第98話 修学旅行 ⑴

「来週の修学旅行に向けて班決めをしたいと思います――」

 

 今日のホームルームの時間は修学旅行の準備を進めることになっている。


 暑かった夏も徐々に終わりを迎え、セミの声も聞こえなくなってきた。


 三年生の夏休みも沢山のことがあり、あっという間に終わってしまう。隣を見ると今日も学年一美人な女の子が座っている。



「えー、部屋は三人一組、自由行動は五人から七人程度で行動するように。それでは学級委員長を中心に取りまとめよろしく」


 先生は説明を終えると教室の隅に座ってしまった。




「部屋はもちろん私たち三人だよね」

 

 学級委員長が話していいと言っていないのに、舞は教室に響くような声で私たちに話しかける。遠藤さんは珍しく暗い顔をしていた。


 こういうイベントは好きだと思っていたので意外だ。そしてその様子に舞も気づいたようだった。


「陽菜どうしたの? 元気なくない?」

 

 遠藤さんがはっとして急いで私たちに向けて笑顔を作る。


「ごめんぼーっとしてて! 三人で一緒いいね」

 

 舞はその反応を見てほっとしていたが、遠藤さんのその顔はすごく辛いことを我慢する時の顔だ。気になって聞かずにはいられなかった。

 

「遠藤さんどうしたの……?」

 

 私が真剣なトーンで話してしまったからか、遠藤さんから笑顔は消えた。

 

「修学旅行ってあんまり乗り気じゃなくて……」

「えー?! なんで!? めっちゃ楽しいイベントじゃん! 陽菜こういうの好きだと思ってたから意外すぎる」

 

 遠藤さんのその反応に舞は純粋な疑問を投げかけていた。そんな舞の行動が進むにつれて遠藤さんの顔色がどんどん悪くなる。


「――修学旅行って私はいい思い出ない」

 

 そういうと隣の遠藤さんが驚いた顔で私を見ている気がした。

 

「なんでー?」

 

 舞は不思議そうに私を見ている。そして、興味の対象が私に移り少し安心した。


「小学校の時は友達いなかったから一人だったし、中学生の頃は受験期なのにそんな遊んでる暇なんてないと思って、熱出たって嘘ついて行かなかったから」

「そ、そうなんだ……」

 

 私の話のせいでその場の空気は重くなるが、遠藤さんの顔色はさっきより良くなった気がした。

 

「もしかして……今回の修学旅行も勉強のために休むんですか?」

 

 捨てられそうな子犬の目で舞が見てくる。


「高校の修学旅行は行く。舞と遠藤さんいるから……」

 

 自分の言っていることの恥ずかしさに発言した後に気が付き、遅れて顔が熱くなる。こんな気恥しいことを言ったら二人に笑われそうだと思った。


 

 

「なんてかわいい生き物なんだ……」

 

 そんなこと言いつつ、舞が抱きついて来ようとするので肩を手で押して阻止する。

 

「ふふっ、滝沢ってほんとかわいいね」

 

 さっきまで暗かった遠藤さんが微笑んでいた。

 二人とも自分の思った反応と違かったが、遠藤さんが幸せそうならいいかと思った。


 

「問題は自由行動の時ですな……」

 

 舞のその一声に私たちは周りを見渡す。ほとんどみんなグループが決まっている。そんな中、三人の女の子たちが歩み寄ってきた。


「舞ちゃんたちと一緒に自由行動回ってもいいかな?」

 

 金髪で私が一生関わることのなさそうな見た目の女の子が話しかけてくる。

 

「いいよー! ちょうど誰と回ろうかって話してたんだよね」

 

 舞は誰の意見も聞かず了解してしまう。

 金髪でピアスが空いていて、校則に違反しまくりな子が安藤あんどう 彩香あやかさん。

 

 私と最も真逆なタイプだと思う。S極とN極なのかと思うくらい、彼女が近くにいると私はその場から飛んで行きそうだった。

 

「わぁ〜私もこの三人と話してみたかったからすごい嬉しい」

 

 ふわふわと巻いた髪を揺らし、低身長でお姫様みたいなかわいい子が大宮おおみや いずみさん。




「うるさい二人をどうぞよろしくお願いします」

 

 私と十五センチくらいは違うだろうか? 高身長でモデルでもやっていそうな綺麗な雰囲気があり、剣道の大会で数多くの成績を残していると有名な山本やまもと 蘭華らんかさんが二人の頭を抑えてお辞儀をさせていた。




 私の人生は終わった……。

 

