第15話 私の選ぶ方法は
「そうか。わかった。ああ、あとで」
次の日の朝、朝食を食べてるとトーカに連絡が入った。掌くらいの大きさの玉に向かって何か話している。
「なあ、クキ。あの玉は何なんだ」
「あれはヒスイくんが昨日使った玉と同じものだよ。遠くに離れた相手と会話できるんだ」
「へえ〜。便利だな」
「教会や軍でも同じものが使われてるけど、うちにも技術者がいるからね。あれはうちのお手製。あとで使ってみる?」
「いいのか⁉︎」
「いいよ〜。俺のからトーカのに繋いでみイタッ」
「こら。ツールはおもちゃじゃないぞ」
トーカがクキの頭にチョップを食らわせていた。
「ツール?」
「この玉のことだ。エネルギーを入れて、それぞれに付加された動作を行う。この玉なら他の玉と繋がって話ができる、とかだな」
「へえ〜」
「熱が出た時に簡易版は渡されただろ。あれは会話はできないが」
そういえばそんなこともあったな。でも結局使わなかったし、こっちは会話ができるなら一回でいいから使ってみたい。
キラキラ目を輝かせて緑の玉を見ていたが、すげなくポケットにしまわれてしまった。
「ヒスイ。俺はニフルを追跡してたグループに話を聞いてくるからクキと留守番しててくれ。クキ、ヒスイを頼んだぞ」
「あいあいさ〜」
「さっそく留守番かよ」
待機するとは言ったが、初めからこれではやはり少し不満だ。
「まずは話を聞いてくるだけだから。切り札はそうやすやすと動かないの」
また頭にポンポンと手を乗せられ、トーカは準備をしに部屋へ行ってしまった。
なんだか最近子供扱いが増えて来た気がする。
「なあ、なんで俺は一緒に話を聞きに行けないんだ?」
食器を洗うクキを手伝いながら聞いてみる。
「ああ、それは内通者を警戒してるからだよ」
「内通者?」
「そ。裏切り者のこと。ヒスイくんはうちにとっての最大戦力だけど、他の組織にとっても同じだからね〜。人との接触は必要最低限のほうがいい」
「うちの組織に裏切り者がいるのか?」
「いないとは言えないでしょ。うちの協力者だってあちこちにいるんだし。組織は大きくなればそれだけ穴ができちゃうんだよね〜」
「軽いなぁ。はあ、今更ながら自分の立場の重さを感じるな」
「ははは。まあトーカと俺がいるから大丈夫だよ」
ふと思う。俺に紹介してるってことはクキは信用できるってことだよな。
「なあ。クキはどうして組織に入ったんだ?」
「ん?なんだね急に。俺に興味が湧いちゃった?」
「ふざけてないで。俺に会わせてるんだから、トーカはクキを信用してるんだろ」
「あ〜。そうね。信用というか、疑ってはいないだろうね」
「なんでなんだ?」
「え〜。別に面白い話じゃないよ」
嫌がってるわけではないみたいだが、めんどくさそうにクキは話し始めた。
「俺は市民街の出身でさ。まあホントーに一般市民の中の一般市民みたいな生活してたのよ。ある日すっごい稼げる仕事があるって言うから出掛けてったら、それがヤバい仕事でさ。ピンチになってたのを助けてくれたのがトーカだったのさ」
薄い。物凄く薄い出会いだな。
「んで、そのまま街にも戻れないしさ。一応助けてもらった恩もあるから、トーカにずっとくっついて仕事を手伝ってんだよね〜」
薄い。これまた物凄く薄い理由だな。
「アジトに来るっていう選択はなかったのか」
「なんか俺が行くと害になるから連れてかないって言われた〜。失礼な話だよね」
それは賢明な判断だったと思う。
「と言うわけで、そんな裏も表も持ちようのない俺なので疑われずにヒスイくんの護衛も任されるのでした」
胸を張って言われるが、胸を張って言うようなことではないと思う。
「そんなヤツもいるんだな」
「そんなヤツもいるのよ。みんながみんな重い過去とか背負ってたらやってらんないでしょ。シリアスなんはトーカとヒスイくんに任せます。俺は癒やし担当で」
ビシッとわけの分からないポーズを決められる。癒やし担当というよりはお笑い担当だなと笑ってしまう。
「そうだな。クキがいてくれて助かってるかもな」
「でしょでしょ〜。トーカももっと俺の重要性を理解すべきだよね〜」
