたようですが……。

 

 ――――――――――


「これまで培った経験や知識、技能の全てを引き換えにして、若い肉体と異能を得る術があるんだそうだ」

「えっ?」


 いや、異能を得た英雄がドラゴンを倒したなどという伝説を聞いたことはありますが……。


「正直御伽話の類だと」

「うむ、オレもそう思っていた」

「彼の技はまさに異能だとは思います」

「ケインだ」

「は?」

「彼の名はケインと言う」

「どこの誰だかまで判明したのですか?」


 お父様苦笑いですね。


「おばばに聞いたんだ」


 魔法使いのおばば様。

 魔道に関して大変な見識をお持ちのお方です。


「異能転生の術を知っていてそれを成功させ得る者など、世界に片手の指に足りぬほどしかおらぬのだそうな」

「なるほど、もっともなことですね」

「彼を見てな。魔法使いケインの若い頃にそっくりだと。間違いないとのことだ」


 魔法使いケイン様、か。


「おばばの言うことには、魔法使いケインは若い頃に手ひどい失恋をして性格が悪くなったんだそうな」

「そうなのですか?」

「ああ。元々自信家で惚れっぽいところがあったそうだが、失恋後はより意固地により傲慢により我が儘になったと」

「まあ、お可哀そう。素敵な方ですのに」

「素敵な方?」

「お父様。わたくしはケイン様に嫁ぎたいと思います」


 言ってしまいました。

 お父様が絶句しています。

 ごめんなさい。


 ケイン様は驚くべき能力をお持ちなのと関係なく、大変頭がおよろしいです。

 おそらくは異能転生の代償で、記憶を全て失ってしまっているのにも拘らずです。

 お教えしたことはすぐ覚えてしまいます。

 そしてわたくしに純粋に愛を語ってくれます。


 わたくしは公爵家の娘として、第一王子アンドレ殿下もしくは第二王子イザード殿下の婚約者となるのが筋と思います。

 でもわたくしはアンドレ殿下の陰湿さもイザード殿下の横暴さも嫌なのです。

 全然わたくしを見ずに、フィルアダムズ公爵家の助力ばかりを期待しているのですから。

 どちらかの殿下を支えてコーツェン聖王国を守るなんて真っ平ですわ。


「……ふむ、マリーンの考えを聞かせよ」

「ケイン様はわたくしの裸を見たのですよ? 責任を取ってもらうのが筋ではありませんか」

「……悪くないな」

「は?」


 えっ? こんな理由が通ってしまうの?

 あっ、お父様は王都の政争に積極的に絡む姿勢を見せていたけど、実は嫌気がさしている?


「マリーンは後悔しないんだな?」

「ケイン様の異能は強力です。フィルアダムズ公爵家に繋ぎとめておくべきだと思います」

「そうだな。『越えし者』ケインもマリーンには気を許しているようだし。マリーンの策に乗ってみよう」


 やった!

 素敵な婚約者をゲットだわ!


