第42話 自然相手のお仕事なので
ボルヘス様はあの金色の塊の正体を看破しておられるようだったが、立ち止まって話し込んでいる時間はない。
ガスにけぶった空気を掻き分け、ワラワラと湧いてくる大量の敵を捌いて、奥へ奥へと進みながら同時進行で状況把握につとめる。
現在の深度はまだ100未満だが、やたらと敵が多い。
ずっと通電し続けないといけないヒートブレードの装備負荷が早くも辛くなって来た。
イニシャルコストは高くとも、巷でレーザー式が人気になる理由がよく分かる。
前方にやや大型の敵影。
この草食獣を思わせるシルエット…確かボルヘス様はナックラヴィーと呼んでいたか。
馬のような巨躯から繰り出される突進攻撃をまともに実体シールドで受ければ、この安普請なマニピュレーターが盾ごとへし折られかねない。
適度にいなして後ろに流し、背後から襲うと見せかけて、バックキックを誘う。
これで完全に無防備になった。
4本の足のうち1本でも切り落とせば、蹴倒して安全に蕾を撥ねられる。
しっかり赤熱させたヒートブレードは、まあそれなりの威力だ。
「イヴ殿、恐らくまた大物に隠れて群れが来るはずです!」
「確認した。処理する。」
その間に、周囲を警戒していたイヴもまた、ノッカーの群れを察知したようだ。
中量フレームの腰ほどの全高しかない、小人型の生体ガーディアンで、やはり頭部が花の蕾になっている。
いちいちチャージが必要な取り回しの悪いブラスターを、可能な限り面で当てて行く。
地に落ちた花の中には、やはりバーゲストと同じく、金色の玉が包み込まれていた。
『ヒーちゃんに状況を聞いてから、ずっと考えてたんだ。このダンジョンはいったい何で、ある日突然こんな風に爆発的に活性化したんだろうって。』
『うん、昨日の朝方までは特になんのも問題も無かったって。このくらいの深度まで生身の人間でも入れるくらい安全なダンジョンだったはずなのに…』
そこは私も気になる点だ。
ついこの間まで原料不足で開店休業していたような工場が、偶然に頼って集積した最低限の原料在庫で、ここまで景気良く持ち直す物だろうか?
滴り落ちる雫がコップから水を溢れさせた所で、所詮そこまで。
水の供給ペースその物は、雫が滴る速度を越えられはしない。
これを覆せる魔法があるのなら、今頃ダンジョン関連業界には億万長者がひしめき合っているだろう。
何か裏があるはずだ。
『いくつか原因は考えられるけど、ここまで出て来たガーディアン達の落とし物を見て絞り込めた。生体内の樹脂が琥珀化するほど強度の魔力を帯びるなんて、ダンジョン直下で地脈湧出が起きてるとしか考えられない。』
地脈湧出。
環境中の
その影響は甚大で、土壌や地下水が汚染されたり、その影響で周辺の動植物が異常増殖したりする。
異常増殖…なるほど、読めてきたぞ。
『あたしたち探索者は忘れがちだけど、どのダンジョンも最低でも築2000年は経過してる、古い情報に基づいた昔の建物なんだよ。それだけ経ったら、火山活動の状況だって少なからず当時とは変わっちゃってるでしょ。』
そして、その結果、施設の建設当時は想定されていなかった地脈流路の変化が起きたとしても不思議はない、と。
いや、この口ぶりからすると、普段は問題が表面化しないだけで、そう言った現象その物はさほど珍しくもないのかも知れない。
今回こんな大事に至ったのは、ひとえに、このボーパール・ダンジョンが、生体ガーディアンの培養機能を内包していたためだ。
どこにでも転がっているようなケースではない。
『つまり、このダンジョンの性質そのものが、地質学的なスケールで、不可逆に変性してしまったって事。この件が片付いたとしても、当分は未探索扱いに逆戻りなんじゃないかな?』
『うわぁ、ここで働いてる人達かわいそう…』
うん、それは本当にそう。
未探索ダンジョンへの立ち入りは、B級以上のライセンス保有が最低条件だ。
そして、ここボーパール支部の登録探索者にA級は0人、B級も3桁は居ない。
大半を占めるC級以下は、拠点を他所に移さざるを得なくなるだろう。
それこそ流しのバーチャル探索者のように。
当然、それらへの対応を職務として来た協会職員にとっても、対岸の火事ではない。
『私たちって不安定な仕事してるんだね…』
『そうだよー、だからヒーちゃんも収入の多角化はしといた方がいいよ。』
世辞辛いのう。
いつか私も、こう言うショボい筐体にしか宿れなくなる日が来るのだろうか。
この機会に低性能の体に慣れておいた方がいい気がして来た。
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