第40話 チャラ男の人気者計画


 葉月健一はづきけんいちは、思考を巡らせていた。


 告白イベントを利用して人気者になる作戦。

 第一段階、見た目を良くする。これは上手くいったと思われる。見た目は良いという評価を小耳に挟んだ。

 第二段階、公開告白。相手が男だったということで、クラス内で話のネタになっている。成功と言っていいだろう。

 第三段階、クラス内で評価を上げる。チャラ男ではなく、人気者としてクラスに受け入れられたい。そこで、1人でいる男子に、片っ端から声をかけて回った。結果、複数のグループができて孤立した。


(いや、孤立してない。話しかければ、輪に入れてくれる)


 逆に言えば、話しかけなければ、輪に入れてくれない。


 葉月は、彼らと話すのに細心の注意をはらっていた。ちょっとした一言で、心に傷を与えかねない。それだけでなく、ギャルっぽい格好をしているから、単純に怖がられる。少なくとも、葉月は怖がる。ギャル怖い。


 緊張させないよう、フレンドリーに。相手を傷つけないよう、悪口を言わない。ツッコミも控えて全肯定。

 葉月の思惑は成功し、いろいろ話してくれるようになった。友達になったと言ってもいい。


 同じ方法で、さらに友達を作った。同じくボッチに話しかけていた日向とも友達になった。クラスのボッチ男子全員と仲良くなり、第三段階は上手くいったはずだった。なのに、葉月はボッチになりかけていた。


「健一。俺、尾田たちと飯食べるけど、一緒にどうだ?」


「あ〜……。わりぃ。今日は、別の奴と食うよ」


「わかった」


 声をかけてくれた友達を見送った。


(あそこに混ざると、孤独を感じるんだよな……)


 葉月はオタクでは無い。動画サイトで面白動画を漁るのが趣味。故に、アニメの話など分からない。一言も喋れずに終わるのだ。


(二人で話すなら良いんだがな……)


 相槌を打てるし、質問もしやすい。これが集団になると、相槌をかき消され、質問をする間もなく話が変わる。話を止めて質問すれば、場がシラケる。葉月は、無言で頷く、声を出して笑うぐらいしか許されない。


(人気者になるはずだったのにな……)


 葉月グループにいたオタクは、尾田のオタクグループに吸収された。同じように、他の人も外部グループに流出。

 まさかグループの中でグループができて分裂するなんて、思いもしなかった。葉月グループに残ったのは、伊藤ぐらいだ。


 ボッチだった男子は、人見知りなだけでボッチ属性ではなかった。仲間を見つけると、パリピのように騒ぎ出す。ただそれだけの話だった。


「健一くん、難しい顔しているね。考え事?」


「ああ。ちょっとな……」


 現実逃避気味に、これまでを振り返っていた。そう、グループ崩壊秘話は現実逃避だ。本題は別のこと。


「実は、氷山ひやまさんに声をかけようと思ってるんだ」


 健一の2つ後ろの席に座る美少女。

 綺麗なロングストレートの黒髪。鋭い目つき。綺麗な鼻筋。

 常に背筋が伸びており、高貴さを感じて近づきづらい印象がある。というか、実際に近づきづらい。

 妙にトゲトゲしく、用も無しに話しかけたら追い返される。


 正直、健一としては話しかけたくない。ギャルより怖い。でも、氷山はボッチなのだ。それだけで、声をかける理由は充分だ。


「でも、氷山さんって話しかけられるの嫌ってなかった?人が嫌がることはしない方がいいよ」


「何言ってんだ。本人が嫌だって言ったのか?」


「それは…………」


 聞いたことない。ただ、追い返しているだけだ。


「決めつけるのも良くないだろ?」


「ごめん。僕が間違っていた。話しかけよう」


「ふっ。そうこなくっちゃな」


 葉月が不敵に笑い、伊藤が真面目顔で頷く。

 