          ◇


 ――――――――――フィルアダムズ公爵家当主ローウェル視点。


「異能転生の術?」

「そうさ。公も聞いたことくらいはあるんじゃないかえ?」


 おばばの言葉に呻かざるを得ない。

 異能を用いて世を統べた古の英雄譚か。

 まさか事実だったとは。


「アタシも驚きだねい。ケインほどの魔道の研鑽があったとしても、成功率なんて一〇〇に一つくらいだったはずさ」

「それほど低い確率なのか」

「まあケインは不治の病に冒されていたとも聞く。一か八かだったんだろうねい。そして見事成功した」

「要するに魔法使いケインの記憶は戻らないんだな?」

「戻らないよ。記憶も術の代償の内だからね」 

「……魔法使いケインを、フィルアダムズ公爵家はどう扱えばいいと思う?」

「使おうと思っちゃいけないね。記憶を失ったとはいえ、クソ我が儘なケインだよ? 思い通りに動くわけがない」

「かといって、気まぐれで敵に回られると手に負えない、か」

「コーツェン聖王国の内輪揉めに思わぬ要素が出現だよ。賓客として遇して、敵にならなきゃ御の字と考えるべきだねい」


 オレも魔法使いケインの傍若無人さは耳にしている。

 おばばの言う通りだな。

 そしてケインが手の内にあることを知られるべきでない。

 手の内というのが正しい言い方かわからんが。


「すまんね。わざわざ来てもらって。これは謝礼だ」

「ありがとうよ。こちらこそケインが『越えし者』になったことを教えてもらった上に、手土産までいただくのは心苦しいね。一つサービスだよ。魔道士連合はもう王家の御家騒動には手を出さない。欲をかいて『越えし者』を敵にしたんじゃ、命がいくつあっても足りないからねい」


 魔道士連合は不参加か。

 状況が見やすくなった。

 金に困った少数の魔法使いが第一王子アンドレ殿下派か第二王子イザード殿下派のどちらかに与することはあるかもしれないが、大掛かりな魔法戦闘はない。


 そしてここへ来て第二の驚きだ。

 何と我が娘マリーンが魔法使いケインに嫁ぎたいという。


「ケイン様はわたくしの裸を見たのですよ? 責任を取ってもらうのが筋ではありませんか」


 正直意表を突かれた。

 しかし案外悪くない理由かもしれない。


 アンドレ殿下とイザード殿下の王太子を巡る争いは国を割る勢いだ。

 アンドレ殿下は正妃様の息子で王位継承権一位ではあるが、正妃様は隣国ラグリアの出であるからな。

 国際的にはともかく、国内には味方が少ない。


 イザード殿下の母は宰相殿の妹。

 権勢を誇るものの王位継承権の正当性ではアンドレ殿下に敵わない。


 中立が許されない雰囲気だった。

 オレもマリーンをどちらかに嫁がせることで、キャスティングボートを握った気でいた。

 が……。


 先日の襲撃。

 あれはおそらく王家の影だ。

 異常に統制の取れた動きだった。

 でなければ我が護衛騎士が遅れなど取るものか。


 アンドレ殿下派かイザード殿下派、どちらの手の者かはわからない。

 オレを亡きものにして強制的に代替わりさせ、マリーンを妃としてフィルアダムズ公爵家を取り込む算段だったのだろう。

 オレとしてもまさかそんな強引な手段を取ってくると思わなかった。

 フィルアダムズ公爵家の実力を削ってから勢力下に置こうとするなど、常識に反するからだ。

 たまたま『越えし者』ケインによって全員始末されたからよかったようなものの、これ以上王太子争いに深入りするのは身を滅ぼすと見た。


 もう王家はどっちが王太子になってもダメなのではないか?

 マリーンが男に裸を晒したという瑕疵を理由に王子どもの婚約者候補から外させ、領に引きこもることにしよう。

 『越えし者』ケインを秘匿するのにも都合がいい。

 場合によっては公国として独立することも視野に置かねば。


 しかしマリーンが御機嫌だな?

 よほど『越えし者』ケインを気に入ったのか?

 魔法使いケインは傲慢で我が儘だったとは聞くが、実力は疑いないからな。 

 魔道士連合が手を引くほどの『越えし者』と縁づくのは、バカ王子どもの嫁にやるよりマシか。


          ◇


 ――――――――――『越えし者』ケイン視点。


 気がついたら森の中だった。

 もうわけわかんないっす。

 何事?


 獣に襲われそうになった。

 怖かったけど、手をかざしたら獣がバラバラになった。

 そうか、僕は分解できるんだな。

 肉には困らないということだ。

 食べられる葉や実は何となくわかる。

 川の側なら水も飲める。


 雨が降ったら濡れた。

 気持ち悪いよ。

 岸壁を少しずつ分解して、濡れない寝床を作った。

 何とか暮らしていけそう。


 自分が誰かなんてどうでもよかった。

 生きていければよかった。


 そうやって何日か経ったら、大勢の何かが来た。

 同族の人間だとピンと来た。

 

 何もわからない僕を助けてもらうチャンスかも。

 でも嫌な感じがした。

 カンは大事にしようと思った。

 ここはスルーだ。


 ただ二〇人以上も居座られるのは邪魔だなあ。

 何しに来たんだかわからないけど、恒久的な陣地を作ってるわけじゃないようだ。

 いずれ撤退するだろう。

 我慢我慢。


 やつらに見つからないかって?

