第72話 談話 ⑶


 話は少し前に遡る。



 お風呂から上がると真夜さんと光莉さんが私をじーっと見ていた。まあ想像はできていたので、聞かれた質問に答えるつもりですという気持ちでいる。



「陽菜ちゃん星空ちゃんのことどう思ってるの?」


 光莉さんが真剣な顔で聞いてくる。


「どう思ってるとは?」


 今更、無駄な抵抗だと思いつつも抵抗してみた。


「星空ちゃんのこと恋愛的に好きかどうか聞いてる」

「好きですよ、片想いです」


 自分で言っていて苦しくなる。きっとこの恋は実らない。


「なんで、告白とかしないんだい?」

「告白して、今の関係が崩れるのが怖いからです」

「それじゃあ、陽菜ちゃんがずっと辛いだけじゃない?」


 光莉さんに痛いところを突かれて、心臓がドクドクと音を立てる。


「辛いですよ。滝沢の気持ちもわからないし、なのにしてることは友達以上なことですし……。ただ、自分の気持ちを伝えてこの関係が終わるよりはいいかなって、私が少し我慢すれば、滝沢はちょっとのわがまま許してくれるので」


 そう言ってにっこりと笑う。しかし、二人の方が辛そうな顔をして私のことを見ていた。



「星空、鈍感過ぎるし、たぶん星空は星空で大切な人を作るとか怖いんだと思う」


 真夜さんが申し訳なそうな顔で答える。


「それも分かってます。好きな人も大切な人も作らないって言われました。だから、最初から希望なんてゼロに近いんです」

「じゃあなんで——」


 光莉さんが私よりも辛そうに聞いてきた。

 なんでなんてそんなの決まっている。


 

「滝沢の友達になれるよう頑張りました。自分の気持ちに蓋をしようとも……ただ、気持ちに蓋をすることもできなかったんですよ。おふたりならわかると思いますが、好きなんて気持ちは自分ではどうしようもないんです」

 

 胸がじくじくと痛む。

 もう、自分ではコントロール出来ない気持ちになってしまった。


 それくらい私の中で滝沢星空という存在は大きくなり、取り除くことの出来ない病のようになっている。

 その病は私の心をどんどん蝕んでいく。


 

「ただ、諦めたわけじゃないですから! 滝沢がその怖さとか自分で決めてることを超えるくらい私のことを好きにさせればいいんだって」


 辛い気持ちを押し殺し、私はにっこりと笑う。


「私たちの前でくらいその顔辞めたら」


 真夜さんがそう言って私のほっぺを横に引っ張った。



「その顔したら星空にすぐ嘘ついてるってバレるよ」

「そうですね」


 優しく真夜さんに頭を撫でられて、我慢したものが溢れ出す。ぽろぽろと床に落ちるそれは私の滝沢に感じる気持ちのように溢れて止められなくなってしまった。


 光莉さんと真夜さんに優しく抱きしめられた。


 私は子供かなんかだと思われているのだろうか。



「星空、陽菜ちゃんのこと嫌いとかそういう訳では無いんだよ。ただ、怖いだけなんだと思う。むしろ陽菜ちゃんは誰よりも特別なんだと思う」

 真夜さんがそう言いながら頭を撫でてくれた。


「そうだったとしても辛いです。滝沢、めっちゃモテるんですよ。頭ではわかってても不安にはなります」

「あああ、私まで辛くなってきた!」


 光莉さんはそう言って私の胸に飛び込んできて笑顔でいる。


 

「四人でいつかダブルデートしようね」

「だ、だぶるでーと……」


 今の私からしたらハードルが高すぎて全然考えられない。

 真夜さん、光莉さん、滝沢、私。


 すごい絵面だな……。


 そもそも滝沢と付き合ってデートすらできるかすら分からない。

 


「あはは、それは楽しそうですね、その未来が現実になるように頑張りますね」


 精一杯の笑顔で答える。


「何かあったらいつでも頼ってね。先輩としてたくさんアドバイスできることあるからさ」


 えっへんと胸を張っている。

 二人のサポートに少し心が救われた。

 

「そろそろ滝沢戻ってきそうなのでこの話題辞めてもいいですか?」

 そういって三人で違う話しをすることになった。



 自分の中に抱えていたものが少し軽くなった。自分の好きな人のことを話せる相手が居るか居ないかで全然気持ちが違う。


 二人には感謝しかない。






 滝沢が戻ってくると、私のことを見つめてくる。滝沢の顔を見るだけで胸がとくとくと音を鳴らし、私に教えてくるのだ。



 二人と話していたために乾かせなかった髪を滝沢が乾かしてくれると言った。そんな珍しいこともあるんだと滝沢の優しさに甘えこの時間が続けばいいと思った。



 髪を乾かし終わると、何を質問されていたか聞かれる。誤魔化そうとしたが、滝沢にはすぐに嘘をついているとバレてしまった。


 私がわかりやすいのか、滝沢家が鋭いのか真夜さんにも嘘を見抜かれた。


 今は答えられないけど、いつか話せたらいいと思う。


 好きって思った時に好きと伝えられる関係になりたい。



 今日は滝沢の隣で寝たかった。

 しかし、滝沢と一緒に寝ようと誘うと拒否られる。

 

 私が変なことをするかららしい。


 たしかに、滝沢にくっつきたくて変なことをしてしまう。やっぱりああいうことは滝沢にとっては嫌なことなのだろうか。


 滝沢に拒否られることが嫌だった。


 好きと気持ちが伝えられなくてもいい。


 ただ、滝沢に嫌だと思われるのはつらい。


 だけど、滝沢と一緒に寝たい。



「やだ……」


 つい本音が漏れてしまう。自分がどんな顔をしているかも分からない。


「滝沢と寝るとさすごい落ち着く。朝起きて滝沢が目の前にいると生きててよかったなって思う。気持ち悪いと思われてもいいけど全部ほんとのことだから。滝沢が私と寝ると嫌な気持ちなるなら諦める」


