第7話 プレゼント

「え、はやっ!」


 シャウスは僅か二分足らずで魔法陣から現れ、まるでゴミを投げ捨てるかのように狼藉者ろうぜきものらを放った。


「この者たちがこの馬車を襲撃しようと企んでいた集団です」


 マックの命令通り、確かに生きてはいる。だが相当な重傷を負っていることは一目瞭然である。


「助けてくれ! 俺たちは雇われただけで詳しい事は何も知らないんだ!」

「その雇い主を教えれば、命は助かるかも知れんぞ」


 イザベルは助けを乞うた者の首元に剣を当てがい、「言わねば容赦はしない」と脅した。

 暴力的なやり方に見えるかもしれないが、元傭兵の彼女からしてみれば、ここまでしなければ金で雇われた奴らは決して吐かないだろうと分かっていたのだ。


「分かった。知っていることは全て話す」


 傭兵の男はペラペラと雇い主の情報を話し始めた。自分たちはから依頼を受け、「ハリヴ・スピングを殺せ」と命じられた――と。


「なぜハリヴなんだ?」

「そこまでは分からん。だが、恐らくは貴族の付き合いで何かやらかしたんだろうよ」


 それだけで殺すとは、貴族社会もなかなかに世知辛そうだ。


「それで、その貴族の名前は?」

「それは……」


 分かっている。

 傭兵たる者、そう易々とは依頼者の情報を話すことはない。


「……うっ」


 しかし、自身の命より大切な情報など無いということを彼らも人なら感じているはず。


「ベンジャミン・スレッジだ……」


「そりゃまた大物貴族じゃねぇか」

「イザベル、知ってるの?」

「ああ」


 スレッジ家といえば王家から枝分かれした分家の上位貴族であり、その手は国を操る中枢機関にまで広がっている家系だ。巷では「国王より権力を持っているのではないか」と囁かれているほど。


「どうしてそんなに目を付けられちまったかねぇ?」


 イザベルは嫌味たらしくハリヴを見た。

 こうなってくると、彼の処遇はかなり厳しいものになるだろう。


 しかし、何故スレッジ家の当主はわざわざ傭兵を雇ってまでも殺そうとしたのか。本来、罪人は国の法の下に裁かれ、最終的には国王直々の判決が言い渡されるもの。


 スレッジ家ともなれば、その判決で死刑を言い渡すことなど造作もないことのはず。


「じゃあ、お前たちは用済みだな」

「おい待ってくれ! 話が違う!」

「私は助かるかもしれないと言っただけだ。見逃すとは言っていないし、護送するにしても席は無いからな」


 あまりにも無慈悲な答えに傭兵たちは唇を噛んだ。


「待ってくれ。スレッジからの依頼を受けたのはなんだ!」


 男はそう言って獣人の少女を指差す。

 歳はマックとそれほど違わないだろうか。しかし、こんな娘が傭兵の一味とは考えにくい。いざという時の尻尾切りに同行させていたのだろう。


「……どうして」

「そうだ! 俺たちは儲かるからって乗せられて――」

「ふーん。この小娘がねえ」


 イザベルがその獣人の娘に近づき「名前は?」と尋ねると、彼女は今にも泣き出しそうに震えながら「サーサ……です」と答えた。


「さっきこの男が話したことは本当か?」

「確かに、スレッジさんからこの話を傭兵団に伝えてくれと言われましたが、私は決して――」


「嘘を吐こうってのか!?」

「今回のことだけじゃねえ。お前が俺たちの報酬を盗んでいたのは知っているんだぞ!」

 

 他の数名も同じように「そうだ、そうだ」と彼女を糾弾した。


「じゃあ、その子を中央まで連れて行きましょう」

「マックの言う通りだな。雇い主であるスレッジに一番近いのが彼女なら、お前たちは本当に用済みだ」

「そ、そんな……」


 自らを助けようとしがために、かえってそれが仇となってしまった情けない男たち。また、その中のひとりがマックに向かって癇癪を起こした。


「このクソガキめ――」


 なぜ人は生き急ごうとするのか。


「あああっ! 殺しちゃダメだってば!」

「し、しかし今の流れだったら良かったのでは……」

「女の子が見ている前でそんなことしちゃダメだよ」

「は、はあ」


 マックは少々、いやだいぶ常識に乏しい。


 この世界での命の価値はとても低い。悪人や罪人は簡単に殺されるし、騎士学校の中等部では、まだ十五年も生きていないような子どもに人殺しの練習をさせるくらいだ。


 しかし、目の前で人の首が跳ねられて少しも動揺しないというのは、流石に彼の年齢では考えられない。


「しかし、このままじゃ逃げる可能性もあるからな」

「とりあえず全身の骨を折っておきますか」


 マックはしばらく考えた後に「じゃあそれで!」とシャウスの案を快諾した。


「別の護送が必要だったら、中央に着いてから応援を寄越すことだな」

「「はい……」」


◇◇◇◇◇


「あんな子に育てた覚えはありません!」


 ほっほっほ。

 血には抗えんなあ。


「なんですって?! このジジイ!」

「リンダ落ち着いて……」

「だって可愛いマックがあ」


 母もまた心穏やかではないのう。

 彼がなったのは世間知らずというのもあるが、一番の要因はデーモンをテイムしたからなのじゃ。

 

 テイマーは本来、魔物や動物の力を借りて力を行使するもの。

 それは主従関係が築かれてこそ発揮できる。


 例えば、そこら辺にいる人族よりも魔物の方が魔力が多い。

 ならなぜテイマーは主従関係の主に立てるのか。

 それは、知力や感情といった別のもので上回っているからなのじゃ。


「それじゃあ、あのデーモンとマックは……」


 全てにおいてマックがな。


「それでは、なぜテイムできたのです!?」


 詳しいことはワシにも分からん。

 しかし、超特異魔法『生物係いきものがかり』が関係しておるのは確かじゃが、それにしてもバランスが悪い。

 魔族デーモンの忠誠心は一体どこから――。


 あ……


「なんです?」


 たぶんワシのせいじゃ。

 ワシが与えたプレゼントのせいじゃ……


◇◇◇◇◇


「……見たこともない文字だ」

「もしかして、この少年は――」


 中央都市の玄関口、ピクトの大門おおもんにて、マックのステータス欄に表示されたがきっかけで魔族ではないかと疑われていた。

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