第40話 そのために

「昔々ある所に、心優しい夫婦がおりました」


ジンは子供に寝物語でも聞かせるように話し始めた。


「夫婦は困っている人を助けることが大好き。いつも一人息子にこう言っていました。『弱い人を助けなさい。あなたの手はそのためにあるのだから』息子はその言葉を信じて毎日夫婦の人助けの手伝いをしていました」


あなたの手はそのために……

ジンの手を思い出す。血に濡れたあの手を。


「でもある日、夫婦は殺されてしまいます。神の塔の利益を独占している貴族達がいることを知り、反抗したからです。一人息子は助かりましたが両親が殺されるのを目の前で見てしまいました。ああ、なんて恐ろしい光景なんでしょう」


目の前で両親が殺された。御伽話のように話すジンが怖い。怒りなのか恐怖なのか心が全く見えてこないからだ。


「軍に保護された彼は、軍も貴族と繋がっていること知り逃げ出します。流れた先は貧民街。そこで彼は歳の近い子供達と仲間になって暮らしました」


ジンの顔が少し優しくなる。遠く、誰かを思い出すような顔だ。


「でもそこは貧民街。仲間達は大人達に売られ、おもちゃにされ、殺されて、1人減り2人減り、最後に彼はまた1人になってしまいました」


表情がない。悲しみも苦しみも、何もかもを彼は置いてきてしまったのだ。


「でも彼の手は人を救わないといけません。次に彼が選んだのは反乱グループの一員になることでした。でもそのグループは名ばかりで、欲望のままに暴れ、奪い、軍すらも裏で取引をして彼らを見逃していたのです。彼は気付きました」


ジンが笑う。あのはりついた笑みだ。全てをその笑みの中に消してしまう。


「ああ、弱い人を助けるためには、悪いこと事をするヤツらを全て消さないといけないんだ。僕の手はそのためにあるんだから」




全てを話して満足したのか、ジンは笑顔のまま黙っている。俺は今聞いた話を理解するのに必死だった。


「大丈夫?冷や汗かいてるよ。君にはちょっと怖すぎたかな?」


顔を覗き込まれる。暗闇に飲み込まれそうだ。これくらいで負けてどうする。


「なんでその話を俺に?」

「ん〜。なんでかな。どうしても聞いて欲しかったんだよね」


ジンが心底不思議そうな顔をする。これだ。この違和感が、俺がジンと話したいと思った理由なんだ。


「あ、でも僕の話だけだと退屈だと思って、君の話も用意してきたんだよ」

「俺の?」

「そう。君のお母さんについて」


ジンが笑顔に戻る。今度の笑顔はいつものとは違う。心底楽しいといった笑顔だ。


「君のお母さんは地上にから来た人間なんだよ」




「お前の母親はおそらく地上出身だ」


ジンについての情報を聞いたあと、トーカにされた話だ。


「お前が貧民街出身にしては読み書きできたり知識が豊富だったんで、少し母親について調べてみたんだ。すると、結果は何も出てこなかった」

「何も?」

「そう。何もだ。人が産まれて生きたなら何か痕跡が残るはず。なのに、お前と共に貧民街に現れるまでの母親の情報は何も出てこなかった」

「だから地上出身だと?」

「地上から密輸されるものには人もいると言っただろう。お前の母は何らかの理由で地上から連れてこられ、その後貧民街に流れ着いんじゃないかと考えられるんだ。貴族の愛人にされて用無しとなったのか、奴隷として連れてこられて逃げ出したのか」


目の前が真っ暗になる。母さんが?そんな目に?


「あくまで推測だが、確率は高いと思う」

「なんで今そんな話をするんだ」


ジンの件とは関係ない。俺を苦しめる話をなぜ今。


「本当はもう少ししてから話すつもりだった。でもジンのお前への執着を考えると、あいつもこの事に気づいてる可能性がある。あいつとの話し合いで初めて聞いて、お前がダメージを受けるのを避けたかった」

「そうか」

「それに………」




「母さんのことなら全部知ってるよ」


つとめて平静を装ってジンに答える。ジンは戸惑いも隠さずに問い詰める。


「知ってる?なら、なんでそんな平気な顔をしてられるんだ」

「平気じゃないよ。凄くツラい。でもそれを教えてくれたヤツがこう言ったんだ。『今のお前の保護者として、他の奴から母親のことを話されるなんて負けた気がする』って。ほんとバカだよね〜」


たははと呑気に笑ってやる。ジンは怒りとも戸惑いともつかない表情で唇を震わせている。


「ついでに教えてやるよ。俺がテラスタワーの秘密や5年前の反乱に関係してるって言ったな。ある意味当たってるよ。俺はヤドの庇護を受ける者だからな」


今度はジンが翻弄される番だ。俺の話に訳がわからず戸惑っている。


「ヤド……?」

「世界を救うために犠牲になってる人のことさ。地上のことは知ってるんだろ。地上を天災から守るために、命を捨てろと育てられている人がいるんだ。それがヤドだ」


わざと乱暴な言い方をする。ごめんな、ナズ。でもジンの心を揺さぶるには中途半端じゃダメだ。


「俺はそのヤドに守られてると思われてる。誰も俺に手出しできない。世界が終わるからな。なあ、何の罪もない人が犠牲になってるのを見過ごして、あまつさえそれを利用してる。俺はお前の言う悪人じゃないのか?」


