第50話 冬が訪れる ⑸

 舞に余計なことを言わなければよかった。


 多分あれを言わなければ、私は滝沢と二人でクリスマスを過ごせていただろう。



 邪魔するなという牽制けんせいの意味で言ったのがミスだった。


 当たり前だ。

 舞からしたらどっちも知り合いなのだから、行かない理由がない。



 授業中に大きなため息をつく。


 外を見ると空がきれいだった。


 気分が沈んでいるときは滝沢に会いたくなる。

 


 今日どうせ私の家に来るんだから、滝沢と一緒に帰ろうと思って連絡をした。


 滝沢は案外すんなりと受け入れてくれて、いつも一人で歩く道をいつもの三倍遅いスピードで歩き、三倍の楽しさを味わう。



 真夜さんと光莉さんが来るまで時間があるので、滝沢に勉強を教えてもらうことにした。


 やっぱり滝沢の教え方は分かりやすいし、丁寧だ。私は担任の先生にも驚かれるほど成績が伸びている。行きたい大学とかそういったところは無いけれど、成績が伸びるのはシンプルに嬉しい。



「もうそろそろ真夜さんたち来るし、終わりにしようか。今日は何をすればいい?」


 勉強を教えてもらったのだから私は何か滝沢のオーダーに答えなければならない。私が今日の注文を聞くと滝沢は難しい顔をしていた。




「首に付けたい」


 そう言って滝沢は私の首筋を指でなぞる。


 それはさすがに困る……


 誰も滝沢がつけたなんて思わないし、彼氏が居るのだ何だ聞かれるのは面倒だ。



「それはだめ。他に何かないの?」

「じゃあいい」


 そう言って滝沢はそっぽ向いてしまった。


 タイミングよく真夜さんたちが来てしまう。

 二人は沢山食べ物を買ってきたようで両手に袋を持っていた。


「じゃあ、今日は真夜が頑張っちゃうよぉ」

 光莉さんが調子よくそんなことを言う。


「今日は親子丼にしようと思ってたんだけど嫌いな人いる?」


「私も親子丼作ります」


 真夜さんの質問に対して私が真面目な顔でそんなことを言うと、みんなキョトンという顔をした。



「滝沢と光莉さんが審査員で、どっちの親子丼がおいしいか勝負しましょう」


 真夜さんの方を真っ直ぐ見つめる。自分でもこんなことするのはおかしいと思う。ただ、真夜さんに負けたくないし、滝沢に真夜さんのよりおいしいと言って欲しい。この戦いは負けられない。