 自分で言ってて自分の言っていることが気持ち悪いと思う。ただ、ちゃんと本音を伝えると滝沢は私を拒否しなくなった。



 横になって目の前に居る滝沢の口が開く。


「私も二人に質問攻めされた」


 滝沢は何を質問されたのだろう。気になって聞いてみたら、滝沢が真剣な顔で答えてくれた。

 


「どういう気持ちでこういうことするのかって」


 そういって滝沢が私に覆い被さるようにキスを落としてきた。


 しかも一回じゃない。何回も何回も、確かめられるようなキスをされる。


 される度に心臓が跳ね上がりそうになる。腕が抑えられてて、抵抗できない。


 抵抗する気もないからなのか、滝沢にそうされることが嬉しいからなのか体に力が入らない。

 

 どういう気持ちで滝沢は今キスをしているの?


 滝沢の顔を見てもわからない。

 分かるのは私の心臓の音だけだ。


 滝沢に手を握られる。


 なんでそんな大切そうにするの。


 これでも友達なの——。

 


 私の辛い気持ちとは裏腹に滝沢の体温が心地よくなる。


 滝沢の熱が私に流れ込む。


 滝沢の口から私の口にうつる熱を拒否することだってできるのに、私は全てを受け入れてしまう。

 


 滝沢の肩をギュッと掴むと目が合う。


 滝沢に伝わるのではないかと思うくらい心音が早くなる。



 さっき、滝沢に少しずつ好きになってもらうと決意したばかりなのに、その決意が既に揺らぎそうだった。



 すきだと言ってしまいたい。


 滝沢はどんな反応をするんだろう。


 嘘でしょと信じてくれないのだろうか、それともその気持ちには応えられないと言われるのだろうか。


 どちらにせよ、今は私の好きに対して滝沢が好きと返してくれることは無いと思う。



 苦しい…………。


 心が悲鳴をあげている気がした。


 このまま好きと伝えずに居たらどうなる?


 わからない。


 けど、今日はこの流れに身を任せてこのまま滝沢に触れていて欲しいし、滝沢に触れたい。


 お互い知らないところを知りたい。


 好き同士でないとできないことをしたい。


 良くない感情が溢れ出すのを抑えて滝沢の名前を呼んで彼女を止めた。



 滝沢が我に返った顔をしていた。


 それに対して私は酷いと思う。


 心は乱れ、体は動かし方が分からなくなっていた。そんな私に追い打ちをかけるように滝沢が声をかける。


「自分の感情が分からないから分かるまで確かめようと思った」



 それって?


 何度も期待する気持ちを抑えていつも通りの声で話しかける。

 

「滝沢が変なことしないでって言ったんだよ」

「そうだね、もう寝る」

 

 そう言って滝沢は反対側を向いて寝てしまった。


 ほんとならくっついて寝たい。

 滝沢の体温が恋しい。


 ただ、さっき変なことしないって約束したから我慢するしかない。


 少しくらいなら……そう思い手を伸ばそうとすると滝沢がこっちを見た。滝沢が苦しそうな顔をしていた。


 どうして?


 今日は滝沢の感情がひとつも分からない。

 


 考えている滝沢に抱き寄せられ、耳にギリギリとした痛みを感じてつい声が出てしまう。


「——滝沢痛い」


 滝沢はかなりの力で噛んでいる。


 耳がちぎれてしまいそうな勢いで噛んでいると思う。普通なら押し退けてでも滝沢を辞めさせるべきだ。


 でも、この痛みがずっと体に残ればいいとも思った。滝沢が付けた傷なら私にとっては宝物になる。


 そんなの狂ってると言われるかもしれないけど、それくらい滝沢という人間は私を侵している。

 


 滝沢の恋人になりたい。

 


 私はいつからこんなに欲深い人間になったのだろう。人間関係は適当にやりすごして、みんなから嫌われなければいいと思っていた。


 でも今は違う。


 誰から嫌われてもいいから、滝沢だけには好かれていたい。

 



「陽菜、ずっと一緒に居てよ……」



 自分の耳を疑いたくなる言葉が聞こえる。


 今なんて?

 それはほんと?

 なんで?

 初めて名前で呼ばれた?

 聞き返したい、なんでそう言ってくれたのか?

 なんで私なの?

 私以外でもいいの?

 なんで?


 もう一度言って欲しい。


 ただ、どれも言ってしまえば今のは無かったことにしてと言われてしまいそうで怖くて聞けなかった。


 ただ、ずっと一緒に居てという言葉だけが頭に残って滝沢の腕の中で眠りに落ちた。


 




 ***


 朝になると目の前に滝沢がいる。


 昨日言われたことを思い出して顔が熱くなる。滝沢はどういう気持ちであんなことを言ったのだろう。


 あんなこと言われたらいやでも期待してしまう。滝沢に下の名前で呼ばれ、心臓が自分のものでなくなった感覚に陥った。


 誰に呼ばれる名前よりも嬉しくなり、私の名前が特別に感じる。


 まだ一回しか呼ばれたことがないけれどそれでも嬉しいし、忘れられない。私は滝沢のことを下の名前で呼んだことがない。


星空そら……」


 恥ずかしくなって寝ている滝沢を抱きしめる。滝沢はまだ起きそうにない。


 滝沢の名前は漢字の意味の持つ通り綺麗な名前だ。この名前が沢山呼べるようになるといいな。


 そんな未来が訪れるように、私は今を一歩ずつ進んでいくと決意した。

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