 舞と遠藤さんだけでも眩しくて、焼き殺されそうなのに、クラスの一軍女子と修学旅行を回ることになるなんて……。


 やっぱり、修学旅行に行くのやめようかななんて思ってしまう。


 私たちは適当に机を並べて座り、自由行動の時に回る場所を決めることになった。


「観光地巡るのでもいいけど、やっぱりジェットコースター乗るしかないよね!」

 金髪ギャルの安藤さんが調子よくそんなことを言っている。


「ふふ、彩香ほんとに遊園地とか好きね」

 大宮さんが楽しそうに微笑んでいる。


「じゃあ、遊園地で決まりだー!」

 舞が天井に向けてガッツポーズなんか取っている。

 

「遊園地で乗りたいの今のうちに決めておいたら楽しそうだよね」

 遠藤さんは得意の作り笑顔で話していた。前までそれを見ると無性に壊したくなっていたのだが、今は何故か安心する自分がいる。

 私だけに見せてくれる遠藤さんの素の表情はいつからか、私だけが知っていればいいと思うようになった。


 それにしても、このメンツで修学旅行は先が思いやられる。確実に私だけ浮いている。


 そんなことを考えていると山本さんがみんなに聞こえない小さい声で話しかけてきた。


「滝沢さん、乗り物系とか大丈夫? みんなに合わせなくていいんだからね?」

 山本さんは優しいのかそんなことを私に言ってくれた。少し驚いていると山本さんが困った顔をしてしまう。

 

「あれ、滝沢星空さんであってるよね?」

「うん、ごめん、ちょっとビックリして反応できなかった。私は何でも大丈夫だよ。ありがとう」

 そう伝えると山本さんはほっとした様子でみんなの話に戻っていた。


「あー! 蘭華ちゃんずるい! 私も星空ちゃんと仲良くしたいのに!」

 大宮さんが分かりやすくほっぺを膨らまして私と山本さんの間に割って入ってくる。

 

「星空ちゃんほんと頭いいよね! 毎回テストでほぼ満点でしょ? 今度勉強教えて欲しいな」

 きらきらと大宮さんが私を見てくるが眩しくて、直視できなくなり視線を下に向ける。

 

「私でよければいつでも教えるよ」

「――えっ?」

 何故かその言葉に誰よりも早く遠藤さんが反応していた。

 

 私は人との会話が前に比べてスムーズにできるようになったと思う。一年生の頃の私なら今の大宮さんの言葉にしどろもどろして終わってしまっただろう。


「やったー! ありがとう星空ちゃん!」

「じゃあ、親睦を深めることも兼ねて今日の放課後みんなで勉強しようよ」

 一番勉強という言葉が似合わないギャルの安藤さんが提案してきた。


「えー! めっちゃいい!」

 舞もノリノリだ。


 こうなったら遠藤さんとかもノリよくいいよ! なんて言ってそうだ。しかし、予想に反して彼女は嫌そうな顔をしていた。

 

 そういえば今日は遠藤さんと勉強する約束をしていたっけ。まあ、みんなでするから別にいいかなと思った。


「星空ちゃんは今日予定大丈夫?」

「うん」

「やったー! 決まりだー!」

 舞と安藤さんと大宮さんはわちゃわちゃ喜んでいた。



 ***

 

 放課後になると学校の図書館で勉強することになった。

 私の隣には何故か大宮さんと安藤さんが陣取っている。向かいに舞と遠藤さんと山本さんが座っていた。


「星空ちゃん、ここ間違えたんだけどどうすれば間違えないかな?」

 

 大宮さんはかなり人との距離が近い人なのか、私に密着して聞いてくる。横を見ると大宮さんの顔がすぐ近くにあった。まつ毛が長くて目がクリクリで鼻も眉毛も整っている。上品な花の香りがして、すごい色々な人から好かれそうな子だなと思った。

 

 そんなことは置いといて、答案を見てみる。

 彼女の回答は検討ハズレな回答ではなく、しっかりと回答しているけど少し詰めの甘いタイプの回答だった。


「大宮さんのはここまでは解き方あってて、ここからなんだけど、こっちの数式使った方が計算ミス少なくなるよ」

 いつも遠藤さんや美海ちゃんに教える感じで教えてみる。

 

「わぁ! わかりやすいー! ありがとう。あと、泉でいいよ!」

「わかった。泉ちゃんって呼ぶね」

 泉ちゃんは嬉しそうに勉強に戻っていた。

 