そのあとは散々トーカの悪口で盛り上がった。
たくさん喋ってお腹が空いたので、昼飯でも作ろうかとしているとトーカが帰ってきた。
「へへこにゃい?」
トーカも腹が減ったと言うので、昼飯を食べながら午前中の報告を聞いている。
「ちゃんと飲み込んでから喋りなさい。そう。ニフルはあのあと車で1時間ほど走ってある民家に入っていき、そのまま今まで出てきてないらしい」
「中の様子はわからないの?」
「窓は全てカーテンが閉められててな。光の一つも漏れてこない」
「他に出入りしてるヤツはいないのか?」
「いないみたいだね。町の外れにある家だから周りは何もないし、いったい中で何をしてるやら」
う〜ん。とトーカは黙ってしまった。
「あのシムトとか言うヤツの動きは分からないのか?」
「アイツは教会の中でも好き勝手してるみたいだからね。教会にいる仲間にも聞いてみたけど、わからないってさ」
あ、やっぱり教会にも協力者がいるんだな。
裏切り者って本当どこにでもいるんだな。
「とりあえず何かあれば連絡くるから、俺も今は待機だな」
待機が3人になって、仕方ないので昼飯を味わうことにした。このスパゲティうまいな。クキに作り方聞いておこうかな。
腹も満たされたからか、食器を片付けたらトーカはソファで寝てしまった。疲れてるんだねぇとクキが毛布をかけてあげている。本当に気が利くよな、クキって。
暇なのでさっきのスパゲティのレシピを教えてもらってると、トーカが急に起き上がった。仲間と連絡を取ってたツールを出してきて話し出す。
「俺だ。何かあったのか?扉が開いた?それで?ニフルは?おい、どうした?」
トーカが慌てて出かける支度をしだす。
「急に接続が切れた。行ってくる」
「俺も」
「ダメだ!」
強く否定されてビクッとなる。トーカがあっと言う顔をした。
「何が起きてるかわからない。お前を連れていくのは危険だ」
「でもヒスイくんが役に立つかもよ〜」
クキが手を広げて俺とトーカの間に入ってきた。
「俺と一緒に少し離れた所で待ってるからさ。連れてってあげたら?」
「だが……」
再び待機と言おうとしてトーカが止まる。射抜くように見つめる俺に気づいたからだ。
「……はあっ。俺の言う場所でクキと2人でいることが条件だ。破ったらすぐここに帰らせるからな」
「!了解!」
「良かったねぇ!ヒスイくん!」
浮かれる俺たちをよそに、トーカは難しい顔で接続の切れたツールを見ていた。
「いや、ちっっっっっさ!」
トーカに連れられニフルの潜伏先まで来た俺たち。そう。来た。来たはいいが、俺とクキがいるのは潜伏してる家が小指ほどの大きさしか見えない場所だ。
「まあここから先は隠れるところもあまり無いからねぇ。追跡グループももう少し先から望遠鏡越しに様子をうかがってたみたいだし」
「これじゃ何かあっても駆けつけれないじゃないか」
「う〜ん。何かあった場合はその時考えようか」
クキは苦笑いしている。
馬鹿にしているわけではないんだろうが、小さな子の駄々を微笑ましく見てる顔だ。俺はそんなに無謀なことを言ってるんだろうか。
「あ、トーカが家に入るね」
クキが望遠鏡を覗いて教えてくる。
俺たちがここに着いた時、追跡グループは誰もいなくなっていた。警戒したトーカは俺たちをここに残して単身家に乗り込みに行ったのだ。
「追跡グループのみんなはどこに行ったんだろうな」
「そうだねぇ。不用意にここを離れるとは思えないんだけど」
「ええ。確かに彼らは役目に忠実で素晴らしい人達でした。些か真面目すぎて面白味に欠けましたがね」
「そうなんだよね〜。あの人達ちょっと真面目すぎるんだよね〜……ん?」
あれ?会話に1人増えてないか?
聞き慣れない声のする隣を見ると、全く知らない青年がいた。
「誰だお………うわっ!」
誰だと聞こうとした瞬間にクキに掴まれ、青年から守られる形で背後に回された。
「おやおや。誰かと思えばシムトさんじゃないですか。こんな所でどうしたんです?」
軽口を言いながらもクキの額には汗が滲んでいる。シムト?こいつが?
