第14話 手繰る

「いいね〜。それっぽ〜い」

「衣装の力だな」


仕立て屋に頼んでた服が出来上がってきた。

店で仕上がりのチェックをする時に試着はしたのだが、受け取って隠れ家に帰るとクキが「着たとこ見たい〜」とゴネるので再び試着会が開かれていた。


「これならヒスイの嘘くさい演技でも騙せそうだな」


トーカに揶揄われるが何も返せない。

ちなみに服が出来上がるまでの2日間は芝居の稽古を散々させられた。立ち振る舞い、表情の作り方、声の出し方までみっちりしごかれたが俺の演技は全く成長しなかった。


「なあ、やっぱり人選ミスじゃないか。どう考えたって俺の演技で騙せる気がしない」

「おいおい。そんな弱気でどうするんだ。お前の覚悟はそんなもんだったのか」

「……う。でも……」

「まあ俺らもサポートするからそんなに硬くならずにさ〜。気楽にいこうよ」


クキの軽さが今は羨ましい。

俺の演技の出来不出来で作戦が成功するかが決まるんだ。そんな簡単になんて考えられない。


「考えたって仕方ない。作戦の決行は今夜。それぞれ指示した通りに動くこと」

「了解〜」

「……了解」


不安な顔でいると頭にポンッと手を置かれた。トーカだ。


「今までだってお前は土壇場でなんとかしてきただろ。その度胸があれば大丈夫だよ」


子供扱いして!といつもなら怒るところだが、その時は「おう」と軽く返事することしか出来なかった。




日もすっかり落ちた街の一角。灯りに煌々と照らされる一軒の酒場があった。

賑やかな店内は上機嫌で歌う客、愚痴をこぼす客、今にも寝てしまいそうな客と様々だ。

その中にターゲットのニフルがいた。店の隅で存在を消すかのようにチビチビと酒を呑んでいる。他の客のように楽しい雰囲気は感じられない。

俺とトーカは裏の建物の2階から様子を伺っている。ちょうど窓際にいるニフルが見えるので、勉強のために見ておけとトーカに言われたのだ。

客のふりをしたクキが近づいていく。


「よ。おじさん。なんだか浮かない顔だねぇ。せっかくの酒がまずそうだ」

「うるさいな。ガキ。俺は誰とも呑まん。さっさと失せろ」

「まあそう言わずにさ〜。俺、あんたの好きそうな話しってるんだよね」

「なんのことだ。酔っ払ってるなら別のヤツにからめ」

「いやいや、あんたじゃないと意味ないんだよ。星の子のことを知ってるあんたじゃないと」


最後は耳元で囁くように話しかける。するとニフルが青ざめてクキの顔を見た。


「ほら。興味を持った。気になるなら俺についておいでよ。それともあのお方を敵にまわすかい?」


この辺はアドリブだ。星の子の名に恐怖をしめしたのを見て、言い回しを変えている。


「お前は何者だ」

「それは来てからのお楽しみ。で、来るの?来ないの?」


今度は凄んでみせる。まるで詐欺師だなぁ。あんまり敵に回したく無いタイプかも。


「わかった。行くよ」


2人は連れ立って店を出た。

よし!とトーカとガッツポーズする。


「クキ、すごい」

「あいつはこーゆーの得意だからねぇ」


そういえば、普段も意外と周りの様子を見て気を利かせてくれている。相手の心を読み解くのが得意なんだろう。人は見かけによらないな。


「さあ、次はこちらの出番だ」




室内に外からの光はなく、アジトにある半分サイズの玉があちこちに浮かんでいる。人がいることがわかっても表情まではわからないくらいの明るさだ。

俺は部屋の真ん中でクキ達が来るのを待っていた。トーカは少し離れたところで闇に紛れて隠れている。

男がクキに連れられて入ってきた。いよいよ俺の出番だ。握りしめた手に力が入る。


「カンナギ様。お連れしました」

「ごくろうさまです。さがりなさい」

「はっ」


物凄い棒読みだ。やっぱり土壇場でも演技なんかできないじゃないか。

でもクキがここに来るまでに色々吹き込んでくれたのか、ニフルは怯えて1ミリも俺を疑っていない。


「さいきん星の子さまのニセモノをかたるものがいる。おまえもその仲間か」

「ひっ!違います!俺は星の子に、いや、星の子様についてツタに話してしまっただけで、あとは何もしてません!シムトにだってそう言ったのに!」


シムト?誰だ?

クキとトーカが一瞬反応する。知ってるヤツなのか?