話し切った瞬間、ジンに胸ぐらを掴まれ押し倒される。馬乗りになられて刃物を向けられた。


「今の話は本当か?ヤド?世界のために命を捨てる?そんな人間が本当にいるのか?」

「ああ。本当だよ。お前も違和感は感じてたんじゃないのか?俺みたいな子供が組織の中で自由に動いて守られてる。全部ヤドのおかげだよ」

「そうか」


刃物を肩に差し込まれる。痛みで気が遠くなりそうだ。でも耐えろ。まだだ。


「なら君を殺さないと。それが僕の役目だ」

「俺を殺せば………ヤドの怒りが世界を滅ぼすぞ………そしたらお前こそ大量殺人鬼だ」

「弱い人間を犠牲にして成り立つ世界なら無くなった方がマシだ」


刃物を更に押し込まれる。痛い。痛いのになぜだろう。ジンのほうが辛い顔をしているのは。


「なあ……俺を殺すんだろ………さっさとしたらどうだ」

「………」

「このまま失血死させる気か………悪趣味だな」

「なんでそんな平気な顔をしてられる。殺されそうなのに。痛みで朦朧としてるはずなのに」

「お前のほうが……痛そうな顔してるから」


肩を刺されてないほうの腕を上げる。ジンの胸に手を当てた。


「お前の心の傷は………こんなもんじゃ……ないだろ………」


朦朧とする意識の中で、頬に何かが落ちたのが見えた。ジンが涙を流している。


「なんだ……そんな顔も……できるんじゃないか………」


ジンの人間らしい泣き顔にホッとして、気づくとそのまま意識を手放していた。




目が覚めると綺麗な夜空が見えた。あれ〜?俺何してたんだっけ?


「………ジンは⁉︎」


急に起き上がったせいで肩が思いっきりズキッと痛んだ。手を当てると包帯が巻かれている。


「………った〜!」

「こら。急に動くな」


トーカの声がする。横を見ると俺の不用意な行動に怒り顔のトーカがいた。困り顔のクキまでいる。


「あれ?トーカ?クキ?なんでいるの?」

「気を失うほどの怪我をしてどの口で言うか。ジンが通信機で助けを求めなかったら、今頃死んでたぞ」


トーカが向かいを見ろと視線を投げる。トーカとは反対側に顔面蒼白のジンが座っていた。


「助かって良かった。どうなるかと思った………」

「ジンが助けを呼んでくれたのか。ありがとう」


ヘラっと礼を言うと、トーカに頭をベシッと叩かれた。俺、怪我人なんですけど。


「怪我をさせた本人に何をヘラヘラしてるんだ。はぁ、もうお前の心配をするの嫌になってきた」

「ごめんって。でも無事ジンとの話し合いには成功したんだから」


ジンのほうを向く。あのはりついた笑顔はどこにもなくて、困ったようなホッとしたような顔をしている。


「うん。そうやって色んな顔してるほうが、ずっといい」


ニコッと笑うと戸惑いながらジンが話をしてくれた。


「この空き地で君に怪我を手当してもらった時に驚いたんだ。あんなに怖い目にあったのに、君は目の前の僕の怪我のことしか気にしてなかった。自分がおかしくなっていってるのはどこかで感じていて。君がそばにいてくれたら、話をしてくれたら、ここから助けてくれるんじゃないかと思ったんだ」

「その通りになったわけだね!」


ずっと黙ってたクキが、ここぞとばかりに相槌を打つ。なんでお前が言うんだよとトーカにつっこまれていた。


「ヒスイくん、巻き込んでしまって、怪我までさせて、本当にすまなかった」

「ん~。謝られるよりありがとうのほうが嬉しいかな」

「………そうだね。ありがとう」


笑うジンの顔はとても自然で。これが彼の本当の笑顔なんだなと思った。




「これからどうするんだ?」

「仲間達とグループのこれからについて話し合うよ。彼らも辛い目にあってきた人たちだからね。居場所を作ってあげないと」


優しく微笑む姿は、きっと彼が本来なりたかった姿なんだろう。


「そうか。頑張れよ」

「荒っぽい連中だからね。落ち着かせるのは大変そうだけど」

「そうなんだ〜。何か一発で話を聞く気になる方法でもあればいいのにね」


クキが呑気に言ってるのを聞いて、一つ思いだした。


「なら、みんなであったかいシチューを食べればいいんじゃないか?」


みんなの目が点になる。あれ?変なこと言った?


「そうだね。それはいいかもね」

「ヒスイくん、ナイスアイデア!」

「お前ってヤツは……」


ジンは苦笑、クキは大笑い、トーカは額に手を当てて項垂れている。いい案だと思ったんだけどな。




ジンを見送って、3人で車まで向かう。一応重症人の俺はトーカにおんぶされている。


「全く。もうお前に心配かけられるのは懲り懲りだからな」

「トーカまだ言ってるの。あきらめなよ〜。親は一生子供の心配をし続けるもんだよ」

「そうだよ、父さん」

「うるさい!誰が父さんだ!」

「おや、いつもと立場が逆だね〜」


ワイワイと笑いながら歩く。賑やかな俺たちを見て、アルアが「お前達はいつも楽しそうだな」と笑った。

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