呼ばれた青年は立ち上がってゆっくりと服についた砂を払っている。
20歳くらいだろうか。思ってたより若い。教会の服ではなく普通の服を着ていて、そんなヤバいヤツには見えない。
ようやくこちらを向いた顔は上品な笑みをたたえていた。
「いえね。知り合いから連絡があって駆けつけたんですが、何やら楽しそうな2人組を見かけましてね。仲間に入れてもらおうかと思ったんですが、まさかクキ殿とは」
お久しぶりですと笑う姿は優雅そのものだ。
いまいち警戒心が持てないでいる俺とは反対に、クキは全力で俺をシムトから守ろうとしている。
「そちらの少年は新人さんですか?随分とお若い。最近はどこも人手不足なんですかね」
「あんたんトコみたいに世襲制じゃないんでね。こちとらいつでも人を募集中だよ」
「それはご苦労様なことです。そう言えば先日うちのハイルが奇妙なことを言ってましてね。トーカに代わる、今のヤドの庇護を受けてる人間がそちらにいるとか。そう。ちょうどその子くらいの少年だと言ってましたよ」
指を刺され見下ろされる。一点の光もない、およそ人の体温を感じられない目だ。
その瞬間、クキがコイツを警戒してる理由を理解した。
「さあて、何のことやら。この子は現場体験のために連れてきた、ただの新人ですよ」
クキがチラッとトーカの入った家を見る。双眼鏡が無いので細かい様子はわからない。
「トーカならしばらくは来ませんよ」
急に与えられた答えに2人でシムトを見る。見られた本人は至極嬉しそうな笑みを浮かべてペラペラと喋りだした。
「あの家には入った瞬間に閉じ込められる仕掛けをしておきました。もちろん簡単には出られないようにしてあります。家の中にはお仲間の死体をばら撒いておきましたからね。トーカのことだ。中に入らずにはいられなかったでしょう」
自分の犯した残酷な行為を、恍惚の笑みを浮かべて話している。背筋にゾッとしたものが走った。
「それで?トーカを足止めしてまで俺たちに何の用なのかな?」
「いえ。足止めはただの嫌がらせなんですがね。むしろ貴方達のほうが私に聞きたいことがあるんじゃないですか?」
シムトに見つめられる。恐ろしいのに目が離せない。
「ねえ、そこの君。君が本当にヤドの庇護下にあるなら私には手が出せない。つまり私から何でも聞き出せますよ」
ニコリと笑われる。相手の真意がわからない。でもニフルとのことや今回の真相を聞けるなら。それを俺ができるなら……
「お前とニフルの関係はなんだ?」
クキが「ヒスイくん!」と止めたが俺はやめない。聞き出せるなら全て聞き出してやる。
「家同士が古い知り合いなんです。と言っても長いこと交流は途絶えてたんですがね。5年前に急にうちに来て『星の子とは何のことだ?』と聞いてきたんですよ」
5年前?随分と前からニフルは星の子のことを知ってたんだな。
「ほら、あの人とにかく働きたくない人でしょ。軍で上手いこと上官に取り入って、何か弱みを握れないかと思ってたんですね。そんな時にたまたま星の子っていうキーワードを聞いたみたいでね」
まるで世間話をするように真相を語っていく。話したところで痛くも痒くもないということか?
「教会がらみだと突き止めて、ならうちを脅してやれって来たみたいですね。そのまま殺しても良かったんですけど、面白いからしばらく泳がせようかなぁと思って。脅されてるフリをして毎月お金を渡してたんです。ついでに星の子は世界を意のままにできる恐ろしい存在だよって脅しもかけておいて」
面白いから?そんな理由でヤドを知ってる人間を放置したのか?
「そしたらあの人、増長して酒場で星の子の名前を出してしまったみたいで。そっちはすぐ解決したからいいですけど、怯えて助けを求めてくるようになってしまいまして」
は〜あと急に興味を失ったように声にハリがなくなっていく。
「面倒くさいから始末しようかなと思ってたんですけど。まさか君を連れてきてくれるなんて。予想以上の働きです」
目がキラキラと輝き、再び声にハリが戻っていく。
「これで話は以上です。他に聞きたいことはありますか?」
「お前は何かを企んでニフルを使ってたわけではないんだな」
「そうですよ」
「わかった。話はお終いだ」
「では、今度は私が聞いてもよろしいですか?」
シムトの顔の笑みが深まる。楽しくて仕方ないと言った様子だ。
「君は自分の立場をどれほど理解しているのでしょう」
「は?」
「例えば君が私を殺そうとしても、私は君を傷つけられないから何も抵抗できない」
何が言いたい?何の話だ?