 特に問題ないよ。

 自分の気配を分解すればいいんだから。


 ある日大騒ぎになっていた。

 困るなあ、肉が逃げちゃうじゃないか。

 何をやっているんだ。


 騒ぎの場に駆けつけてみると、やつらがまた別の人間の一隊に襲いかかっていた。

 状況はわからない。

 しかし襲われた一隊からは嫌な感じはしない。

 どっちに味方するかは決まった。


 フラッと出ていくと、襲われた一隊からは下がってろと声がかかり、襲っているやつらは武器を振り回して向かってきた。

 うん、どっちが敵かなんてやっぱり明らかだね。

 向かってきたやつらを全員分解してやった。


 襲われていた一隊の中から、敵意もなく話しかけていた者がいた。

 本能的にわかった。

 これは番うべき異性、女だ。

 

 僕に話しかけてきたということは、僕に好意があるんだろう。

 つい服を分解してしまった。


 きゃあ、という悲鳴。

 拒絶のサインだ。

 自分が失敗したことを理解した。

 ルール違反を犯してしまったのだろう。


 しかし女はとても寛容だった。

 間違えた僕になおも話しかけてくれた。


「あなた様のお名前は何と仰るのでしょうか?」

「わからないんだ。何も思い出せなくて……」


 素直に助けを求めた。

 彼女は僕に同情してくれた。

 周りの男どもは僕に懐疑的なのに。


 屋敷に招待された僕は、急速に知識を吸収することができた。

 新たに覚えたというより、忘れていたことを思い出すイメージだ。

 何と僕は魔法使いで、全てを擲って転生したんだそう。

 昔の僕を知っていた婆さんがいた。

 いい人だった。

 でもダメだ。

 番えない。


 マリーンがいい。

 誰が何と言おうと。

 マリーンは公爵令嬢だというのに、僕に親切にしてくれる。

 好き。


 マリーンは天使だ。

 僕に好意を持ってくれているみたいだし。

 ああ、何て可愛らしいんだろう。

 大好き。 


 転生前は魔法使いだったらしいけど、僕の今の魔力量は当時に比べれば少ないと思われる。

 でも本から魔法を覚えることができた。

 確かに馴染む感じがするな。

 まあ回復魔法とか飛行魔法とかは有用だし。

 マリーンがすごいわと感心してくれた。

 快感。


 マリーンは公爵令嬢だから、本来二人の王子の内どちらかに嫁がねばならなかったそうだ。

 ところがどういうわけか僕の婚約者になってくれた。


「ケイン様はわたくしの裸を御覧になったでしょう? 責任を取っていただかないと」


 いくらでも取ります。

 喜んで取ります。

 だってマリーンはとても可愛いしいい人だし。


 しかし何故か僕とマリーンを引き裂こうとする勢力があるみたいだ。

 公爵領で仲良く暮らしているだけの僕らにちょっかいかけてくるやつらがいる。

 婚約中なのだ。

 イチャイチャさせろ。


 悪意を飛ばしてくるスパイは全部分解した。

 にも拘らず、執拗に邪魔者を送り込んでくる。

 何なのだ。

 僕は気の長い方じゃない。

 鬱陶しい。


「マリーン。僕は君との愛に生きたい」

「まあ、ありがとうございます。幸せです」

「ところが僕達を邪魔する者がいるんだ。僕は許せない。分解してくる」

「えっ?」


 ああ、マリーン。

 そんな寂しそうな顔をしないでおくれ。


「三ヶ月待っててくれ」

「……ケイン様の心配はするだけムダですね。早めのお帰りをお待ちしています」


 もちろんだ。

 僕はやるぞ!


          ◇


 ――――――――――コーツェン聖王国第一王子アンドレ視点。


 どうなってるんだ?

