第8話 カオスのような夕暮れ

「あの……僕どうなっちゃうんですか?」


 泣き出しそうな美少年を前に、監視役の憲兵が慌てる。

 それもそのはず、大門おおもんで魔力とステータス情報の検閲が行われたのはもう二時間も前の話。マックだけは中央都市に入ることができず、検閲所の取調室で軟禁状態にあった。


「確認ができればすぐ終わるはずなんだけどね……」


 少年の口がの字に曲がり、瞳いっぱいに涙が溜まった時、憲兵は「あっ、そうだ!」と妙案を捻り出した。


「お腹が減っただろう? 良かったらお菓子でも食べるかい?」

「え! お菓子!?」


 パッと表情が明るくなった少年に憲兵も冷や汗を拭った。

 何故こんなにも憲兵かれは怯えているのか。

 

 その理由は――。


「おい新入り。この子を泣かせなかっただろうな?」

「大尉殿のご指示通り、泣かせてはおりません!(ギリギリ)」

「うむ、それなら良い」


 彼女の名はミシュル・ピクレーフト。

 この中央都市の玄関口、ピクトの大門検閲所の所長だ。この都市の番人とも言われる彼女だが、かなりのくせ者で。


「怖かったねぇマクドウェルちゃあああん」


 極度の小児性愛者なのだ。いわゆる、ショタコンというやつである。


 門番としての活躍は称えられるべきものに違いはない。しかし、彼女の言動はかなり過激的で、非番に昼からたらふく酒を浴びて街に出ては、カワイイ男の子に声をかけて自宅に連れ込もうとしたこともしばしば。


 そんな犯罪者の彼女がなぜ捕まらないのか疑問に思う者も少なくはないが、日頃の態度は至って誠実であり、兵士としても上官としてもかなり優秀な女性なのだ。


「だ、大丈夫ですよ。この兵士さんにもらったので」

「ほほう。貴様、名は何という?」

「はっ! デニス・バイクマン一等兵であります」


「そうか、デニス。貴様はなかなか見どころがあるな」

「ありがとうございます!」


 彼が兵士学校からこの検閲所に配属になった時、いろいろと要領を教えてくれた先輩兵がいた。その先輩はデニスに対し「カワイイ男の子に優しくするべし」と耳にタコができるほど言われていた。


「ありがとう先輩……」

「うん? 今何か言ったか」

「い、いえ!」


 さて、少々脱線したので話を戻そう。


「僕、どうなるんですか?」

「ううううん、そうだねぇ。今、教会の司祭様がここに向かっているからね。その人がマクドウェル君のステータスの確認をしてくれるからねえぇ」


 粘っこく、そして舐め回すような目で答える大尉殿。


 マックは内心怯えていた。 

 だって、彼は魔族をテイムしているから。

 初めこそよく分からず勢いでテイムしたが、後々イザベルや他のヨナ村の人から聞く限り「それは、かなりヤバいこと」だと知った。それに追い打ちをかけるような、この検閲所での足止め。

 流石のマックでも、非常心でいられるわけがない。


◇◇◇◇◇


 はあ、はあ、はあ、はあ……

 なんでこんな長い階段を創ったんじゃ。

 あ、ワシか。

 

 もう!

 ワシのバカバカ!


「騒がしいですよ、セカイ様」


 おお、エンノ神か。

 久しいのう。


「そんなに急いでどこへ行くのです?」


 ちとイセカイノ神殿までな。

 

「何か大事でも?」


 な、なに、大したことはない。

 ちょっとしたハプニングじゃよ。


「もしや、また別世界にちょっかいを――」


 ああ、その話はまた別の機会にのお!


「まったくもう……」


◇◇◇◇◇


「……これはなんと!」


 大門検閲所内。

 教会から司祭が到着し、マックのステータス鑑定が行われていた。


「この世界のものではない文字です。失われた文明の力かもしれませんぞ」

「では、マクドウェルは魔族やその類ではないということだな」

「間違いありませんな。彼は■■■でしょう」


 鑑定は大いに盛り上がり、その歓声にも似た叫びは、取調室で震えている本人にも届いていた。しかし、彼からしてみればこれが魔族との関係がバレてしまった証拠に思えてしまう。


「どうしよう、どうしよう……」


 マックの脳内には「逃走」の文字が浮かび上がる。

 監視役の人はいないけど、扉には鍵がかかっているから逃げ出すにしても方法が思いつかない。


「ねえねえ、ご主人」

「は、はひいい?!」


 誰もいない部屋で誰かから呼ばれた気がした。辺りを見回してみるが人の気配は無い。


「ご主人私のこと忘れたの? こっちだよ、下!」


 恐る恐る下を向くと――。


「なんだウェルか……」

「暇だったから召喚でてきちゃった!」


 ぴょんぴょんと楽しそうに跳ねるウェル。それを見ると、なんだか心が穏やかになってくる。


「ところで、ここから出ないの?」

「出られないんだよ。鍵がかかっているからね」


 ウェルは「そんなことか!」と、数回飛び跳ねて扉に向かい、鍵穴に体液を差し込んだ。


「開いたよ、ご主人!」 

「えええっ!?」


 まさかそんな方法があったなんて、と驚くマックだった。


◇◇◇◇◇


 はあ、はあ、やっと着いた。


「何用ですかセカイ様」


 例の件でちょっとやり過ぎてしまってのう。

 再調整をお願いに来たのじゃ。


「それなら神通話しんつうわで良かったのに……」


 いやいや、今回は厄介での。

 与えたワシが直接会わんと調整できんのじゃ。


「直接って、まさか……」


 すまんのう。


「本当に何回目ですか!」


 怒らないでくれええ!

 ワシもさすがに反省しとるんじゃ。

 これで最後にするからの!


「はあ、分かりました。下界への門を開きます」


 ありがとうイセカイノ。


「次は庇いきれませんからね」


 は、はいい。


◇◇◇◇◇


 ウェルによって解錠された扉を開けようと、ドアノブに手を触れた瞬間、向こう側から扉が開いてピクレーフト大尉と司祭が入って来た。


「逃げ出そうとしていたのかあ?」

「す、すみません!」

「悪い子だなあ。捕まえたぞお、このこのお!」


 捕まえる、というよりは抱き着かれた形だ。

 

「おっほん……」


「あ、そうだ。マクドウェル、君は無罪放免だ」

「本当ですか! ありがとうございます」

「だがな……」

 

 彼女が少々面倒くさそうに頭を掻くと、後ろにいた司祭がマックの前に膝をつき、代わりに答えた。


「貴方様はであらせられますね!!?」


 状況が飲み込めなくて唖然とするマック、溜息を吐くピクレーフト大尉、信じてやまない司祭のキラキラとした目。


 カオスである。

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