「でもね、君以外には何でもできるんですよ」
シムトが右手を払う仕草をする。その瞬間、目の前にいたクキが同じ方向に吹き飛ばされた。
「ふふふ。驚きました?この武器は私のお手製なんです。私、技術者としてはなかなか優秀なんですよ」
慌ててクキに駆け寄る。血は出てるが骨や臓器に問題はなさそうだ。本人も大丈夫だと手で訴えている。
「例えば君のお仲間を私が人質にとれば、君は私の言うことを聞いてくれるんですかね?それとも仲間に手を出される前に私を殺しますか?」
コイツの言いたいことがわかった。仲間を守りたければ手を血に染めろということか。俺の持っている力は、そういうものだと。
「さあ、君はどうしますか?」
目の前にシムトが現れる。
クキの胸ぐらを掴んで体を持ち上げた。
クキから小さな悲鳴が上がる。
「このままでは目の前でお仲間が死ぬ事になりますよ」
クキの首に手がかかる。
慌てて忍ばせておいたナイフを取り出した瞬間。クキがシムトに小さな玉を投げて、それが強い光を放った。
「ゲホッゴホッゲホッ」
目が眩んだシムトから解放されたクキが、むせながら俺のところに戻ってきた。思わずしがみつく。
「はぁ…はぁ…俺を舐めるなよ!俺は大した過去も大した覚悟も何も無いけど、恩人から託された少年に、こんな子供に、全部背負わせるほど人間捨ててないんだよ!」
クキがボロボロの体で俺をシムトから隠す。
その背中は温かくて。涙が出そうになった。
「なんだか白けてしまいました。貴方みたいな何も持たない人間には興味がないんですがね
」
「……別に手を汚す覚悟がないわけじゃない」
「………ほう」
クキが必死に止めるなか、ナイフを手に前に出る。
「けど、俺の覚悟はそんなものじゃない」
突きつけた先は………俺の喉元だ。
「お前が仲間を傷つけるなら、俺はこの場で自分を刺す」
「そんなことして君が死ねば、世界が終わるかも知れませんよ」
「どこをどうすれば死ぬかは知ってる。だから死なない程度に刺す。そうなったら、俺に重症を負わせたお前だけがヤドの怒りに触れることになる」
ハッタリだ。あんな一瞬しか会ってない人間が何考えてるかなんて、ましてや俺のことを守ろうとしてるかなんて分からないのに。
「フ……フフフ………ハハハハハ……アーッハッハッハッハ」
シムトが狂ったように笑いだす。
あまりの迫力にナイフを落としそうになった。
「面白い!実に面白い!君、気に入りましたよ!ヒスイと言いましたね。私は君が気に入りました!」
突然の大笑いに戸惑う。なんなんだ、コイツは。
次の瞬間シムトの顔が目の前にあった。両手で顔を挟まれ、無理やり目を合わされる。
「君の首を刎ねてヤドの前に持っていったらどうなるのか。それも興味があるんですけどね」
深い闇に覗かれる。吸い込まれそうだ。
「でもまだ死にたくはないですし、君が今後どんな活躍をするのか見たくなりました。だから今回は私がひきましょう。ぜひ私を楽しませてくださいね」
顔から手を離し、「では失礼」とスキップしそうなほどの上機嫌でシムトは去っていった。
あとに残ったのは、疲れ果ててボロボロの2人。
「………そうだ!クキ!怪我は?応急処置だけでもしないと!」
ひとまず止血しようとシャツの裾を破ろうとして、急にクキに抱きしめられた。
「あ〜。良かった。ヒスイくんが無事で」
普段のふざけた声とは違う。心の底からの安堵だった。
「俺がついてるからって言ったのに、怖い思いさせてごめんよ〜」
「大丈夫。クキが守ってくれたから、道を間違わなかった」
「ホント?やっぱ俺って癒し担当?」
いつもの軽口に気持ちが軽くなる。クキは本当に凄い。
「あ、でも最後のはダメだよ。自分で自分を傷つけようとするなんて。あれはあとで説教だからね」
怒られてるのに思わず笑ってしまう。「もう。ホントに怒ってるのに」と口を尖らした顔に更に笑ったら、クキもおかしくなって2人で笑いあっていた。
そこに必死の思いで脱出してきたトーカが駆けつけた。
クキは傷だらけだし、なのに2人して大笑いしてるしで、ひたすら困惑しているトーカに2人で声をかける。
「トーカ、遅いよ」
「もう全部済んじゃったからね〜」
何が何だかわからないトーカを放ったらかして、2人でいつまでも笑っていた。
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