第86話 家族会議の準備 ⑶
夜ご飯をあっという間に食べ終わり、四人で遠藤さんのテーブルを囲んでいる。遠藤さんがお湯を沸かして、みんなにお茶を出してくれたので、真夜姉と光莉さんはそれをずずずーと啜っている。
「それじゃあ、話を始めるけど星空ほんとにいいのね? 家のこともあなたの事もさらけ出す話になるけど……陽菜ちゃんには悪いけど聞かれて嫌な話もあるでしょ?」
真夜姉は申し訳なさそうな顔をして私の方を見ていた。
「前も話したけど、遠藤さんには自分のこと話したし、ここで話を聞かれても遠藤さんは誰かに言いふらしたり馬鹿にしたりしないから大丈夫」
自分でそう言いながら、遠藤さんのことをだいぶ信頼できるようになったと思った。正直、最初の頃は遠藤さんのことをもっと適当だったり、ノリで生きているような人間だと思っていた。
しかし、自分のその認識はほとんど間違えていて、遠藤さんはただ周りに合わせるのが得意なだけで、本当は真面目で優しくて意外と弱い一面があるような人だと知った。
ちらりと遠藤さんを見ると驚いた顔をして私を見ていた。それが恥ずかしくて彼女の方を見れなくなってしまう。
真夜姉に話を続けてと言おうと思うと、真夜姉も遠藤さんと同じ驚いた顔をしていて、それが少し面白くて声を出して笑ってしまった。
「なんで今笑うのさ?」
真夜姉が不服そうな顔で言う。
「二人の反応がそっくりでつい……」
なんて笑いながら言ってしまったけど、私ってこんなこと言う人間だったかなと思った。
「とにかく、話を進めようか。急で申し訳ないんだけど、両親に進路について話をするのは来週の土曜日にしようと思ってる」
急な話に驚いて、変な心音が聞こえ始めた。来週までに心の準備ができるだろうか? 来週に両親と話している自分の姿が全然想像できない。そんな私の焦りを無視して真夜姉は話を続ける。
「星空については、行きたい大学が医学部じゃないと言ってあっちがどういう反応になるかわからないのが正直な所なんだ。一応、前に聞いていた話では大学を卒業するまではお金のめんどうは見るって言ってた。それが、医学部前提なのか大学ならどこでもいいのかは分からないけど、私的には星空については大丈夫なんじゃないかなと思ってる」
その話を聞いて、私の考えとズレがなくて良かったと思った。両親はできの悪い私には興味は無いのだ。
ただ、そんな私も一応、二人の子供だ。
さすがにそこまで薄情だとは思わないし、義務教育の終わった今も、生活に困らないくらいのお金は貰っている。
「私もそうだと思う。悔しいけど私だけでは私のしたいことはできないし、親の力は必要になるから自分でちゃんと話したい」
「うん。頑張ろう」
そういうと姉はふーと深呼吸をした。
「問題は私の方なんだよね……」
真夜姉の顔色がどんどん悪くなるのが分かる。今も彼女は一人で背負おうとしているのが伝わり、その事に胸がチクチクと痛んだ。
「私は、父親の病院を継ぐことになってるから今まで面倒を見てもらえたと思っている。だけど、父親の病院は継ぎたくないんだ。もっと大きいところでたくさんの人を助けたいし、難病の勉強もして、一人でも多く救われる人が増えて欲しいと思ってる。綺麗事と思われてもいいけど、どうしてもやりたいことなんだ……」
真夜姉の声が少し震えている気がした。
その気持ちはすごくわかる気がする。
私も学校の先生になりたいと思ってから、色々変わったと思う。本当に自分がしたいと思うことを見つけられた気がした。その事のためなら辛いことも耐えられたりする。
「私は真夜どうなってもずっと応援してるよ」
光莉さんは震える真夜姉さんの手をぎゅっと握っていた。真夜姉はそれで落ち着きを取り戻していたので光莉さんの存在の大きさにはしみじみしてしまう。
「両親は家を継ぐから私に待遇が良かったんだよ。もし、私が家を継がない、星空も医者の道に進まないとしたら、最悪の場合どちらも追い出されると思うんだ……そうなった時にもちろん金銭的な話が問題になる……私は死ぬ気でバイトとかすればいいと思うんだ。ただ、星空は帰れる家が無くなる可能性があるからどうしようかってずっと迷ってた……」
たしかに、今のお小遣いが無くなったとしても困らないが、住む場所が無くなるのは困るかもしれない。
「私も死ぬほど働いて頑張るから大丈夫だよ」
強がりかもしれないが、やれない事はないと思う。バイトを沢山詰め込んで、安い家を借りて、最低限の生活はできると思う。ただ、もしかしたら大学は諦めなければいけないかもしれない……。
「――そしたら、私の家に住めばいいじゃん」
「……は? ……え?」
私の反応に対して遠藤さんが何か間違えてますかみたいな反応をした。真夜姉と光莉さんは納得みたいな感じの顔してるけど訳が分からないのだが……?
