第7話 有能なベス(ヒョロ男)

 ——そして現在に繋がり、イリスはベスに謝罪していた。


「あのぅ……知らなかったとはいえ、すみませんでした!」


 深々と頭を下げて謝った。


「自分も立場上、あんな言い方で部屋から出るな、としか言えなくて申し訳なかったっス」


 あの腰巾着のヒョロ男とは思えないほど、人懐っこくて癒し系の人物だった。


 なんて良い人なんだ。喋り方の癖は強いけど。


「もっとしっかり鍵とか掛けられなかったの〜?」


 エンジュが割って入る。


「僕達も、結構倒して侵入したとはいえ、多少はイリスちゃん達の方へ流れちゃったからね。ほんと無事で良かったよ」

「……一番頑丈な鍵を掛けといたはずなんスが、すみません」


 そんな鍵を壊してすみませんっス。

 壊したのは私じゃないけど……。


 話し方が移ったイリスが、心の中で弁解した。


 協力者として潜入から始まり、内部の情報収集、カリムとの連絡、イリス達を安全な場所に誘導。

 さらには、誘拐犯達には睡眠薬を飲ませたりと、裏で暗躍していたベスはかなり有能だった。

 

「そう責めるな。一番予定を狂わせたのは、ユーリなんだから」


 ベスを擁護するように長が窘める。

 

「ユーリ、一族の約束事は覚えているか?」


 ユーリは長の質問に目を逸らした。

 もちろん覚えているからだ。


「なぜ、約束を破った?」

「申し訳ございません。妹の無事がわかり我慢する必要がないとわかったら、つい……」


 つい力を試したくなったんだよね……戦ってる時、生き生きしてたもん。


 長は深くため息を吐くと、ユーリの頭を軽く撫で、それ以上は何も言わなかった。


 約束事が気になったイリスは、隣にいたエンジュに小声で聞いてみた。


「約束ってなんですか?」

「こども達には自分の身に危険が生じない限り、人間相手に力を使わないように、と言いきかせているんだよ」


 エンジュは一族の話でも嫌な顔をせず、笑顔で答える。


「今回も部屋の中で危険がなかったなら、待機するのがベストだったんだけどね〜。もちろん状況にもよるけど」


 そんな決まりがあるとは知らず、ますますベスのことが気の毒に思えた。

 危害がなければ、ユーリが大人しくしている前提で動いていたのだ。


 ちょうどミリザの店が見えてきたこともあり、続きは部屋の中で話すことになった。


 お店の前には、ミリザが立っていた。


「ユーリ! イリスさん! 無事で良かったわ」


 心底安堵したように二人を抱きしめた。


 とても嬉しい……嬉しいのだが……。


 謎の視線がイリス達に刺さっていた。妬み嫉みの類を含んだ視線だ。


「姉さん、早く中に入ろう」


 ずっと一緒にいたのに一言も話さなかったため、すっかり忘れるところだった。


 後から、モラ男を気絶させたのはカリムだと知った。その時の驚きは、言葉では言い表せなかった。

 そして、今まで無言だったカリムが複雑そうな表情でイリスを見ていた。


「カリムはシスコンだから気にしなくていいよ」


 エンジュが追い抜きざまに、こそっと耳打ちする。ウインクを添えて。


 ユーリは迎えに来ていた両親、リリと一緒に帰って行った。


 部屋に入ると席が決まっているかのように、それぞれが席に着く。

 イリスがどこに座るべきか悩んでいると、少し遅れて来たベスが手招きしてくれた。一緒にソファーに腰をかける。

 

 ちらっと横顔を見ると、ベスの顔に違和感があった。


「あれ? そばかすが……ある」

「そうなんス。こっちが本当の顔なんスよ。潜入の時は隠してたんで、やっと顔をごしごし洗えてスッキリしたっス」


 潜入の間、いろいろ大変だったんだろうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る