第67話 平和な日常

 授業終了のチャイムが鳴る。

 なった瞬間、斜め後ろから大きい声が聞こえた。


「わーい! お昼だ!」


 舞はさっそく教科書の散らばったままの机に、弁当を広げている。


「毎時間なにか食べてない? あと、まずは片付けなよ」


 遠藤さんが笑いながら片付けをしてくれている。舞のお母さんみたいだ。そんな様子を見ている私も舞の席に椅子を動かし、買ってきたパンを食べる。



 遠藤さんは私たちと行動するようになった。


 二年生の頃にクラスが一緒だった朱里さんや奈緒さんはクラスが違くなり、最初の頃は遠藤さんに会いに来てたが最近は来なくなった。


 クラスが変わればそんなものだ。


 ただ、遠藤さんが友達のクラスに行ってご飯を食べるのではなく、ここに居てくれてなんとなく良かったと思う。



 最近の遠藤さんは、やたら楽しそうだ。

 いつもニコニコしている。

 それは朱里さんや奈緒さんと一緒に居た時にしていた顔ではなく、心から嬉しそうな顔だった。



 それが毎日見れて嬉しいと思いつつ、遠藤さんの素直な表情がみんなに知られるのはなぜか少し嫌だと思う。



「星空ー? 大丈夫? ぼーっとし過ぎだよ?」

 舞が私の顔を心配そうに覗き込む。



「大丈夫。パンおいしすぎて感動してた」

「それは絶対嘘、一口も食べてないじゃん」

「あはは」


 ほんとに何を言っているんだ私は……。


 遠藤さんのことを考えていると自分でもびっくりするくらい自分が馬鹿になる。気を引き締めないとと思い、現実に意識を集中させる。



「明日から滝沢の弁当毎日作ろうか?」

「え?」

 私ではなく舞が反応していた。



「滝沢、毎日コンビニのおにぎりとかパンばっかり。添加物多いんだよそれ。体に悪いから私が作ろうかって話」


 遠藤さんのその話に食いついたのは、またしても舞だった。


「陽菜ママになってる。それなら私にも作ってよ!」

「いやだよ」

「星空ばっかりずるいー、陽菜ママ、私にも作って!」

「あんたは毎日おいしい弁当持ってきてるじゃん」

「たまには違う味が食べたいのですよ」


 二人がそんなこと言ってじゃれている。二人が絡んでいるのを見ると、飼い主にしか懐かない大型犬とそれをいじる小型犬がじゃれているようにしか見えない。


 それがいつも少し微笑ましくて、そのままにしておくのだけどたまに本気の喧嘩になりだしたりするからめんどうな時もある。


 遠藤さんのお弁当を食べたいけど、遠藤さんの迷惑になることが分かるので本音は言わないでおこう。


 二人のじゃれあいを放置していると、クラスの子が近づいてきた。


「滝沢さんのこと呼んでる子居るよ」


 そう声をかけられて廊下を見ると、制服が少し大きくてきょろきょろと不安そうな、かわいらしい少女が居た。



「星空、なにあの小動物みたいなかわいい子! わちゃわちゃしたい」

「変なこと言わないの、少し待ってて」

 そう言って席を離れる。



「美羽ちゃんどうしたの?」

「せっかく、星空先生と同じ高校になれたので会いに来ました!」


 ああ、なんてかわいい子なんだ。

 素直すぎて癒される。


「これ、作ったのでもし良ければ食べてください。あと、今日の放課後、勉強よろしくお願いします!」


 美羽ちゃんからクッキーが渡された。

 おいしそうなクッキーだ。わざわざこんなことをしなくてもいいのにと思いつつ、お礼を言う。


「ありがとう、放課後、家行くからよろしくね。あ、そう言えば美羽ちゃんは部活なに部にするの?」

「中学生の頃バスケやってたのでバスケ部希望なんですけど、昨日、見学行ったら先輩たちチャラくてギラギラしてて怖かったので迷ってます……」


 ああ……私、その人たちに心当たりあります……。


