第39話 勉強について


 相川悠里あいかわゆうりは、獅童誠しどうまこと日向ひなたこころ の三人でお昼ご飯を食べていた。


「今日の授業、わかりましたか?」


「ぜんぜん、わからなかった」


「私は、ギリギリわかった。覚えていないがな……」


「覚えてないならダメじゃないですか」


 わかってないのと同じだ。覚えなければ、テストで良い点とれないのだから。


 


 入学式から3日。この日、ようやく授業が始まった。


 一日目は、委員会など決めることがあり、授業は無かった。

 二日目は、初めてということで、顔合わせと授業スタイルの説明で終わった。

 そうして、三日目で国語や数学など、毎日あるような教科の授業が始まった。


 


 多くの学生は、授業があるだけでも気分が落ち込むものだ。それは相川達も例外では無いが……それ以上に疲労困憊であった。


「ペースが早すぎます。ノートに書く時間がありません」


 授業が、異常な速さで進んでいく。その原因が、『黒板があるのに、先生が黒板を使わない』から。


 基本的にプロジェクター。簡単な説明だけしてバンバン画面を変えるから、書き写しが難しいのだ。

 

 ちなみに、歴史の授業は先生が音読しながら補足や面白い話を挟む程度で、先生が黒板を見ることすらなかった。

 歴史のことを考えると、国語・数学は黒板を使っている……スクリーンとして。やはり、板書はしない。


 ちなみに、昨日の説明で「ノートに書かないでいいです」と言われている。先生も、ノートに写せないレベルで授業を進めている自覚があるらしい。


「なんでノートに書いてるんだ?『書かなくていい』と言われてるだろ?」


「『ノートに書かないで良いです』って言われたら、書きたくなるじゃないですか?」


「反抗期か何かか?」


 楽なやり方に反抗して、わざわざ辛い道を行く。反抗期と言うよりチャレンジャーだ。


「でも、やらなくていいって言われたら、逆にやりたくなるよね。お店とか友達の手伝いとか、『やらなくていいよ』っていわれたら張り切っちゃうんだ」


 ヒーローに憧れて、活躍したいと無意識に思うようになり、「大丈夫」と言われても干渉する小学生男子のような心境である。


「それは、ありがた迷惑だろ」


「え?そうかな?」


「そうだ。単純に戦力外ということもある。それに、断られたのを無視するのも問題だ。相手の意見も聞いてやれ」


「…………むう。確かに、ちゃんと話はしないといけなかったかも」


 日向がクラスメイトを手伝う時、ちょっと引き気味だったことがある。それを訊ねると「なんでもない」と言われるから気にしていなかったが、ありがた迷惑だったのかもしれない。


「それは今は置いといて、授業どうします?正直、ついて行ける気がしないんですが……」


「同じ授業が3回あるんだ。何とかなるだろう」


 なんでも、一週間に3回聞くと記憶に残りやすいらしい。頻繁に使うなら生きるのに必要な知識だ、って勝手に脳が覚えるとかなんとか……。

 その脳の仕組みを利用するせいで、3回分の授業を1回に詰め込むという鬼進行になった。ちゃんと結果が出のるかは謎である。

 

