第47話 冬が訪れる ⑶

 滝沢から初めて電話がかかってきて喜んでたら、間接的に真夜さんからのお願いだった。真夜さんのお願いだが、滝沢にお願いされるといいよと言ってしまう。


 あの人もずるい。

 賢いというのが正しいだろうか。

 私が滝沢にお願いされたら断れないのを知っているのだろう。




 光莉さんはなかなかにすごい人だった。

 一言で表すなら陽キャの代表。

 私でも引いてしまうくらいに明るい。


 でも、話していて悪い人では無いし、素直な人なんだと思う。だからこそ、真夜さんや滝沢みたいにこじれている人達はこの人の相手が大変だと思う。



 光莉さんはご飯をおいしいと食べてくれているから良かったが、さっきから滝沢の顔が晴れないのが心配である。


 なにかまずいことをしてしまっただろうか。

 これ以上距離の遠くなることは避けたいと思っている。


 滝沢は嫌な顔をしたり、やめてと言ったりはするが、理由は教えてくれない。

 その理由がわからないと時々たまらなく不安になる。この不安を解消する方法は一つしかなくて、それは滝沢に触れていることだった。そんなの気持ち悪いのかもしれないけど、滝沢に触れていると落ち着くのだ。




 夜ご飯の片付けが終わると光莉さんが急に抱きついてきた。人との距離感が近い人って一定数居るが、この人の距離感はすごいと思う。その日に会った人に抱きつかれるのは初めてだ。おまけに人の匂いがいい匂いだの嗅いでくる。


 これが滝沢だったらいいのに……なんて考えていると、滝沢が少し怒った顔で光莉さんの腕を掴んでいた。


 そんな様子も気にせず光莉さんは「星空ちゃんもぎゅーしたいの?」なんて言って滝沢に抱きついていた。


 胸がちくりと痛む。


 滝沢に抱きつかれるくらいなら、私に抱きついたままでいて欲しかった。


 滝沢はこういうことを嫌うはずなのに顔はどこか安心している感じだ。


 まさか、滝沢は光莉さんとぎゅーしたかったのか?


 なんで?


 滝沢って光莉さんみたいなタイプが好きなの?


 それともハグ出来れば誰でもいいのか?



 嫌な思考がぐるぐると頭を回る。



 そのまま滝沢の方から光莉さんを抱き寄せてお風呂場の方に二人で行ってしまった。


 光莉さんが羨ましい。

 私もあんなふうにされたい。

 今日はそんな変な欲望ばかりが何度も生まれる。



 滝沢が光莉さんをお風呂に入れて戻ってきたが、さっきの光景が頭から離れなくて、黙ってしまう。

 最近、滝沢に触れていなかったせいか滝沢との距離が近いだけで変に緊張して、うまく話せなくなっていたというのもある。



 そういえば、枕元に置いてあるハンカチは隠してたっけ——?


 あれを見られるのはさすがに恥ずかしい。

 そんな細かいことが気になって私が雰囲気をより重くしてしまっていたと思う。



「遠藤さん、今日はごめんね」


 案の定、私の悪い雰囲気が滝沢に伝わってしまったのか、滝沢が謝罪をし始めた。


 ……?


 謝ったと思ったら滝沢は私に近づいてきて、パジャマのボタンを外してくる?


 全然状況が理解できない。


 元々二つくらいボタンを開けてたので一つ外しただけで、下着が見えてしまっている。

 


「今日勉強とかしてないよ?」


 滝沢が訳もなくこんなことをするのは珍しい。やはり、今日の滝沢はどこかおかしい。


 そんなことを考えていたら、滝沢から思わぬ言葉と行動が返ってくる。


「後で何でも言うこと聞くから今は黙ってて」


 滝沢は私の鎖骨をちゅっと音を鳴らしながら唇を押し当ててくる。

 私はそれを拒否する事もできたのにそのまま受け入れた。きっと、滝沢が交換条件を出さなくても受け入れてしまっただろうと思うと、自分に嫌気がさし始めた。


 滝沢に触れられることが嬉しいのだ……。


 胸元にも跡をつけられて、滝沢がそれを指で撫でる。くすぐったくて、私の体は変に反応してしまう。


 何で滝沢は私にこんなことをするのだろう。


 さっきまで不機嫌だったのに、急にこんなことをしてきて、私は洗濯機の中に放り込まれたぐるぐるに回されている気分になる。


 

 滝沢は跡を付けるだけでは足りなかったのか、私の耳を噛んできた。滝沢の歯が私の耳にくい込む。


 痛い……信じられないくらいの力で噛んでいる。


 ただ、それすらも心地いいと思う私はきっとどこか壊れている。


 

 聞こえるか聞こえないかくらいの声で「遠藤さんのばか」と言われた。

 

 耳に滝沢の声と吐息があたって、背筋を撫でられたような感覚に陥る。


 そして滝沢は私の髪を持って匂いを嗅ぐ。その仕草がエロ過ぎて、私の感覚はどんどん現実から離れてしまう。


 全部滝沢が悪い。


 これ以上はだめだ。

 私がおかしくなりそうだった。


 ボタンを止め、恥ずかしさを紛らわすように滝沢に変態と伝えた。



 そのまま滝沢は何も言わずお風呂に入ってしまう。光莉さんは私に話しかけに来たけど、私が上の空だったせいか、すぐに寝室に向かってしまう。


 滝沢はお風呂から急いだ顔をして戻ってきて、光莉さんの話を聞くと安心しているように見えた。


 それは私を勘違いさせるには十分過ぎる行動だ。

 そういうことはやめて欲しい。

 勘違いしそうになる。



 光莉さんに嫉妬しているんじゃないかと。



 滝沢の髪からぽたぽたと水滴が肩に落ちる。


 私も滝沢の髪に触れたい。その願望を満たすため、髪を乾かすのを理由に滝沢の一部に触れていることにした。


 今日は滝沢に触れていたい。

 最近、触れたかった欲が風船みたいに膨れていて、今日割れてしまった。

 変なことはしないから隣で寝ることくらい許して欲しい。


 一緒に寝て欲しいお願いは案外すんなり受け入れられて、私は滝沢の手を握る。


 滝沢の手は滝沢の言葉とは真反対で温かい。


 横になって、滝沢の腕を抱き寄せる。

 腕にしか触れていないのに触れた部分が熱い。


 滝沢って私のことどう思ってるの……?

 滝沢にとって私って何……?


 聞きたいのに口にするのは怖いそんな質問ばかりが浮かんでくる。


 滝沢はきっと答えてくれないだろう。


 いつか答えてくれるそんな日が来るのだろうかと不安と疑問は私の中から消えることは無かった。

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