 公爵領に放った影や密偵が一人も帰ってこない。

 使えない者どもめ。

 筋肉だけのイザードに対抗するために、ぜひともフィルアダムズ公爵家を味方につけなければならないのに。


 マリーン嬢は私か、さもなくばイザードの妃となるものと考えていた。

 マリーン嬢を娶り、フィルアダムズ公爵家を後ろ盾にした方が将来の王だと。

 これは筋肉バカのイザードも同じ認識であったと思う。

 それほどフィルアダムズ公爵家は富裕で人望が篤い。


 公爵も似たことを考えていたはずだ。

 ところが公爵一行が野盗に襲われ、その際マリーン嬢が裸身を晒したという理由で婚約の打診を断ってきた。

 正直呆気に取られた。

 そんな理由、ある?


 いや、淑女らしくない、傷物になったという意味はわかる。

 しかし黙っていれば知られないことではないか。

 明確な拒絶だ。


 ……我等が手の者に襲わせたことに、公爵は気付いたのだろう。

 おそらくは意趣返し。

 後継者争いに参加せず、勝者に手を貸すというメッセージだ。

 まったく食えない男だ。


 それにしても公爵一行を襲わせた者すら一人も帰ってこなかった。

 よほど腕利きの護衛がいるとみえる。

 さすがは公爵だな。

 今も様子を探れんとなれば、考え方を変えねばならんか。


「こんばんは」

「は?」


 唐突にかけられた声に驚いた。

 ここは王宮奥の宮の最深部だぞ?

 おまけに直前まで何の気配もなかった。

 内心の動揺を隠して侵入者に向き合う。


「……知らん顔だな。誰だ」

「僕はケイン。マリーンの婚約者だ」

「マリーン? マリーン・フィルアダムズ公爵令嬢の婚約者?」

「いかにも」


 ケイン……名に心当たりはない。

 しかし公爵が婚約を許可するほどの男なのだろう?

 本当に誰だ?


「たまたまマリーンのとても美しい裸を見ちゃってね。責任を取ってくれと言われたから。大喜びで責任取ります」

「はあ?」


 いや、公爵の言ってた事実とは符合するけれども。

 何故警備の行き届いている奥の宮などに現れる?


「君、アンドレ王子で合ってる?」

「そうだが、身分をわきまえろ。許しも得ずに私の名を呼ぶな」

「弟王子と同じことを言うね」

「は?」


 まさかこいつ、イザードと組んだ暗殺者か?


「……イザードはどうした」

「死体になって自室に転がってるけど」

「は?」


 どういうことだ?

 イザードを殺した?

 じゃあこいつは私の配下になるということか?


「要求を言え」

「要求ではないけれども、君達僕とマリーンの愛の巣であるフィルアダムズ公爵領に、暗殺者や密偵を送り込んでくるだろう? 辛抱堪らんのだよ」

「……」


 君達、か。

 イザードも公爵領を探らんとしていたということだな?

 当然だが。


「僕も気の長い方じゃないんでね。マリーンとの愛を邪魔するやつは勘弁できないんだ」

「衛兵! 不埒者だ! 捕らえろ!」

「案外君はバカだな。衛兵なんて全員寝ているに決まっているだろう。永遠にだ」


 衛兵を全員殺してここまで来たのか?

 何てやつだ!

 どうすればいい?

 考えを搾り出せ!


「……よし、君の実力は認めよう。マリーンとの結婚は王家をもって盛大に祝おうじゃないか」

「それは嬉しいな」

「じゃあ私の味方になってくれるな?」


 口先で丸め込めばいい。

 ケインと言ったか。

 こいつが暗殺者として驚くべき能力を持っていることは疑いないのだから。


「街道でマリーンとマリーンパパママを襲わせたのは君だろう?」

「知らんな」


 何げないケインの決め付けに冷や汗が出た。

 この論理展開はまずい。

 公爵家の調査が進んでバレているのか?