「1回目は写すのに集中して、2回目は聞くのに集中する。3回目は、覚えるのに集中する。って所ですか?」


「どうしてもノートに書き写したいのか?」


「やらなくていいって言われたら、やりたくなりません?」


「反抗期か?」


 振り出しに戻った。


「あ、言い方、変えます。どのくらい写せるかしたくなりませんか?」


「ふむ……」


「どのくらい写せるか、自分のしたくありませんか?」


「ふむ」


「そして、自分の限界を知って、それをんです」


「うむ」


「やりたくありませんか?」


「やりたい」


 即答だった。


 武闘家として、「挑戦」「実力を試す」「限界を超える」は無視できないワード。心を熱くする魅力的な言葉のオンパレードに、抗う術は無い。


「獅童くんも反抗期なの?」


「ああ。現状の自分への反抗だ」


「それはもう、反抗期ではありません」


 一般的には、親や先生に反抗するのが反抗期だ。間違っても自分ではない。


「というか、よく今の話で反抗期と思いましたね?」


 あきらかに、自分を成長させる内容だったと思われる。


「えっとね、何を言ってるのかよく分からなくてね、獅童くんが『やりたい』って言ったから、何となく反抗期かなって。獅童くん、そういうこと言ってたから」


 つまり、『ノートに書かなくていいです』のくだりの、「やりたくなりません?」「反抗期か?」を参考にしたらしい。


「逆に、そこはわかったんですね」


 会話の難易度的には同列くらいだ。


「うん。2回も聞けばわかるよ」


「そういう問題ですか?」


 日向の思考回路が、ちょっと分からない。

 日向の思考回路は分からないが、どうやら短時間に2回聞けば分かるらしい。


「それより、日向は勉強大丈夫そうか?」


「いや〜……もともと、勉強は苦手で〜……」


「大丈夫じゃなさそうだな」


「じゃあ、テスト前は勉強会ですね。なぜか勉強会には省かれるんで、少しワクワクします」


「え?省かれるの?」


「はい。『ライバルだから』とか、『勉強が頭に入らないから』とか、『俺が勝ったら付き合ってください』とか、変な理由で断られるんです」


 日向の頭の上に、無数のクエッションマークが浮かぶ。最初のは分かったが、残り2つは理解できない。でも、省かれていることだけは分かった。


「そうなんだ。酷いね。じゃあ、私と一緒に勉強会しようか!」


「はい是非!」


「お菓子とゲームを用意しておくね!」


「はい!ありがとうございます!…………ん?」


 ゲーム??


「遊ぶ気満々だな」


「これが〝勉強会あるある〟『勉強会がゲーム会になっていた』ですか。すごく楽しみです」


「お前も、遊ぶ気満々じゃないか」


 子供が二人そろえば遊び始めるのが世の常か。そう達観する獅童だった。


「遊ぶなら、尾田さんと健一くんも誘いたいですね」


 高校に入学してできた友人、オタクの尾田とチャラ男の葉月健一はづきけんいち。イメージ的には、勉強会が必要そうな学力で、勉強会をゲーム会に変えそうな二人だ。


「逆に、伊藤くんは呼べませんね。残念ですが……」


 伊藤牧いとうまき。真面目な性格で、ゲーム会を阻止しようと動く可能性が高い。


「本当に遊ぶ気満々じゃないか」


 伊藤の参加を見送るのは、そういうことである。


「件の尾田さんは……男子と話していますね。オタク友達でしょうか?健一くんは……女子と話してますね。また告白しているのでしょうか?」


 入学式では日向、その翌日には相川に公開告白している。


「告白している割には、随分と長く話しているな」


「口説いている感じでしょうか?」


 一方的に葉月が喋り続け、女子は視界に入れてないとばかりにお弁当を食べ続けている。


「あれは玉砕でしょうね。励ましを考えておきましょう」


「尻軽でなければ彼女を作るぐらい出来るだろうに……。あいつのことは好きになれんな」


「健一くんは獅童さんには告白してないですよ?好きにならなくていいんじゃないですか?」


「やかましい。そういう意味じゃないことぐらい分かっているだろう?」


 獅童は、ニヤニヤする相川を睨んだ。


「獅童くんは、葉月くんのこと嫌いなの?」


「ああ。嫌いだな。嫌味も悪口も言うことなく、好ましい性格だというのに、軽薄な部分が台無しにしている。自分を貶めるような輩は嫌いだ」


「ん?どういうこと?嫌いっていうか、好き?好きだから、嫌いになった?」


「日向さん。これはツンデレって言うんです。口ではああ言ってますが、実際は好きなんですよ。素直になれないだけです」


「やかましい」


 この後、特に反論もできずツンデレ認定される獅童だった。

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