 氷山は、そこにいるだけで圧を与える。一人だけならとても話しかけられない。でも、二人なら話しかけられる。共通目的を持った一体感が、二人の心に勇気の火を灯した。


「ちょっと、いいかしら」


「はっ、はいぃぃぃっ!」


「だだだだ、だい、じょうぶ、だよ!」


 二人に話しかけたのは、話に出ていた氷山。

 不意に声をかけられたのと、突然圧を感じたのと、話を聞かれていた やっちまった感で、声に動揺が現れる。

 その動揺を余さず感じ取った氷山の圧が更に高まり、二人の勇気の火が消えた。


「そんなに怖いなら、話かけないでいいわよ。ハッキリいって迷惑だわ」


「べ、別に怖がってねえよ。いきなり後ろから声かけられたからビックリしたんだよ」


「さっき、考え中に声をかけられてもビックリしなかったのに?」


「友達と学校一の美少女は別だよ!こちとら、女子と話したこともないんだぞ!心の準備をくれよ!」


「ふんっ。男が情けない」


「情けなくて悪かったな!つうか、氷山さん。なんで俺が考え中に声をかけられてビックリしなかったって、分かんだよ。俺のことを見てたのか?」


「私の目の前に居るんだから、嫌でも見るわよ。私の視界に入らないでくれる?」


「それは無理だ。ここは俺の席だからな。席替えの時にでも一番前の席に行くんだな」


「ふんっ。生意気ね」


「それはお互い様だ」


 氷山は、しばらく葉月と睨み合い自分の席に戻った。


「これは、話しかけない方が良さそうだね。ハッキリ迷惑だって言ってたし」


「それは、『怖いなら』だ。怖くないなら話しかけていい」 


「それは屁理屈なんじゃ……」


 確かに屁理屈だが、今の葉月には関係ない。さっきの短いやり取りで気づいたのだ。氷山は意外と怖くないことに。

 ちゃんと会話ができたのだ。いじることばかり考えて会話を成立させる気がないギャルや、話を聞かないカーストトップ勢とは違う。


「伊藤。男にはな、引けない時があるんだ」


「あー……。既視感が……」


 葉月が相川に告白する前に、似たようなことを言ってた気がする。また、あの時みたいに玉砕するのだろう。

 風にたなびくフラグの気配に、伊藤は頭を抱えた。


「じゃ、行ってくる。スマンが伊藤は別の奴と食べてくれ」


「……うん。健闘を祈るよ……」


 負けを悟った声。それに苦笑しながら、葉月は氷山の前に立つ。


「視界に入られると迷惑なのだけれど?」


「はっ!知るか!舐められたままで引けないんだわ!前、座るぞ」


「そこで座る断りをいれたら、虚勢が台無しよ。かわいそう」


「うるせえ!次から、断りなしでお前の膝の上に座るぞ!?ああん!?」


「ふっ。できるもんならやってみなさいよ。ほら」


 氷山が椅子を引いて、自分の膝をポンポン叩く。

 なんとなく「嫌がりそうだから」という理由で言ったのに、誘われた。本当にやる気はなかったが、あからさまに挑発されれば乗らざるをえない。


「チッ。舐めやがって。そ、そんなの余裕だし!」


 虚勢を張って、葉月は氷山の横に移動した。しかし、そこから動けない。クラスメイト女子の膝の上に座るとか、恐怖しかない。きっと、不登校に追い込まれるだろう。いや、退学までいくかもしれない。


「ふっ。やっぱり出来ないのね」


「で、できるし!?余裕だし!?」


 嘲笑う顔を向けられ、葉月は腹を括った。腰を落とし、氷山の膝に座ろうとした時――


「――座ったら、セクハラで訴えるわ」


「――怖っ!?」


 突然の脅迫に、飛び上がり距離をとる。


「ふっ。無様ね」


「うっせえ!座ってみろって言ったくせに、脅すからだろ!卑怯だぞ!あと、前座るぞ!」


「普通、今の流れで座る断りを入れる?」


 氷山は、呆れてため息を吐いた。


「お前って、けっこう表情豊かなんだな」


「何よ、急に……。気持ち悪い」


 氷山は、訝しむ顔をした。


「いや、いつも真顔だからよ、新鮮だなって思ったんだよ。真顔も可愛いけど、笑っている顔も、呆れる顔もいいな。訝しむ顔もいい」


「……気持ち悪い。構ってられないわ」


 氷山は、真顔を取り繕って弁当を食べ始める。


「別に構わなくてもいいぜ。俺が構いに行くからな」


「………………っ!!」


 氷山は、「気持ち悪い!」という言葉と歪みそうな顔を抑え込む。「反応すれば葉月の思うつぼだ」と思ったから。


 その後、葉月が延々と話続け、氷山はことごとく無視し続ける。


 葉月は見事にフラグを回収し、残念な結果に終わるのだった。…………表面上は。

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