第109話 変なふたり

「おふたりさん、クリスマスの予定はあるのかしら?」

「空いてるけど?」

「何もない」

「二十五か二十六に去年できなかったクリスマス会リベンジしたいなって思ってるんだけどどう?」


 なるほど、そういうことかと遠藤さんも納得した顔をしている。二十四日は美海ちゃんと過ごす予定なのだろう。



「じゃあ二十六日に私の家でクリスマス会開く?」

「陽菜さんいいんですか!?」

「もちろん。滝沢もね?」

「う、うん……」

 

 断りずらい雰囲気を二人に作られて、今年もクリスマスの予定が埋まる。


 別に嫌なわけじゃないけど、二人はいつも気ままに私の予定を埋めていく。少しは私の意見に耳も傾けてほしいものだ。



「今日、放課後、家で勉強しよ?」

「いいけど」

  

 舞との会話の隙を見て遠藤さんが耳元に近づいてきて小声で囁いてきた。別に声を小さくして言うことでもないのによくわからない人だと思う。いいと言うと遠藤さんは嬉しそうに笑っていた。



 舞と正門で別れて私たちは遠藤さんの家に向かい、いつもの帰り道を歩いていた。あたりまえのように遠藤さんと家に帰ることが今でも不思議で仕方ない。しかし、この日常が続いて欲しいと思う自分がいることがもっと信じられない。


 家に着くと勉強を始める前に遠藤さんがそわそわしていた。


「二十四日か二十五日空いてる?」

 

 空いているけど、空いていない。

 私たちは受験生だ。

 二十六日に舞と遊ぶのなら余計その前の日は勉強しなければいけないと思う。


「空いてない」

「えっ!? なにあるの!?」

「受験勉強」

 

 遠藤さんは目を細めて渋面しぶづらで私の方を見てきたが、何を思いついたのかきらきらな眩しい表情に変わっていた。


  

「じゃあ、私の家でお泊まり勉強会で」


 また、彼女は私の予定を勝手に決める。私の意見をたまには聞いてほしいものだ。

 

「二十六日会うからその時じゃダメなの?」

「だめ、その日がいい」

 

 なぜ遠藤さんがクリスマスに私と居ることにこだわるのかわからない。遠藤さんなら誘える友達が何人もいるのに……。

 

「なんでその日なの?」

「滝沢と一緒にいたいから」

「その日じゃなくてもいいじゃん」

「クリスマスに滝沢と一緒に居たい」

 

 遠藤さんは私だったら恥ずかしくて絶対に言えないようなことをまっすぐと真剣な顔で伝えてくる。それを聞いているこちらが恥ずかしくなってしまう。

 

 

 遠藤さんの誕生日以降、彼女は私に対して絶対に変なことをしなくなった。理由は分からないけど、あったものが無くなるのは寂しいと感じてしまうらしい。そのせいで、普段感じないような思いが溢れてしまう。

 

 遠藤さんに触れたい――。



「じゃあ、今からすることに黙っててくれたらその日一緒に勉強するのいいよ」

 

 そういうと遠藤さんは黙って正座をしてこちらを向いて待っていた。あまりに従順になるのが早すぎると思う。


 私は遠藤さんの横に並んで、遠藤さんの手を取った。遠藤さんの手は温かくて優しくて落ち着くから、こうしていたいと思ってしまう。


 これで満足すると思っていた。

 

 しかし、遠藤さんに触れた瞬間、もっと触れたいという思いが強くなる。

 

 最近の私はおかしいのかもしれない。

 遠藤さんをもっと感じたいと思う。


 彼女の頬に手を添えて距離を縮める。


 あと少し動いてしまえば遠藤さんと唇が触れてしまいそうなところまで近づいて、我に返り遠藤さんと離れた。


 私は理由もなくそういうことをしようとしていた。最近、自分の行動が分からなくなる時がある。


 

「滝沢、私のこと煽ってる?」

 

 遠藤さんが私がさっきしようとしていたことをしようとしてくるので、彼女の口を手で塞いだ。


 

「勝手にそういうことしないで。約束と違う」

 

 そういうと遠藤さんは離れて、しゅんと尻尾を落として元いた場所に戻っていた。


 素直で従順な遠藤さんはかわいい。

 時々、反抗的な態度を取るけど、なんだかんだ私に従ってくれるのだ。


 そんな彼女に免じてお泊り勉強会の提案を受け入れようと思った。

 

「お泊まり勉強会いいよ」

「ほんと?」

「その代わり、起きてる時間はずっと勉強だから」

「えー」

「嫌ならしないけど」

「嫌じゃない。滝沢ちゃんと集中してね?」

「それ遠藤さんに言われるの?」

 

 遠藤さんは何がおもしろいのかわからないけれど、くすくすと声を漏らして笑っていた。そんな彼女を見て自然と私の口角も上がっていたらしい。

 

「滝沢、よく笑うようになったよね」

「遠藤さんがポンコツな顔をしてるからでしょ」

「失礼過ぎない? これでも見た目には気を使ってるんだけど」

 

 どうだ! という顔でそんなことを言ってくる。


 遠藤さんとは最近会話がしっかりできるようになった。前はすぐに終わったり、沈黙が続くことが多かった。別にそれが嫌だったわけじゃないけど、今は今で楽しいと思う。


 

「確かに美人だよね。羨ましいと思うよ」

 

 遠藤さんは目を丸くした後に、私から目を逸らしてぶつぶつと何か言っていた。頬は薄く赤い色が広がり、そんな表情もするんだと感心して見てしまう。

 


「滝沢ってどんな人がタイプなの? 顔とか性格とか」


 遠藤さんの思わぬ質問に頭が痛くなり始める。

 そもそも、人を恋愛的に好きになったことがないからそういった感情には疎いと思う。



「好きになったことないからタイプとかよく分からない」

「じゃあ、強いて言うならかっこいい系とかわいい系どっちが好きなの?」

 

 遠藤さんは声のトーンは明るいのに、顔はやけに真剣で何を考えているか分からない。


「んー、よく分からないけど頼りになる人だといいなとは思う」

 

 一緒にいてハラハラドキドキしてしまう人は私の心が疲れてしまう。疲れるのは嫌なので、それだけの理由でそんなふうに答えた。


 

「滝沢、悩み事とかあったら教えてね。なんでも相談乗るから」

「う、うん?」

 

 急にどうしたのだろう。


 私も最近おかしいが、遠藤さんもかなりおかしいと思う。


 私のおかしいのは遠藤さんのおかしいのが移ったからなのだということにしておこうと思ってその日の勉強会は終了した。

 

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