 なんて言えないが、好きな部活に入れるよう在り来りな回答をする。



「そっかそっか、私は部活入ってないから羨ましいな。頑張ってね」

「はい!」

 美羽ちゃんは満足そうにその場を離れた。




「星空おかえりー、友達?」

「ううん。家庭教師バイトの生徒の子」

「え! 星空バイトしてるの?」

「一応ね」


 私は来年大学に行く予定だ。しかし、両親の望む医学部ではなく、教育学部を目指したいと思っている。何かあっても、大学に行けるように今から準備しようと姉がアルバイトを用意してくれた。



「その手にあるのは?」

「なんかその子が作ったから食べてって」

「星空ってさ、意外とモテるんだよね。貢がれるタイプだ」

「何言ってんの」

 私は舞が訳の分からないことを言うので、ほっぺをつねった。


「痛い! 酷い! 暴力反対!」

 そう言って舞が騒いでいるが、さっきから遠藤さんがやたら静かだ。

 顔を見ると少し悲しそう?な顔をしていた。

 

 



 放課後、遠藤さんと舞は部活は無いが自主練に行った。三年生最後の大会が六月にあるので練習に力が入っているそうだ。

 私は家庭教師のバイトがあるので美羽ちゃんの家に向かうことにした。






「星空先生、一緒にいた茶髪ロングの人って仲良いんですか?」

「うーん、普通かな」


 美羽ちゃんの言う茶髪ロングの人とは遠藤さんのことだと思う。


「じゃあ、その人のこと好きですか?」

「普通かな」


 美羽ちゃんがなんでこんなことを聞くのか分からない。わからないけど、かわいい生徒の質問を無視する訳にもいかないのだ。



「茶髪の人、たぶん星空先生のこと好きですよ」


 んー確かに遠藤さんは懐いてくれてるし、この間友達になってって言ったらすんなり受け入れてくれたから私のことを嫌いでは無いのだと思う。



「そうだね」


 その回答に納得しないといった表情をして美羽ちゃんはこっちを見ている。



「星空先生は好きな人とかいるんですか?」


 人間というものはなぜそんなに人の好きな人を知りたがるのだろう。

 舞も遠藤さんも姉も光莉さんにも聞かれた。


「いないよ。ほら勉強集中!」

 そう言うと美海ちゃんはしぶしぶ勉強に集中し始めた。


 時間はあっという間で、家庭教師の時間が終わる。



「星空先生、今日みたいにまた教室行ってもいいですか?」

「来てもいいけど、ものとかはいらないからね。それ守れるならいいよ」


 三年生の教室に来るって結構勇気がいるはずなんだけどすごいなと思う。今日も無事バイトが終わり、いつもの道を歩く。



 家に帰る途中、なんとなく公園に寄りたくなった。


 昔と何も変わらない公園。


 あのベンチで体を震わせている遠藤さんが居たな——。

 あの時、なんで声をかけたのかちゃんと覚えていないけど、あそこが今の私達の始まりだったと思うと、この場所が少しだけ大切な場所に思える。


「はぁ……大切な場所はいらない」


 そう、いつかこの公園だってなくなるかもしれない。

 そうなった時にきっと悲しくなるだろう。

 少なからず心が痛む。

 それを避けるために大切なものは作らないと決めてきた。


 しかし、大切でないとどう否定しても、遠藤さんと私はここで出会い、今もその事実だけは揺るがない。この公園が無ければ彼女とは出会えなかったかもしれないと思うと、私の中でこの公園は大切な公園であり続ける。



 こうやってたまに寄って、大切じゃないと思える日が来ないかななんて思う。


 いや、今も大切に思えるのかと再確認しているの方が正しいかもしれない。



 この公園が大切じゃないと思うことを諦めて家に足を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る