「それ面白そうだね。いいよ陽菜ちゃん勝負しよう」


 真夜さんの同意があり、私たちは料理を始めた。


 真夜さんはすごく手際が良くて、この人にできないことは無いのかと呆れてしまう。真夜さんに気を取られている場合ではないと、私も料理に集中する。


 一人一人に小さい丼二つを置いて、食べ比べをしてもらうことになった。



 滝沢と光莉さんが交互に私たちの料理を口に運ぶ。滝沢が私の料理を食べているのを見ると、緊張で締め付けられた胸がより苦しくなる。


 光莉さんはおいしいおいしいなんて言って食べているが、滝沢はずっと無言だった。


 私達もそれぞれの親子丼を食べる。

 真夜さんのを食べてびっくりした。


 それはお店で食べるのなんかより遥かにおいしい。


 隠し味は何かと聞きたくなるレベルで箸が止まらなくなり、真夜さんを見るとドヤ顔している。


 それに比べて、私のは至って平凡だ。不味くはないが、とびきりおいしい訳でもない。真夜さんが嬉しそうに審査員の二人に結果を聞いていた。


「私はやっぱり真夜かな! これ何入ってるの!」


 そんなこと言って光莉さんはニコニコしている。一方、滝沢はずっと俯いたままこちらを見ない。



「星空はどっちがおいしかったの?」


 真夜さんが滝沢に質問したその瞬間、滝沢がテーブルから勢いよく立ってドンッという音がする。


「こういうことは嫌い。お風呂入ってくる。二人ともごちそうさま」


 そう言って滝沢はお風呂場に行ってしまった。



「星空ちゃん急にあんなになってどうしたんだろう?」

「んー、あとで星空に聞いてもいいけど、そういうの絶対話してくれるタイプじゃないからなぁ」


 たしかに、滝沢は絶対そういうのを話さないと思う。何を思っているか話してくれたことなんてほとんどない。



「まあ、みんなで夜遊べば大丈夫でしょ!」


 光莉さんが能天気にそんなことを言って話題を変えてくれた。




 みんながお風呂から上がり、私の部屋に集まって、わちゃわちゃしている。滝沢もさっきの雰囲気はどこかに行き、普通に戻っていて安心した。


「みんな揃ったし、なんかしようよー」

 光莉さんがそんなことを言い始めた。


「何も特にすることないんじゃない」

 真夜さんが珍しく乗り気じゃない、というか、光莉さんがなにか余計なことをするのではないかと警戒している様子だ。



「んーやっぱり女子会と言えば恋バナだよね!」

 やっぱりそうなりますよね……。

 真夜さんと滝沢の顔が一気に曇った。

 多分、私も同じ顔をしているだろう。


「みんなノリ悪いなぁ」

「じゃあ、光莉さんは逆に好きな人とか付き合ってる人居るんですか?」


 私がタイミングを見て話しかける。こういう話は言い出しっぺが先ずは自分のことを話すべきだ。



「付き合ってる人は居ないけど、好きな人は居るよ」

「えっ!」


 私よりも先に真夜さんが驚いていた。



「聞いてないんだけど。光莉、その話詳しく聞かせて」


 真夜さんが珍しく真面目な顔をしている。


「教えてもいいけどみんなも同じ質問答えてからだったらいいよ?」


 真夜さんが私たちを真剣な顔で見て答えろと言わんばかりに見てくる。


 滝沢がはぁと大きくため息をついて答える。


「好きな人いません。居たことも無いし、今後、人を好きになる気もないです」


 わかってはいたが、今後、人を好きになる気もないのは初めて知った。


 胸がズキズキと痛む。



「陽菜ちゃんは?」

 光莉さんがニコニコと聞いてきた。


「わたしは——」

 なんて答えるのが正解か分からない。


 この気持ちがなんなのか自分でも分からない。わからないから自分と向き合い考えたが、それでも答えは出なかった。


「人を好きになったことがないのでよく分からないですけど、大切にしたいと思う相手はいます」

「えー! それはだれー?」

 光莉さんが軽いノリで聞いてくる。


「それは答えません」


 つまらないという感じに光莉さんはつんつんしてくる。ここで答えられるわけが無い。



「じゃあ、ラストは真夜!」


「私は少し前に失恋しちゃったーあはは」

 その場にいる皆がえっという顔をしている。


 というか、夏くらいに真夜さんは滝沢を好きだと言った。それが本当なら真夜さんは滝沢に告白したということだろうか?


 いやそんなわけない。


 滝沢がもし告白されていたとしたら、今こんな普通に二人で一緒には居ないと思う。

 じゃあ、真夜さんの言っていることはどういうことなのだろうか。



「それこそ聞いてない。詳しく聞かせてよ」


 今まで一番テンションが高く、明るかった光莉さんが少し暗い顔をして聞いている。


「いやいや、そんな面白い話じゃないよ。その子には大切に思う相手がいて、私ではかなわないと思っただけ」

「そんなの諦める理由になる? 私なら奪うくらいの気持ちで行くけど」


 確かに光莉さんならやりかねないと、やけに納得してしまう。


「その子のことが好きというよりは幸せにしたいって感情の方が強かったのかも。私よりもその子を幸せにできそうな子を見つけただけだよ」


 そんなことを言って光莉さんをなだめている。


 真夜さんの話を聞いて、さっきから頭の中で整理が追いつかず、具合悪くなりそうだった。


 真夜さんの話が本当なら滝沢を幸せにできる誰かがいて、あんな完璧な真夜さんが敵わないようや相手というわけだ。


 どんなすごい人なんだろうと気になる。



「それで光莉、みんな答えたんだからあんたのこと答えなさいよね」

 真夜さんは結構まじな顔をしていた。


 いつも何を考えているか分からない真夜さんがあんなに素を出せている光莉さんは、本当にすごい人だと思う。それを滝沢も感じたのか嬉しそうな恨めしそうな顔をして二人を見ていた。



「私の好きな人は真夜だよ。これから先ずっと一緒に居たいと思ってる」


 ――はっ?


 多分、三人とも同じ顔をしていたと思う。

 光莉さんはこの上ないくらい嬉しそうにニコニコしている。


「光莉、冗談はよしなよ。陽菜ちゃんも星空も困ってるでしょ」

 はぁ……。と真夜さんはほんとに困った感じでため息をついている。


 光莉さんは「ほんとなんだけどなぁ」と言いつつ、自分で始めた話題を勝手に終わらせ、他の話を始めた。



 ある程度色々な話題で盛り上がると、かなり遅い時刻になっていた。


「今日はどこで寝ればいい? そろそろ寝ないと明日も学校でしょ?」

 光莉さんは意味のわからないところで気を使ってくる。


「昨日、光莉さんが寝たところと私の部屋で半々で考えてました」

「えーじゃあ、私は星空ちゃんと寝たいなぁ」


 光莉さんは滝沢に身を寄せているが、それだけは絶対に許せない。


 というかさっき真夜さんのことを好きって言ってたのに、なんで今度は滝沢と寝たいのだ。

 訳が分からない。

 滝沢が変なことされないか心配過ぎる。



「私は陽菜ちゃんとかぁ。愛しの妹と寝たいけどまあ我慢するよ」


 いや、なぜあなたもそんな上から目線なのだ。しかし、この決まりきった雰囲気を壊せるほど、私に勇気はなかった。



「私は、遠藤さんと寝たい……」


 みんなに聞こえるか聞こえないかくらいの小さい声で滝沢がそう言った。


 えっ? いまなんて言った——?

 私が聞き返す前に、真夜さんが光莉さんをひょいと持ち上げた。



「光莉のおもり役は私の役目だからあっち連れてくよ。陽菜ちゃんお邪魔したね」


 そう言って二人は行ってしまい、無言の滝沢と私は部屋に残された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る