『星の子様は全て見ている。怒りに触れたくなければこれ以上星の子様の名を口にしないことだ。わかったなら去れ』


耳につけた小さな玉からトーカの声がする。次の言葉の指示だ。便利な道具だな、これ。


「星の子さまは全てみている。いかりに触れたくなければ、これいじょう星の子さまの名をくちにしないことだ。わかったならされ」


ニフルは恐怖に顔をひきずらせながら、逃げるように部屋を出ていった。


「あとは仲間が追ってくれるから任せよう。ヒスイくんがんばったね。大成功じゃん!」


クキがいつもの軽い感じに戻る。ああ、終わったんだと思うと力が抜けてその場にへたり込んでしまった。


「あらら。ホッとしたのかな。お疲れさま」


クキが駆け寄って来て心配される。

トーカもいつの間にか後ろに立っていて、「お疲れさま」と頭に手を置かれる。

その手を前に差し出されて「立てるか?」と言われたので、握り返してなんとか立ち上がった。


「ひとまず隠れ家に戻ろう。今後についてはそれからだ」




隠れ家に戻った俺たちは、クキが淹れてくれたお茶でひと段落してニフルとの会話について話し合っていた。


「思ったより大物がでてきたな」

「まさかシムトと繋がってるとはね〜」

「……なあ、当たり前のように名前が出てるけど、誰なんだソイツ」


深刻な顔をする2人を見ながら、俺だけ会話についていけてない不満を伝える。


「ああ、ごめんね。驚いちゃって説明を忘れてたね。シムトっていうのは教会の人間で、ヤドが繋がれる機械を作った人の子孫だよ」

「ヤド関係の中枢にいる人間だな」

「マジで。そんなヤツが何であんなおっさんと繋がってんだよ」


2人の驚きがやっとわかった。大物の意味も。


「それなんだよね〜。ニフルの家がシムトの家と昔繋がりがあったのかなぁ」

「そうかもしれないが推測しかできないからな。とりあえず現状どう繋がってるかだな。連絡はすぐに取れる状態みたいだったが」

「でもヤドに関しては情報が微妙だったよね。ヒスイくんを星の子の代理人って言っても信じてたし。なんかやたら星の子を怖がってたし」

「ツタに話してしまったのも酔いに任せてっぽいしな。他に何か行動してる様子もないし」


う〜んと2人は黙り込んでしまった。

俺は素朴な疑問を口にする。


「そのシムトってのはどんなヤツなんだ」


2人の顔が渋くなった。あまり関わりたくないヤツなのかな。


「シムトはな。一言で言うと狂人だ。ハイルが狂信者ならシムトは信心に関係なく狂ってる。とにかく自分が面白ければいいという考えの持ち主だ。しかも技術力がピカイチなんだから手に負えない」

「できれば関わりたくない相手だよね〜」


あははとクキが乾いた笑い声をあげる。

過去によっぽど酷いことがあったのかな。


「まあひとまず、今回の作戦はこれで終わりだ。ヒスイ、がんばったな。追跡は別のヤツに任せてるからお前はアジトに戻れ。明日の朝になったら送っていく」

「え!」


ここで終わり?こんな中途半端で?


「どうした?ニフルから教会との繋がりは掴めたし、作戦としては大成功だぞ?」


トーカが首を傾げる。

そうじゃなくてと言おうとするとクキに手で口を塞がれた。


「トーカひど〜い。ここまで関わったらあとがどうなるか気になるに決まってんじゃ〜ん。ヒスイくんの気持ちも考えなよ」


茶化すように俺の本音を伝えてくれる。あのまま口を開いてたらトーカと口喧嘩になってただろう。クキの優しさだ。

目でもう大丈夫だと伝えて、手を解いてもらう。


「ここまで関わったら最後まで手伝いたい。俺にできることは何でもするから、アジトに帰すなんて言わないでくれ」


真剣に訴える。トーカは目を離さず聞いてくれた。


「……子供の成長は早い、ね」

「え?」

「なんでもない。わかった。お前にはここに残ってもらう。ただ作戦に加われるかは保証しないぞ。状況によっては安全なとこでずっと待機になるかもしれない」

「わかった。邪魔にはなりたくない。そうなったらちゃんと待ってる」

「昔なら無理矢理でも連れてけってゴネてただろうに、大人になっちゃって」

「誰かさんのしごきが厳しいもんでね」


トーカと笑い合ってるとクキが「2人だけで盛り上がらないでよ〜」と抱きついてきた。

その日は作戦成功の祝杯をあげて、隠れ家でそれぞれ眠りについた。

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