「そんなの迷惑すぎるし、絶対無理。それならの垂れ死んだ方がまし」
遠藤さんには嫌われたくない。だから、極力迷惑をかけることはしたくないのだ。
「迷惑でもないし、ルールはある程度決めさせてもらうから大丈夫だよ。私からしたら滝沢が居ても居なくてもやることは今とあまり変わらないから、少しご飯作る量多くなるだけだよ?」
遠藤さんはニッコリと微笑んで話す。
もし、仮にそうだったとしても、やっぱり無理だ。最近、遠藤さんといると自分が自分で無くなる。さっきだって遠藤さんに嫌なことをしてしまった。
今は遠藤さんに幻滅されて離れていかれる方が嫌だと思う。せっかく遠藤さんは大切な人だと認めることが出来たのに、遠藤さんを失うことが怖い。
もちろん、いつかは進路がバラバラになり関わることはなくなるとわかってはいるが、高校生の間くらいは遠藤さんと過ごす時間を減らしたくない。
そんな私の思いのとは裏腹に遠藤さんはニコニコしている。こういう顔をしている時の遠藤さんは絶対譲ってくれない。せめて、真夜姉が迷惑だからそれはやめようくらい言ってくれたっていいのに、真夜姉も光莉さんもニコニコ嬉しそうだ。
みんな、何を考えているだ……
「はぁ……最悪の場合は遠藤さんのこと頼るかもしれないけど、それは最終手段にしておきたい」
「陽菜ちゃんには申し訳ないけど、最悪の場合は星空のことよろしくね」
真夜姉は律儀にそんなことを言っている。
遠藤さんは首を縦に振っていた。
「別に今回の件関係なく、私の家に住んでくれてもいいんだけどな……」
「絶対、住まないから」
小悪魔的な悪い表情をして私を見てくる遠藤さんを睨んだけど、全然そんなの関係ないみたいにニコニコして私の隣に座ってきた。
「近い」
「別にいつもこんくらいの距離で勉強してるじゃん」
「今、勉強してない。真剣な話してる」
「イチャイチャしてるところ申し訳ないけど、話進めていい?」
「イチャイチャしてない!」
真夜姉が意味のわからないことを言うので怒り気味に答えると、頭にぽんぽんと手が乗っかる。
話が進まなくなるので大人しく黙ることにした。
「話はかなり脱線してしまったけど、今のは最悪の場合だからね。まあ、何とか両親に納得してもらって平和に終わるのが一番いいんだけど、頑固親子だからそんな簡単には行かないと思う。何より私に原因が……」
今日の真夜姉は真夜姉らしくない。
どうしたのだろう。
「星空に言わなきゃいけない話がある。光莉と陽菜ちゃんにはたまたま話す機会があったんだけど――」
三人が知っていて私が知らない話? なんだろうと眉間にシワが寄る。
「――私は実はあの二人の実の子供じゃないんだ。養子縁組で戸籍上、二人の子供だけど、実の子では無い。だから、今回の話は余計、親には受け入れ難い話だと思うんだ。私は父親の病院は継ぐ以外に二人には必要とされてない。こんな話、ただ星空を傷つけるだけだってわかってる。ただ、話しておかないと思った。私を殴るなり罵声を浴びさせるなりなんでもしていいから……」
珍しく光莉さんも暗い顔をしている。遠藤さんも下を向いて黙りだ。みんなしてなんでそんな暗くなっているのかわからない。
「知ってたよ――」
「えっ?」「へ?」「ん?」
三人の声が同時に重なる。
「中学生くらいの頃にどっかで見つけた書類に書いてた。私からしたらどうでもよかったというか、その事実があってもなくても、私の両親はあの二人だし、私のお姉ちゃんは真夜姉だけでしょ?」
「だって、星空は実の子で私は二人の実の子じゃないのに私の方が大切にされてて何も思わないの? 恨まれても憎まれてもおかしくないと思うような事実だよ?」
真夜姉が珍しく感情をむき出しで話している。
たしかに、それを知った時辛かったし、なんでだろうと思ったけど、今だから言えることはどんな辛いことも苦しいこともいっぱいあったから今の私がいる。
そして、大切にしたいと思える人に出会えたし、今、その人たちと少しでも楽しい時間が過ごせてる。
私は前より少し人間らしくなったと思う。
だから、今更、真夜姉の言うその事実を恨むことも憎むこともないと思う。
「真夜姉のこと恨んでる時期もあったのは事実だし、羨ましいと思ったこともあるけど、私、今は結構楽しいんだ。生きててよかったと思ってる。だから、今更、真夜姉が憎いとかないよ」
真夜姉とこんな話ができるようになったこと嬉しいと思う。こんなことどころか普通の話すら一生出来ないと思っていたから尚更、私がこうなれた理由の目の前に少女には感謝しかない。
「真夜姉、何とかなるように一緒に頑張ろうよ。今の私が真夜姉に言いたいことはそれだけかな」
少し恥ずかしくなり下を見る。ちゃんと自分の思っていることが真夜姉に伝わっただろうか。
真夜姉が知らない間に私に抱きついてきていて、彼女の体が震えているのがわかった。
「ごめんね、星空。――ありがとう。一緒に頑張ろ」
肩の辺りに冷たいものが落ちる。真夜姉が体を震わせて泣いているのがわかる。それは家族に亀裂が入って私を泣き止ませるときの姉と似ているようで全然違う姉だ。強がっていない姉で弱々しくて安心した。
真夜姉にも辛いことや弱いところがあって、完璧ではなくて私を少しでも頼ってくれたことが嬉しかった。
来週の土曜日、一番心強い味方とともに私たちの将来について両親と決着をつける覚悟ができたる日になった。
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