「やっぱり学年一番の滝沢さんすげー」

「そうでしょー!」

 安藤さんに何故か舞が自慢げに答えている。


 さっきから遠藤さんはずっと無言だ。

 山本さんは元から無口なタイプそうに見えるが目の前の二人は黙々と勉強を進めていた。


 なんとか勉強親睦会を終えて帰ることになる。


 

 帰りは遠藤さんと家の方向が同じなので必然的に一緒に帰ることになった。


 帰っている時、遠藤さんはずっと無口で顔はびっくりするくらい不機嫌そうだった。そんな遠藤さんはあんまり見たことがなかったので、どうしたらいいか分からなくなってしまう。


 別れ道で遠藤さんがやっと口を開いた。

 

「また明日ね……」


 あまりにも素っ気ないし、その理由も気になる。着いていけば教えてくれるわけではないと思うが、少しでも長く一緒にいればなにか変わるかななんて思った。


 

「家まで送るよ」

「え、いいよ」

「いいから」

 そう言って私は遠藤さんの家の方向へ向かう。


 遠藤さんの家に着くのはあっという間だ。結局なにか話すこともなく、何も遠藤さんのことがわからなかった。

 

「じゃあ、また明日ね」

 今度は私が挨拶をすると遠藤さんはずっと変わらず不機嫌そうだった顔がもっと険しい顔になってこちらを見ている。

 

「やくそく……」

「ん――?」

「今日滝沢と勉強の約束してた……」

「一緒に勉強したじゃん」

 

 何が悪いのかわからないし、私がそう淡々と答えると遠藤さんは酷く悲しい顔をしていた。

 

 なんで……?


 

「二人で勉強するのが私たちの約束だよ――。約束破ったから私の言うこと聞いて」

 

 二人で勉強するのが約束といつ決まったのかも分からないし、なぜ遠藤さんの言うことを聞かなければいけないのかもわからないけど、こうなると遠藤さんは何を言っても納得してくれない。子供のように駄々をこねられる未来が見える。

 こういう時は私が諦めるしかないのだ。

 

「何すればいいの」

 

 あからさまに嫌そうに答えたのに、遠藤さんはそんなのは無視で私の腰に手を回して体を密着させてきた。

 少し動けばぶつかってしまいそうなほど、遠藤さんの綺麗な顔が近くにある。


 

「――キスしたい」

 

 目の前の遠藤さんは困ったような悲しそうなよく分からない表情をしていた。

 

「友達とそんなことしない」

「今までこういうことしてたし、こういうことしても滝沢と私は友達だよ」

 

 そういって私を抱き寄せる腕に力が入っていた。

 

「意味わかんない……」

 

 この状況に何も納得できない。ただ、遠藤さんが悲しそうな顔をするから胸がぎゅっと締め付けられるような思いをしてしまう。


 

「あと、陽菜って呼んで」

「なんで?」

「逆になんで私だけ遠藤さんなの。その呼び方距離感じるから嫌だ。名前で呼んでよ、星空」


 遠藤さんに名前を呼ばれて心臓がぐっと苦しくなる。遠藤さんがくっついてくるせいで体中が熱くなり、この場から逃げ出したい。

 

「名前呼ばないで」

「星空が私のこと名前で呼んでくれるまで呼び続ける。星空、お願い」

 

 遠藤さんは離してくれそうになかった。

 これ以上は私の心臓がもたなそうだ。

 だから私は遠藤さんの要求を呑んだだけだ。

 

 


「陽菜――」


 名前を呼んだ瞬間、唇が塞がれる。


 塞がれただけで終わるわけもなく、遠藤さんの熱く柔らかいものが私の唇をなぞる。私は拒否することだってできるのに、それを受け入れてしまう。


 遠藤さんの熱が私の中で交わり、体がどくどくとおかしい音を立てる。これ以上は良くないと思い、遠藤さんの肩を押すが遠藤さんは離してくれなかった。


 今までにないくらい熱が激しく混ざり合う。

 呼吸が出来なくなり苦しそうにしていたら、遠藤さんが私の下唇を思いっきり噛んできた。



「いたい……」


「滝沢のばか。二人で勉強する約束破ったらまた同じことするから」

 

 遠藤さんは不機嫌そうな顔のまま家に入ってしまった。


 

 誰も居ない帰り道をとぼとぼと歩く。

 唇に指を触れると噛まれたところがじんじんと熱を帯びていた。


 遠藤さんがわからない。


 このまま修学旅行を迎えるのが少し怖くなった。

 

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