第19話 唐辛子入り雑穀パン

 冬が近づいて来た。Q界隈に防寒着や古着のスキーウエアを売る行商人がやって来た。キッズ達は冬の夜中を厚着して過ごさなければならなかった。俺達の暮らす地方は冬場の早朝に氷点下になる日はほんの数えるだけしかない。クリスマスには大寒波が来るという。県の条例で焚火は禁止されているので、キッズ達は七輪や野外で使える簡易ストーブを取り囲んで暖を取ることになっている。薪の燃えカスも県の条例に従ってバーベキュー用の薪の灰を入れ捨てる袋に入れて、所定の場所に捨てる。俺達は火事に気をつけた。

 キッズ達はキッズ達はそれほど真面目だった。

 ちいさないさな七輪や簡易ストーブだけでは暖は取れない。俺達は少量の焼酎を飲み、そして踊った。踊りの流行はズンバから「ナートゥダンス」というものに変わっていた。脚を激しく動かすインドのダンスで、「RRR」というインド映画の中で使われたらしい。キッズ達はナートゥダンスを踊ってはTikTokに投稿していた。

俺はYouTubeで観たナートゥダンスは、CGで作った映像かせいぜい早送りをしたものとしか考えていなかった。ただ歌は気に入っていた。特に「唐辛子入り雑穀パン」の部分が庶民向いていて好きだ。インド風の薄く焼いた、香辛料と雑穀の入ったナンが想像できる。

 俺にとっての「唐辛子入り雑穀パン」は何だろう? 俺はお袋の味なんて知らないし、食事と言えば一番喰えたのが学校の給食だった。俺に限らずQ界隈のキッズは食事の体験が乏しい。


 正月はどうなるのだろう? 聞くところによると、P町には寺院が多く、大晦日には除夜の鐘の音を聞くために参拝者が大勢集まる。除夜の鐘が終わると初詣を済ませ、そのまま帰宅をする人々も居るが―バスは大晦日から元旦まで臨時運行をしている。中にはP町の安宿に泊まったりQ界隈の店で夜明けまで過ごし、そのまま初日の出を観る参拝者も多いらしい。Q界隈の店は大晦日は朝5時まで営業を続けるが、正月は2日まで、ソープランドもサパークラブも居酒屋も休業になる。

 正月をどこで過ごそうかと俺は悩んでいた。俺は家を出るとき、親父の名刺を持って来たので、後は印鑑があれば保護者の許可書を捏造してP町の安宿に夜間も泊まることは出来る。ただしそれはカネがあればの話だ。

 

 俺と親父は専用のスマホでつながっている。時々俺は親父にメールを送ったりする。俺が無事でいることを知らせるために。親父からは、家出をしたのならよほどのことがない限り、18歳になるまで家に帰るなという返事が来る。

 周囲のキッズ達にそれとなく実家の年末年始の暮らしを訊くと、親が年末年始にも仕事があったり、逆に仕事が全くなかったりするが、正月だからと言って、特別なものを喰ったりしない家が多い。ただしどの家でも父親は酒を吞む。

 家出前は、キッズ達は昼間は街のあちこちをぶらつき、夜も出来るだけ遅くに帰宅し、家族と顔を合わさないようにしていたと言う。どうしても家に帰りたくない者は誰かの家に泊まり込んだりする。あるいは保護者の宿泊同意書を捏造したりもする。

 

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