第97話 隣の席

 窓側から風が差し込むと綺麗な黒髪が揺れる。


 私が見すぎていたせいでその少女はこちらを向いた。


 ――目が合う。


 その漆黒の瞳にいつも吸い込まれそうになるのを頑張って耐えて笑顔を向ける。しかし、彼女が笑顔を向けてくれることはない。滝沢は私と目が合ったことなんてなかったみたいにいつもどおり、黒板に目を向けてしまう。




 滝沢と同じクラスになり、滝沢の隣の席になった。


 神様がいるとするのなら会ってお礼がしたい。


 授業に集中している滝沢の横顔が綺麗で私は授業に集中できなかった。


 

 暑くて長い夏休みが終わったはずなのに、教室には活気がなく、どんよりとした空気だ。まだまだ暑い日が続き、私を含め教室全体のやる気を根こそぎ持って行ってしまう。

 


 そんな中でも最近は受験のために休み時間も勉強するようにしている。今の私の成績では合格ラインギリギリだからだ。この間も模試の結果を見てかなり落ち込んだ。かなり成績は良くなったのだけど、なかなか模試で結果が出せていない。


 暑い中、焦りと不安から冷たい液体が首を流れる。

 


 さっきの授業で滝沢に見とれていたせいで聞き逃したところが分からなくなっていた。


「陽菜、休み時間までえらいねぇ」

 

 舞がいつもの陽気な感じで私の机を覗き込んでくる。

 

「さっき、聞き逃して分からなくなったところあってさ……」

 

 そういうと反応したのは舞ではなく、隣の席の少女だった。


 滝沢が私の座っている席に少し強引に座ってくる。滝沢の腰に押されて私たちは椅子に半分で座ることになった。


 窮屈だし半分はみ出していて不快なはずだけど、その窮屈さがなぜか心地よく右半身は滝沢の熱を感じてどんどん熱くなる。


 

「どこがわからないの?」

 

 滝沢は私の教科書とノートを覗き込んでくる。

 さっき見とれていた顔と距離が近すぎてそれどころではない。夏祭りの時のことも思い出し一気に顔まで暑くなる。


 なんとか平静を保って彼女に話を始めた。



「ここの数式分かりやすいように先生が分解して説明してたんだけど、聞いててもわからなくて……」

 

 本当は滝沢に見とれていて聞いていなかった。なんて言える訳もなく、彼女の前では真面目な振りをしてしまう。そんな真面目ちゃんを演じた私を信じてくれて、滝沢が先生より分かりやすい説明で解説してくれた。


「わかりやすい……」

「それなら良かった」


 全て私の分からなかったところを解消してくれた滝沢は満足したのか私の席から離れた。


 滝沢が居なくなると右半身が急に冷たくなる。滝沢は自分の席に戻らず廊下に出てどこかに行ってしまった。


 


「星空先生さすがですねぇ。陽菜さん授業中、星空先生のこと見すぎですよ。あとリンゴみたいになってますよ」

 

 舞がやたら嬉しい時の声のトーンで話し、ニヤニヤと憎たらしい顔で私を見てきた。

 

 舞は私の滝沢に対する気持ちを知っているのだろうか……彼女が気づいているのか分からないけど私から話したことはない。

 

 いつか、自分の口から舞に話したいとは思っているものの、なかなか話すタイミングを見つけられず今にいたる。


「舞ってどこの大学行きたいとかあるの?」

「実は○○大学受けようかなって考えてるよ」

「えっ!? 私の第一志望の学校と同じだ……」


 舞については今までノータッチ過ぎたのでその事実に驚き、教室の中なのに大きな声を出してしまったことで目立っていたので無意識に体が縮こまる。

 

「ええ! 陽菜もそうなの!? 合格したら最高に楽しいじゃん。大学でもよろしくねぇ」

 

 まだまだ受験すらも先で二人とも合格するかも分からないのに、わーいなんて舞は一人で盛り上がっていた。私も一緒に同じところを目指す人がいることに安心して舞と色々話が盛り上がっていると滝沢が戻ってきた。


「何の話でそんなに盛り上がってるの?」

 滝沢の顔が少しだけ曇っているように見える。

 

「陽菜と私が同じ大学志望だったの! すごくない!? 一人は心細かったから嬉しい!」

 舞が嬉しそうなのに対して滝沢の顔には力が入って目が細くなっていた。


「受かるといいね」

 良いのか悪いのかよく分からないトーンで滝沢がそう話すとタイミングよく次の授業の鐘が鳴る。


 

 滝沢のことをよく見ているし、ある程度のことは彼女の行動を見ていればわかるようになったつもりだが、まだまだ分からないところが多い。


 彼女の口から発せられる言葉と行動がチグハグで何が言いたかったのか何が本心なのかはよく分からない。


 授業に集中しなければいけないのにまた変なところで集中力を欠いてしまう。


 

 そんな自分の尻を叩き、滝沢から貰ったペンケースから筆記用具を出して授業に集中する。


 ペンケースの黒猫は滝沢がさっきしていた顔に似ていて、私を見てくる。




 その顔がかわいくて、愛おしくて、ペンケースの猫をそっと優しく撫でた。

 

 

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