3
薺は敵意をむき出しにした、獣のような強い目をして、その男の子の笑っている目を睨みつけてやった。
……絶対に負けない。
薺は思った。
絶対に負けてはいけない。ここで負ければ、私は一生、……きっと、もう今までのように自分の足で立っていられなくなる。今のように、誰かの目を、もう二度と正面から見ることができなくなってしまう。
……だから、負けない。
薺は臨戦態勢に入った。
その男の子がなにかを言えば、薺はすぐにでも、その男の子に飛びかかってやろうと思って、隠していた爪を剥き出しにしていた。
「はい。これ」
でも、その男の子は薺の予想を裏切って、優しい声でそう言って、男の子は自分のさしていた黄色い傘を、ずぶ濡れの薺の頭の上に移動させた。
「え?」
薺は言う。
「あげるよ。この傘。僕、家この近くだから、大丈夫」
そう言って、男の子はまたにっこりと笑うと、その黄色い傘を薺のぎゅっと握りしめていた両手の中に(半ば強引に押し付けるようにして、薺の手を開かせて)その傘を握らせた。
「僕、もう行くけどさ……、『一人で大丈夫』?」と男の子は言った。
少しだけ間を置いてから、「……うん。『もう大丈夫』」と、……なんだか、急に(全身の)力が抜けてしまった薺は、ぼんやりとその男の子のことを見つめながら(雨だし、ずっと泣いていたし、もともと視力も良いほうではないし、いろいろと視界が悪かった)小さな声でそう言った。
「そっか。よかった」
男の子はそう言って、また薺を見てにっこりと笑った。
「じゃあ。またね」
そう言って、男の子は薺に言うと、そのまま駆け足で、田んぼのあぜ道を走って、やがて一人で、六月の強い雨の中に消えていってしまった。
薺はそんな男の子の背中が見えなくなるまで、その場所に立って、(男の子にもらった黄色い傘をさして)ずっと、その男の子の走っていく後ろ姿を、ただぼんやりと、……見つめていた。
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