第51話 冬が訪れる ⑹

 滝沢を見ると暗い顔をしている。


 今日は色々なことに巻き込まれたが、滝沢も巻き込まれて疲れたのだろう。


「滝沢、寝よう?」

「遠藤さん、床に私の寝る布団敷いて」


 さっき私と寝たいと言ってくれたのはやはり聞き間違えだったのだろうか。


「昨日みたいにベットで一緒に寝ようよ」

「それはやだ。昨日は交換条件でお願いされたから仕方なく寝た」

 そういって滝沢は床に座った。


 その横に私も座る。


「滝沢、質問していい?」

「なに?」

「なんでさっきご飯の時、怒ってたの?」

「教えない」

「滝沢の気持ち教えて欲しい」

 そう言って手を握るとすぐに振りほどかれた。


「そういう事しないで」

「じゃあ教えてくれたら離す」

 そう言ってまた滝沢の手を握る。



 滝沢は諦めたのか肩で大きく息を吐いて話し始めた。


「優劣をつけることが好きじゃない」

「なんで?」

「私は出来損ないで、たくさん比べられて生きてきたから他の人に同じ気持ちになって欲しくない」

「そっか。滝沢は優しいんだね」


 私は滝沢の頭を撫でる。

 滝沢は比べられてたくさん嫌な思いをしてきたから、自分が誰かを比べる側に回るのを酷く嫌ったのだろう。



「子供扱いしないで」


 そう言って滝沢は私の手をパシッと叩いて振り払う。


「でも、真夜さんのご飯おいしかったね。私も負けないように頑張らないと」


 本心だ。

 あの人はなぜあそこまで完璧なんだろう。

 悔しいくらいに完璧で羨ましい。


「うん。真夜姉はなんでも出来るからね。でも、遠藤さんの方が——」

「ん?」


 滝沢の声が小さくなり体育座りをしている膝に顔をうずくめていた。



「どうしたの滝沢?」

「私は遠藤さんの親子丼の方が好き。遠藤さんの料理は優しい味がする」


 その言葉に心臓が止まりそうになる。


 ——嬉しい。


 滝沢は相手のことを考えて嘘をつくようなタイプでは無い。

 絶対に嘘はつかないタイプだ。


 滝沢の中では私の料理の方がおいしかったという事実だけで、今日、私が自分に感じていた劣等感や真夜さんに対する妬みに近い感情は一気に無くなった。



「えへへ、ありがとう。また、私のご飯食べてよ」


 たぶんにやけ顔になってしまっていたと思うけど、滝沢に笑顔でお礼を言うと顔を背けられてしまう。

 聞こえるか聞こえないか分からないくらい小さい声で「うん」と聞こえた気がした。

 


 私はどうしても聞きたい質問があったので話を変えた。


「なんで、好きな人作る気ないの?」


 私が今日一番知りたくて、怖いけど聞かずにはいられない質問だった。


「なんでも。教えない。遠藤さん今日うるさい」

「そっかぁ。無理には聞きたくないけどできれば教えて欲しいな」


 滝沢のうるさいという言葉は無視して話を続ける。今日の滝沢は素直だから答えてくれる気がした。



「——大切なものも思い出も作りたくないだけ」


 滝沢のそういう話は初めて聞いたかもしれない。今日は滝沢がとても饒舌じょうぜつだ。

 

 真夜さんから家の状況とかはさらっと聞いたことがあるから、たぶん人が普通に感じることが滝沢には難しいのかもしれないとは思っていた。


 あんな状況にあれば確かに、大切な人やものを作って期待する方がバカバカしいと思うかもしれない。


 やけに納得してしまう。



「そっか」

 それ以外になんて言葉をかけるべきか見つからなかった。

 隣に座っている滝沢に肩を寄せる。


「遠藤さん重い」

「重いとは失礼だなぁ。滝沢、勉強のお礼まだしてない。何して欲しい?」


 一緒に寝て欲しいとか言ってくれないかなと思ったがその期待はすぐに裏切られる。



「布団敷いて、眠い」

 ですよね……私は諦めて床に布団を敷くことにした。


「滝沢、私のベットで寝ていいよ」

「なんで?」


 滝沢の匂いが私のベットに沢山つけばいいと思ったからだ。前回、滝沢と一緒に寝た後のベットからは滝沢の匂いがして、しばらくの間、滝沢を感じられた。


 そんな気持ち悪いことは言えないので、適当な理由を並べる。


「布団だと床固くて体痛くなるかなって」

「そしたら遠藤さんが痛くなるじゃん」

「私は慣れてるから大丈夫」


 私の下心も知らない滝沢は優しいから私のことを気遣ってくれる。


 そのことに罪悪感を感じつつも、私はそのまま敷いた布団に入る。

 そうすると滝沢も大人しくベットに入った。



 ……



 滝沢はもう寝ただろうか。

 部屋の電気を消そうと布団から起きたら、声をかけられる。



「もうすぐ冬だから寒い」

「暖房つけようか?」

「……」


 そう質問すると滝沢に腕を掴まれて引っ張られる。


 私はバランスを崩して、滝沢をベットに押し倒すような形になってしまった。


「ご、ごめんっ」


 滝沢と距離が近くなり心臓の音が早くなる。


 今の私の顔は大変なことになっていると思う。顔から火が出そうなのほど熱い。


 離れようとすると、滝沢に腕を掴まれる。



「——寒いから一緒寝てよ」


 滝沢の顔を見るとその真っ黒な綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。


 心臓の音が先程より早くなり、私の心臓が壊れそうになる。


 滝沢はこれ以上待たせたら、やっぱりいいとか言われそうだったので、私は大人しく部屋の電気を消し、滝沢の横に身を置いた。


 心臓がとくとくとうるさくて何も考えることが出来ない。


 常用灯だけで暗かった部屋に月明かりが差し込みお互いの顔が見える。



「遠藤さん、顔赤いよ。熱ある?」


 そう言って滝沢は何も気にせず、おでこを近づけてくる。より顔が熱くなり赤くなるのが加速するのがわかる。


 私がこの状況に気持ちの整理がつかないでいると滝沢が鎖骨の当たりを触ってきた。



「まだ、残ってる……」

 滝沢に付けられた跡を撫でられると体がびくりと反応してしまう。


 これ以上はまずい。

 今すぐ床に敷いている布団に避難するべきだ。



 滝沢に嫌われることをしてしまう気がする。


 布団を出ようとすると手を掴まれる。


「何もしないからここに居て」

 そう言って滝沢が私の手を離そうとしない。

 

 落ち着け落ち着け……。

 

 深呼吸をして気持ちを整える。

 

 滝沢がこんなふうに甘えるのが珍しい。だからこそ、滝沢のその気持ちに応えたい。そう思うと、少しずつ自分の理性を取り戻すことができた。


 きっと私に甘えたくなるくらい滝沢にとって、今日は嫌な日だったんだろう。


 まだまだ滝沢のことは分からないけど今日は少しだけ滝沢のことを知れた日だと思う。


 

 今日は確かに寒い。

 一緒に寝て正解だったと思う。

 さっきまで感じていた心臓の音が落ち着くと知らない間に眠りに落ちていた。

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