第13話 私は今、生きている!
「その、調子に乗りすぎてすみませんでした……」
「……?何を申し訳なく思っているのかはわかりませんが、またやってくれたら嬉しいです。夢心地でした……」
耳フーは流石にやりすぎたと思い、謝ったが唯菜はむしろうっとりとしながら幸せそうにしていた。
「そういえば、もう遅い時間ですけど……どうしますか?えへへ……」
「……まだ夜八時ですし、一駅先なのでは?」
近頃では自動運転の技術やエネルギー関連の技術が発達しまくったおかげで終電などというものはなくなった。
それに、夜であっても治安は良いのだ。
流石に昼ほど治安が良いわけではないが、バカを起こす人間は少ない。
さぬきの父親を殺した人間は数少ないバカだった。
なので、唯菜が可愛い女性と言っても襲われる心配があるわけでもない。
だが、唯菜はさぬきの家に泊まるつもりだった。
明日投稿する動画は事前に作ってあるので、作業が必要なわけでもない。
だが、唯菜は泊まる気満々だった。
これはさぬきが悪いだろう。明らかに自分に気がある女の子を夜まで家に上げているのだから、こうなることは想定するべきだった。
「……どうしてもだめですか?」
唯菜は悲しげな表情を浮かべて懇願する。
それが効いたわけではない。だが、唯菜といると不思議と楽しいのだ。
唯菜はさぬきの心を見ているから、どうされると嬉しいのかなどがわかってしまう。
時折暴走してしまうとはいえ、好感を持たれるような振る舞いや仕草を意識して行っている。
それでも、ただの他人だったなら『都合の良いヤツ』程度に思っていたかもしれない。他人に心を許したくないのがサガだから。
だけど、もともと好感を持っていた人間で、彼女の持つ才能に憧れも持っていた。
なので……。
「仕方ないですね。……着替えとかはありますか?」
「こうなるかもと思って、デートのときに買っていましたよ!」
唯菜はそう言ってニコリと笑って買ってきた服が入っている袋を見せる。
「ああ、そういえば。しかし、デートですか。……そういうの、嫌じゃないんですか?」
「嫌って、なにがですか?」
「いや、私って元はいい年したおじさんじゃないですか。その上、今の体は完全に女ですし。いくら推しと言っても普通、そういう表現するのは嫌じゃありません?」
今更だとも思ったが、聞かずにはいられなかった。
嫌じゃないというのはわかっている。むしろ、望んでいるということも。
だけど、聞かないという選択肢はなかった。
どういうことを求めているのかを知りたいというのもあった。
元々はモチベを維持してもらうためにコラボに誘ったのだ。
唯菜が求めていることとさぬきが与える楽しさに齟齬があってはいけない。そこら辺も聞き出しておきたかった。
「確かに、女の子とデートしてると思うと不思議な気分になっちゃったりはしましたね。そっちのケはないつもりでしたから」
唯菜は少し苦笑してそう語った。
「しかも、やくみちゃんは成人しているとはいえ容姿は中高生ですからね。そんなやくみちゃんとデートしてドキドキしてると、変態になっちゃったのかもとちょっと悩んじゃいました」
そう聞くと申し訳ない気持ちになってくる。
自分のせいで性癖を大きく歪めてしまったのかと考えると、割と突き刺さるものがあった。
どうでもいい他人ならともかく、少なくともうわべだけで付き合っている友人たちよりずっと上なのだ。
さぬきの世界観の中では上位……大きい隔たりはあるとはいえ、姉の次に位置する人間だから。
どうでもいいなどとは思わない。
「でも、幸せですから。気持ちに嘘はつけません。そこらの常識との葛藤で複雑な気持ちはありましたが、嫌ということは全く無いですよ。とっても楽しかったです。やくみちゃんの配信を初めて見たとき、久しぶりに『生きている』って思えたくらいですからね。トクベツな関係になりたいって言ったのは冗談とか言葉の綾とかじゃなくて……本気ですから」
「……」
唯菜が本気だというのはわかっていた。だけど、途中の言葉に聴き逃がせないものがあった。
「やくみちゃんの配信を初めて見たとき、久しぶりに『生きている』って思えた」、この発言は思いっきり重かった。
どうすればいいのかわからない。
責任を取れば良いのだろうか。だけど、さぬきにはこの子を幸せにできる自信が……ないことはなかったが、今まで失敗続きだった自分にできるのかという不安があった。
それに、姉への答えもまだ出していない。
……考えを放棄することにした。
そういうことを考えるのは先延ばしにしよう。
その考えが命取りだとも知らずに、そんな行動を取ってしまった。
こういうときにさぬきが決まって取る行動だった。待つ、引き伸ばす、時間に解決を委ねる。そういった甘え。
不老のさぬきだからこそこうなったのかもしれない。
創作物において、人間とエルフの時間間隔は違うみたいな話はよくされるが……そんなところから始まった可能性もある。
そうして、愛の鎖がまた一つ掛けられることになる。
晴に続いて唯菜。まだ続くだろう。
さぬきはきっと、明確な答えを出せないだろう。
特別に思う存在に愛されてしまったら、それが複数からであっても優柔不断どころではない最悪の選択肢を取る。
この時代においても当然、重婚は許されない。国や州によっては許されるが、日本においては駄目だ。
だが、恋人関係ならば……イメージ商売的にダメージは受けるだろう。炎上もするだろう。しかし、法律は許してくれる。
結局、そういう道を進むことになるのだ。
例えば想いを寄せてきた女性たちに対して妥協して肯定を返していれば。そのときは多くの愛を裏切ることはなかっただろう。
恋人や家族になってしまえば、なんだかんだで愛着も湧いて浮気や不倫なんて考えもしなかっただろう。
苦労も減って、第四段階に至ることもなかったかもしれない。
例えば晴への返答を先延ばしにしなかったら。気持ちに素直になれていたら。
……こんな状況になることがそもそもなかっただろう。
だが、現実としてはもう始まってしまった。
さぬきはこれより愛の鎖で雁字搦めにされるのだ。
大小様々な不幸を背負って生きてきたが、これからは周りを巻き込みながら共に幸福になっていく。
「……嫌じゃないなら良かったです。私も楽しかったですよ」
「えへ……」
それからだいぶドタバタしつつも、そうやって初コラボの日は終わった。
――――
だいぶ時間が空いて申し訳ない。
不定期更新とはいえ、流石に頻度が遅すぎましたね。
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