第32話 帝国の事情④

 カーテンを開けると、遠目からでもわかるほどの異彩を放つ光を確認できた。


 一筋の赤い光。

 燦然と輝く赤い光芒が、電光石火の速さで近づいていた。


 イリスも、窓越しから見える光に目が釘付けになる。


「赤い流れ星ってある?」

「ないだろう」

「じゃあ、あれは何? 火の玉とか?」

「いや、あれは……火の鳥だな」


 夜目が利くレイからすると、謎の赤い光は鳥に見えているらしい。


「ルカ様ーー!! 危のうございます! 私の後ろへ!」


 まるでこの場のヒエラルキーを表しているような配置ができあがっていた。後方の安全な場所にルカ。窓の近く、一番危険な場所にシィロ。

 火の鳥の速度を見るに、物理的な損壊なく到着することは不可能に思えた。


 赤い光が近づくにつれ、イリスの瞳には炎を纏った鳥の姿が鮮明に映る。


「これって大丈夫なの!?」


 さすがに不安を覚えたイリスは、前にいたレイへ問いかけた。


「問題ない。この魔力には既視感がある。この火属性の魔術は、あの人しかいない」

「あの人って?」

「イリスにとって、一番身近な人」


 イリスは瞬きしながら一考する。


 少しの沈黙の後「ああ……!」と、素っ頓狂な叫びと共に脳裏に、とある人物の姿が浮かんだ。飄々として不遜な態度をとる赤銅色の髪の女性。


「母か……」


 確信をもって呟いたイリスに、レイは目を閉じて頷く。

 勝手に納得している二人を見たツワブキは、苛立った様子で声を荒げた。


「二人で何を納得しておる! あの鳥が窓にぶつかりそうなのだぞ!」

「大丈夫ですよ。多分」

「なぜお前にそんなことがわかる!?」

「あれは多分ですけど、うちの母が関連してそうなんで……」


 唖然と口開けていたかと思うと、ツワブキの眉間に深い皺が刻まれた。

 ツワブキが次の言葉を紡ぐ前に、速度を上げた炎の鳥が、煌びやかな光を帯びて窓を突き破った。


「「うわあぁぁぁーーーー!!」」


 叫んだのは先頭にいたシィロと、ツワブキだ。さすが祖父と孫といったところだろうか。リアクションが同じだ。

 意外なことにルカは慌てた様子もなく、澄んだ瞳で炎の鳥の行方をじっと見つめていた。


 炎の鳥が衝突したはずの窓ガラスには、破損した形跡も溶けた様子もなく、在るべき物がそのままに存在した。


「伝言のために火魔術で作られた鳥……かな?」


 ぽつりとルカが呟く。顎に手を添えて話す姿は、熟考する研究者のようだ。

 ルカがツワブキの横を通り過ぎ、炎の鳥に触れようと躊躇いなく手を伸ばす。


「ルカ様!」


 心配するツワブキの声には耳も貸さず、ルカの褐色の手が優しく炎の鳥を捉える。


「やっぱり熱くない。この子は火魔術から作られているけど、攻撃目的ではないから触れるんだ。どうやって創ったんだろう……」


 分析するように独りぶつぶつと途切れることなく、脳内の考えが口から漏れてゆく。

 炎の鳥はルカを気に入ったのか、その手に擦り寄り気持ち良さそうに撫でられていた。


 ツワブキは心底安堵すると、肩から力が抜けた。ルカと炎の鳥の姿を見つめる視線は、どこか懐かしむような温かさに包まれていた。


「昔から魔術研究、魔力操作に興味がお有りでしたからな。ここに来てからは、謀反を疑われないために静かにお過ごしでいらっしゃった。久々に生き生きとした姿を見ることができて、爺やは嬉しゅうございます! 初めて見る"儚鳥魔術"に心躍っておられる」


 ツワブキが漢泣きをした瞬間——。


 炎の鳥のつぶらな瞳が見開き、覚醒したように赤い閃光を放つ。

 その強い光は鮮烈な赤から橙、淡黄色と徐々に弱まってゆくと、淡い光が意志を持ったように空に漂い、人の形を成した。


 それを見たツワブキは、思わず叫んだ。


「なんでこの女が!?」


 その言葉の中には、不愉快そうな気持ちと忌々しい感情が多分に含まれていた。もはや隠す気もない。


「さっき大丈夫と言ったのは、こういうことです。うちの母の魔術で作られてたようだったので……お騒がせして、すみません」


 夢幻のように透けた姿のアイネが口を開く。


「全員そこに集まっていることを前提に話すわよ。この儚鳥魔術は一方的な連絡のみで会話はできないから、そこのところよろしく」

「いつも一方的に話すじゃん」


 小さい声で嘯くイリスを、揺らめくアイネの双眸が捉えた。


「あんた今、なんか言った?」


 イリスの発言も織り込み済みで、儚鳥魔術に投影させていたらしい。本当に会話できないのか疑問に思うほど、先を読んだ伝言に戦々恐々とするイリスだった。


 怖……。


 そんなイリスを無視して、恍惚とした表情のルカが変わらずに独りごちていた。


「炎タイプの儚鳥魔術は初めて見るけど、素晴らしい。儚く朧げな姿、また変幻自在な姿で伝達できることから、その魔術の名前になったとか……火の鳥なんてかっこいいな」


 イリスは呆れとも諦めともつかない心境でルカを見た。


 あぁ、この人は魔術オタクだったのか。顔が整っている人って、人間以外に興味を持つ癖でもあるんだろうか。


 イリスの視線が、ちらりとレイヘ移る。レイは怪訝そうに首を傾げた。


「どうした? 俺の顔に何か付いてるか?」

「ううん。ルカ君とレイは気が合いそうだなぁ、と思っただけ」


 そんな雑音のような会話にはお構いなしに、揺らめくアイネが言葉を続ける。


「こちらも移動の合間に伝言を残しているから、手短に話す。まず、こちらの状況が変わったのでシィロ君のお祖父様——もとい、耄碌ジジイとの話し合いは全てレイ君に任せる。私達の本当の身分や仕事は伝えていいからね。こちらの知り合いと偶然会えて、ジジイの立場や人柄は確認済みだから」

「失礼な女め!」


 忌々しそうに言い返すツワブキだが、当然その言葉に返事はない。


「イリス、レイ君、私はこれから皇城へ移動する。一週間後にそこで落ち合いましょう」

「皇城……もともと行く予定の場所ではあったけど、一週間後だと遅すぎない?」

「転送魔術も使いながら、かなり早くカトレア帝国に着いていたから問題ない」


 要らぬ心配だったようで、イリスの不安はすぐにレイが払拭した。

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