第74話 体育祭 ⑴

 五月の中旬


 高校生活の中で一番を争うくらい苦手なイベントがある。


 体育祭……。



「はぁ……」

「滝沢、そんな大きなため息ついてどうしたの?」


 隣の遠藤さんが心配そうに見つめてくる。

 

「体育祭やだなーって」


 次の時間は丸一時間ホームルームの時間で、体育祭の種目を決める時間になっている。



「なんで! みんなで楽しもうよー!」


 舞は嬉しそうにはしゃいでいる。舞は好きそうなイベントだ。



「二人はなんの種目希望なの?」


 二人なら運動神経がいいからなんの種目でも上位を取ってきそうだ。そんな二人は何に出るのだろうと少し興味があって聞いてみた。



「私は障害物競走に出れればいいかなー!」


 舞がそう答えるのは意外だった。リレーとかの方が好きそうだし、向いてそうだ。



「私はなんでもいいかな。毎年、余ったのに出てた」

 人に合わせるのが上手な遠藤さんらしい回答だ。出たいものに出ればいいのにと思う。



「星空は? 出たいのある?」

「舞さん、私にそれ聞くとか意地悪でしょ」

「あははー。でも、パン食い競走とかどうよ!」


 それは私が唯一、出てもいいかもしれないと思っていた競技だった。


 菓子パンは結構好きなのだ。

 食事に対してあまり興味がなかった時でも、菓子パンだけはおいしく食べれた。



「パン食い競走とか滝沢らしいね」


 ふふっと遠藤さんが馬鹿にした感じで笑っている。



「遠藤さんむかつく」

「なんでよ! 舞も同じこと言ってたじゃん」

「なんとなくむかつく……」

「はいはい、イチャイチャしないの」

「してない!」「してない」


 遠藤さんと声がハモってしまった。

 なんで三人でいるとこうも自分のペースが乱されるのだろう。


「ほんと仲良いよね二人とも」


 舞は私たちの頭をポンポンと撫でてニヤニヤしている。


 最近、遠藤さんと同じく舞にも幼稚扱いされるようになった。完全に遠藤さんのせいだと思い、遠藤さんをしばらく睨みつけてしまった。


 遠藤さんは私を見て、ぎょっとした顔をした後に少し反省している顔をしている気がした。




 体育祭の種目は、代表リレー、バケツリレー、二人三脚、パン食い競走、障害物競走、玉入れ、ムカデリレー、クラス全員で仮装をしてリレーをする仮装リレーになる。


 全員強制参加の仮装リレーを含めて、一人二、三種目出なければいけない。


 結局、私は仮装リレーとパン食い競走に出ることになった。菓子パンが食べれるならいいかと思い、今年の体育祭は少しだけ楽しみになる。


 舞は障害物競走、二人三脚、仮装リレー。遠藤さんは代表リレー、二人三脚、仮装リレーとなった。


 遠藤さんと舞が二人で二人三脚に出るらしい。別に何もおかしいことはないし、普通の事だが胸がザワザワした気がした。


 

 私がパン食い競走に出ることになったからか遠藤さんがずっとにやにやしている。


 ほっぺがちぎれるまで引っ張ってやろうかと思ったが、そういうことをしていると舞にまたからかわれそうなので、無視することにした。




 放課後、私と遠藤さんはいつも通り一緒に勉強をする。


「はぁ」

「そんなに体育祭いやなの?」

「嫌に決まってるよ。なんの種目出ても目立つじゃん」


 私は運動神経がいいとは言えないが悪いとも言えない中途半端な運動能力だ。しかも、パンが食べたいだけでパン食い競走に出るというのは間違えていたかもしれない。


 多分、かなり目立つ種目だ。


 予想通り、私の言葉を聞いて遠藤さんが笑っている。

 

「パン食い競走ってめっちゃ目立つじゃん。でも体育の時思ったけど、滝沢って思ったより足早いよね」


 遠藤さんはすごい失礼なこと私に投げかけてきた。

 

「うるさい。遠藤さんは運動得意だからいいよね」

「私も体育祭苦手だよ」

「えっ?」


 私はてっきり運動神経がいいから好きなのかと思ってた。



「なんで?」

「だってさ、バスケ部ってだけで運動神経いいって勝手に思われるんだもん。三年生は特に優勝目指してどこのクラスも頑張るじゃん?変に期待されて、点数高い種目に配置されがちなのがちょっと重圧だったりするよ」


 遠藤さんはあははなんて笑っているが、本当は辛いのかもしれない。


 私もクラスの人達と同じだ。


 遠藤さんが勝手に運動ができるから体育祭が楽しいと思い込んで、それを押し付けていた。



「勝手に体育祭好きだと思い込んでた」


 私は心から申し訳ない気持ちが込み上げた。


 彼女の気持ちも知らないで勝手に思い込みで話を進めてしまったことに深く反省する。


 私が暗い様子だったからか遠藤さんが気を使った言葉をかけてくれた。


「気にしなくていいんだよ」


 遠藤さんは無理をした顔でそう答える。

 その顔は嫌いなので、遠藤さんの頬を引っ張ることにした。

 


「たきさわーほっぺとれるー」

「じゃあ、そういう作り笑顔やめて」

「ごめん癖で」


 反省していそうなので私はほっぺを離した。


 そしたらなぜか、今度は遠藤さんが私のほっぺを引っ張ってくる。


 痛い……。


「遠藤さんいたい」

「おかえし。滝沢のほっぺってスベスベでやわらかいよね」


 そのまま引っ張られていた頬に遠藤さんがキスをする。ゴールデンウィーク中の出来事を思い出し、顔が熱くなった。



「そういうことしないでキス魔。変態」

「キス魔とは失礼だな」

「だって事実」

「じゃあ、控える」


 遠藤さんは怒られた時の犬みたいにしゅんとしていた。付いているはずのない尻尾が下がっているように見える。



「それより勉強しよう」


 さっきまで悲しそうだった遠藤さんは何事も無かったかのように勉強に戻っていた。


 最近、遠藤さんとはずっとこんな感じだ。


 彼女は何を考えているのか全く分からない。



 体育祭は色々と不安なまま本番を迎えることになった。

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