 知らぬ存ぜぬを通せ。


「露骨に動揺してるじゃないか。しらばっくれてもわかるわ。君の弟は本当に知らなかったけどね」

「くっ!」


 鎌をかけただけだったのか。

 証拠があるわけじゃないらしい。


「さっきも言ったけど、僕とマリーンの邪魔をするやつは許さん」

「ま、待て!」

「待たない。僕は気の長い方じゃないと言ったろう?」


 私が最後に感じたのは、首に走る痛みと歪む視界だった……。


          ◇


 ――――――――――マリーン視点。


「遅かったではありませんか」


 王宮の惨劇。

 第一王子アンドレ殿下と第二王子イザード殿下の住まう二つの奥の宮に何者かが侵入し、両殿下をはじめとする多くの者が殺されたという衝撃の事件が起きてから二ヶ月以上も経過しています。

 巷では悪魔が現れたなどと言われていますが、ケイン様の仕業だろうと見当はつきました。

 でも全然帰ってこないものですから、心配してしまいますよ。


「ごめんごめん。お土産を見繕っていてね」

「そんな理由だったのですか」


 呆れてしまいますね。

 でもケイン様らしいなあとも思います。


 ケイン様がいない間に、ドラスティックに物事は動きました。

 元々消極的であった陛下が、両殿下を失ったことで完全にやる気を喪失してしまったのです。

 王を降りると仰っていましたが、王家の直系はアンドレ殿下とイザード殿下だけ。

 信望のあるお父様が推されて王となることになりました。


 王宮に現れた悪魔が正体不明であることから、他の王位継承権保持者から王になりたいという要求が出ることはありませんでしたね。

 王家をお父様と弟が継ぎ、元々の公爵領の方はケイン様とわたくしで継ぐことになりそうです。


「わたくしはすぐにケイン様に帰ってきていただきたかったのに」

「僕も愛するマリーンに会いたかったさ。でも僕は何もマリーンに良くしてあげられないなあと思って」

「ケイン様にいてくださればそれでいいんですのよ」

「嬉しいことを言ってくれるなあ。これ、プレゼントだよ」

「ありがとうございます」


 髪飾りのようですが何でしょう?

 素材がわかりませんね。


「ドラゴンの鱗だよ」

「えっ?」

「ドラゴンを倒してね。一番奇麗な鱗が顎の下に生えてたんで、それを髪飾りに加工してもらったんだ」


 ドラゴンって。

 どこまで出張してたんですか。

 ケイン様飛行魔法覚えてましたから、時間はそれほどかからないのでしょうけど。


「ムリに捻じ込んだ仕事だから、アクセサリーショップも加工に時間がかかっちゃって」

「だから遅くなったのですか。大事にしますね」

「……しまったな。マリーンの髪色にはファイアードラゴンの鱗の方が似合ったか。深く考えずについサンダードラゴンを倒してしまった」


 えっ?

 気軽に言ってますけれども、普通ドラゴンなんか倒せないですからね?

 伝説の英雄レベルですから。


「もう一回ファイアードラゴン狩ってくる」

「いけません! もうケイン様と離れるのは嫌です」

「ああ、何てマリーンは可愛いことを言ってくれるのだろう!」


 ぎゅっと抱きしめられました。

 貴族の娘として生まれて、政略で王家に嫁ぐものと思っていました。

 目一杯愛情を受けるのは幸せですね。


「……僕は以前の人生で、女性に真に愛されることはなかったと思うんだ。多分だけど」

「どうしてでしょうね? ケイン様は素敵ですのに」


 外見も実力も愛情深い性格もです。

 手ひどい失恋をしたらしいとは聞いていますが、本当にわけがわかりません。


「きっとマリーンに出会うためだったんじゃないかと」

「まあ、ケイン様はお上手ですこと」

「誓おう。僕は一生マリーンを愛し、これを違えることはないと」

「わたくしも誓いましょう。一生ケイン様を愛し、これを違えることはないと」


 愛の誓句です。

 もうすっかりケイン様は一般常識を身につけられましたね。

 ケイン様の優しい目が好き。


「結婚はわたくしが成人したら。一年後以降になりますか」

「うん、楽しみだ。いや、婚約期間中が楽しみじゃないわけではないけど」

「まあ、ケイン様ったら」


 笑い合える時間が素敵。

 愛よ、末長く。

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裸に剥かれた公爵令嬢は、記憶喪失の男と婚約する uribou @asobigokoro

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