第12話 過去の亡霊
「もう無理だ………」
風邪ひき事件から早1週間。俺は次の日にはすっかり回復し、いつもの日常を取り戻していた。………ただ1点を除いて。
「お前の師匠ってマジで容赦ないんだな。このトレーニングを毎日て鬼以外の何者でもないぞ」
「僕なら1日で逃げ出すよ」
見舞い(?)に来たアルアが置いてったトレーニングメニューを見ながら2人が青ざめた顔をしている。
「病み上がりだからと最初の2日間は半分で許してくれてたんだけど、それ以降は1ミリも減らしてくれなくて。学校では勉強しながら居眠りしそうになるし。眠気で野菜じゃなくて自分の手を切りそうになるし」
「完全に生活に支障が出てんじゃねぇか」
「その状況を伝えたら、お師匠さんももう少し考えてくれるんじゃないの?」
2人は心配な顔で、俺と一緒に頭を抱えてくれている。
「そうだな。さすがにアルアも倒れるまでトレーニングさせようとは思ってないだろ。話してみるよ」
「そうそう。話せばわかってくれるって」
「がんばってね」
2人に応援され、俺は午後からの訓練に向かった。
「トレーニングの量が多い……だと………?」
こここここ怖い………!
勇気を振り絞ってアルアにトレーニングについて相談したら、みるみる顔が険しくなり縛り出すようにこの台詞を言われた。
「あ……あの……すみません……やっぱりなんでもな」
「わかった。日々のノルマについては考え直す。とりあえず半分の量で続けてくれ」
険しい顔は変わらずだが、ひとまずは要望を聞き入れてくれたようだ。寿命が縮むかと思った。
「では今日の訓練を始めようか」
切り替えが早いのか、訓練に入るといつものアルアに戻っていた。
「あ〜。それはアルアの心配性がでたな」
トーカに今日のことを話すと軽〜い感じで納得された。こっちには何のことやらわからない。
「心配性?」
「そ。彼女も色々あるからねぇ。責任感も強いほうだし。そうだな。明日ちょうどアルアと会うから少し話をしてくるよ」
「話?何を?」
「それは内緒〜」
ふふふと笑いながらそれ以上は教えてくれなかった。
3日後。訓練の日だ。運動室に向かうとすでにアルアが待っていた。
「遅くなってすみません」
「いや、私が早く着き過ぎた。まずは話があるから座ろうか」
向かい合って座るように指示される。
言う通りにすると、アルアがゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。
「私が軍を辞めた理由は知っているな」
「怪我が原因だと聞きました」
「そうだ。その怪我は仲間の攻撃によって負傷したものなんだ」
「!それは………!」
「言い方が悪かったな。仲間の攻撃と言っても事故だ。それについて詳しく話したいんだが、私は自分の話をするのがどうにも苦手でな」
眉を寄せて頭を掻く。こんな困った顔をするアルアは珍しい。素の姿が見れてるみたいで少し嬉しい。
「5年前、私がまだ軍にいた頃にあちこちで反乱が続いたことがあってな。軍も人手が足りなくなってきて新兵でもどんどん現場に投入されたんだ」
「そんなことが」
「ああ。教会も反乱の鎮圧のために武器を次々開発してな。使い方だけ教えられてロクに訓練もしてない兵が私の部隊にもたくさんいた」
アルアは苦しそうな顔をしている。よほど悲惨な状態だったんだろう。
「彼らを無駄死にさせないために私もできるだけの事は教えてたんだが。とにかく余裕のない状況だった。そしてある日、私は仲間が暴発した球に当たって大怪我を負った」
アルアが右腕を押さえる。
「利き腕をやられてね。生活するのに問題はないが戦場にはでれなくなった。私を打ってしまった仲間はそのまま軍を辞めたと聞いたよ」
悲しそうな顔だ。この人はきっと優しいのだろう。自分が怪我をしたことよりも、怪我をさせた仲間のことに心を痛めている。
「力を持つとは恐ろしいことだ。訓練も覚悟もなく力を振りかざせば、恐ろしい結果が返ってくる」
アルアの言いたいことがだんだんわかってきた。
「力とは武力のことだけではない。権力、情報、技術。人に大きな影響を与える物はそれだけ注意して扱わなければいけない」
俺がヤドの情報を持っていることを言ってるのだ。
「お前はヤドを盾に力を誇示することができる。教会はお前が何をしようと手出しができない。それは恐ろしいことだ」
静かに頷く。ハイルのことを思い出す。今の俺はあれほどの殺意を跳ね除けてしまえるのだ。
「心を強く持て。そのために私はお前を鍛えたいと思ったのだ。少々やり過ぎではあったがな」
フッとアルアが微笑んだ。話をできてスッキリしているようにも見える。
「だがお前には支えてくれる人達がいるからな。お前にきちんと話してやれとトーカに言われた。お前が疲れ果てて勉強にならんとソアラから苦情がきた。それに……私を恐れずに意見を言えるように、背中を押してくれる友人もいるようだしな」
ニヤッと笑いかけられる。
そう言えば出会ってすぐの頃にもイッカとウノのことを褒められたことがあった。
友人の大切さをよく分かっている人なのだろう。……そういえば。
「アルアも若い頃にできた大切な友人がいるって言ってましたよね。今は全然会えてないんですか?」
「ん?そうだな。向こうも忙しいから、私が軍を辞めてからはほとんど会えてないな。優秀なヤツだったから、それなりに出世してるんじゃないか」
「随分と軽い………」
「そんなもんだ。さあ、今日の訓練を始めようか」
立ち上がってストレッチをしだすアルアに慌てて続く。
一緒に体をほぐしながら、アルアに伝えなければと口を動かす。
「あの……ツラい経験を話してくれてありがとうございました」
「ん……?どういたしましてだ。お前のその優しさがあれば大丈夫だ。私は信じているよ」
笑顔のアルアはどこまでも頼もしくて。
俺はこの人に師事できて本当によかったと、心から感じていた。
「仕事が入りそうだ」
トーカが険しい顔をして帰ってきた。
「仕事って。俺も加われそうな?」
「と言うか、ヒスイにしかできない仕事だ」
そんな仕事あるのか?
不思議な顔をしているとトーカが説明を続けた。
「ニセ星の子で、軍の人間が情報を流しているかもしれないと話しただろう。ソイツを突き止めた」
そういえば、そんな話をしていたな。
「今回はソイツを捕まえるのが仕事なんだが、そのためにお前にやってほしいことがあるんだ」
「俺が役に立つなら何でもするけど。どうすればいいんだ?」
「ヤドに守られているという教会の誤解を使って、星の子の代理人という役を演じてもらう」
『力を持つとは恐ろしいことだ』
アルアの言葉が頭に響く。
俺はこの武器を使って、何を成せばいいんだろうか。
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